第七楽章 〜awareness〜
荒井に手紙を渡して欲しいと頼まれた宏紀。
断ることもできず、受け取ってしまうが……。
手にした手紙に頭を悩ませながら、僕は数学の授業を受けていた。
荒井が女子に人気が有るのは知っていたけど、まさかこんな役目を自分がすることになるとは、思ってもみなかった。
ただでさえ苦手な数学なのに、授業もまともに聞ける状態ではない。
家に帰ったら自力でやるしかなさそうだ。
手紙のこともあるし、悩みの種は増える一方だ。
「あぁ!もう!」
机に頭をつけ、両手で頭を抱える。
「わけわかんないよ……。」
「なんだ、山中。分からないのか?」
自分でも気付かないうちに口に出していたらしい。
先生に言われて、僕は慌てて顔を上げ、首を振った。
クラスメートもこちらを見て、面白そうにしている。
クラスに笑い声が溢れた。
恥ずかしくなって縮こまると、こちらを見ていた荒井と目が合い、クスリと笑われた。
――今日は最悪だ……。
机に伏して荒井の横顔を盗み見ながら小さくため息をついた。
僕は、長い長い数学の時間を、手紙とにらめっこをしながら過ごしたのだった。
放課後、今日もいつも通り部活に向かう。
手紙はまだ、僕の手元にある。
渡すチャンスがなかったわけではないけれど、どうしてもその話題を出すことができなくて。
気付いたら放課後だったのだ。
――どうしよう。
胸の辺りにつっかえを感じる。
心の中にもやもやとした黒い塊が巣食っているようだ。
鞄と道着が入っている袋を手に渡り廊下を歩いていると、以前と同じように荒井の姿を見つけた。
音楽室の窓から見える彼の姿。
ここで彼を見たのが始まりだった。
彼の暖かい音色。
大きな手。
優しい笑顔。
思い出たちはキラキラ輝いている。
なぜか切ない思いが込み上げて、僕は逃げるように渡り廊下を後にした。
制服を脱いで道着に着替える。
ストレッチをして、メニュー通りにランニングから始めた。
校舎の周りをぐるりと走る間も、僕の頭の中はあの手紙のことでいっぱいだった。
渡してくれと頼まれて、半ば強引に渡されたとはいえ引き受けてしまったのだから、渡さないわけにはいかないことくらい分かってるんだけど。
どうしても心が言うことを聞かない。
手紙を渡すだけなのに、なんでこんなに嫌なんだろう。
妙な苛立ちを払うかのように、僕は足を動かした。
風を切って突き進む。
呼吸の音が聞こえる。
無我夢中で走った。
何かに追われているかのように。
その中に微かに聞き覚えのある音。
荒井のピアノ。
『お前ら付き合ってんの?』
ふいに、西村の言葉がフラッシュバックした。
動かしていた足が遅くなる。
――あれ?
両足が地面についた。
――僕、もしかして……。
心臓の音だけが聞こえた。
ご覧頂き有難うございました。
今回は「自覚」をテーマに書きました。
自分の気持ちに気付いた宏紀は、手紙をどうするのか。
次回ではその辺に触れて書きたいと思います。
ご意見・ご感想頂けますと、うれしいです。