第五楽章 〜kindness〜
部活帰り、荒井に誘われて帰り道を二人で歩いていた宏紀。
「家に来ないか。」という荒井の唐突な誘いを、戸惑いながらも承諾したが……。
普段とは逆方向の電車に揺られること約二十分。
学生の帰宅時間にかぶってしまったため、車内はやや混雑気味だ。
荒井は腕を組み、窓から外を眺めている。西日がまぶしい。
僕はそんな荒井を見ながら、これから起こり得ることの可能な限りを考えた。
考えに考え、でも僕の貧相な頭では、それらしいものが浮かばない。
夕飯にご招待?いやいや、まさかそんなことは……。
そんな考えが頭の中をぐるぐるしている。
あーでもないこーでもない。僕が悶々としていると、荒井がこちらを見た。
「次、降りるぞ。」
僕が頷いたのを確認すると、荒井はまた窓へ視線をやった。
僕は余計に緊張してきて、掌が汗ばむのを感じた。
プラットホームが見えてくる。
電車の動きがゆっくりになる。
動きが止まり、開いたドアへ荒井が進む。
僕は置いていかれないように、彼の後を追った。
普段降りることのない駅は新鮮で、僕はキョロキョロと辺りを見回した。
自分の家の最寄り駅よりも拓けてるそこは、バスのロータリーや、ショッピングモール、ファストフード店など様々なものがあった。
落ち着きのない僕を見て、荒井は少し笑ったようだった。
僕は恥ずかしくなり、荒井の視界から外れるように、彼の少し後ろからついていく。
「人、多いから気をつけて。」
荒井が後ろを振り返りながら言う。
「うん、大丈夫。」
ありがとうと付け加えて、僕は暗くなりかけている道を進んだ。
駅から十分くらい歩いただろうか。
ようやく荒井の家に付いた頃には、日はもう暮れてしまっていた。
真っ白な壁に、オレンジの暖かそうなランプが灯っている。
何だか絵画の世界みたいだ。
「どうぞ。」
荒井がドアを開け、招き入れてくれた。
「お邪魔します……。」
恐る恐る足を踏み入れる。なんだか緊張する。
広めの玄関に靴を置き、出されたスリッパに履き替えると、荒井の後を追い階段を上った。
洋風の荒井の家は、とても綺麗で、絵画や花が置かれている。
これだけで既に僕の家とは大違いなのに、階段を上って僕はさらに驚いた。
「ピアノだ!」
大きな部屋にピアノが一台置いてある。しかもその部屋は防音らしい。
「こんな部屋で毎日弾いてたら上手くもなるよね。」
感嘆混じりに呟くと、隣で荒井が肩をすくめた。
部屋には沢山の戸棚が有り、中には様々な本が入っていた。
どれもこれも音楽にまつわるものだった。
僕が珍しそうに戸棚を見ていると、荒井が手招きをし、戸棚の中を見るように勧めてきた。僕は彼の隣に寄り、その中を見てみた。
「あ!」
思わず声を発した。
その中には沢山のディズニーの楽譜があったのだ。
以前、僕が弾いてくれと頼んだことを覚えていてくれたらしい。「ここに有るのは全部練習した。」
「ほんとに!?」
あの時、弾けなかったものも有り、彼が新たに楽譜を揃えてくれたのは一目瞭然だった。
荒井の気持ちが嬉しくて、僕は彼に“ありがとう”を浴びせるように連呼した。
そんな僕を見て初めは目を丸くした荒井だったが、すっと目を細めて笑った。
「良かった、連れてきた甲斐があった。」
そしてまた、頭にポンポン。
僕の顔は、嬉しいやら恥ずかしいやらで真っ赤になっていただろう。
目を細めて微笑した荒井は、袖を捲り上げてピアノへ向きあった。
おもむろに指を動かす荒井。音が跳ね踊る。楽しげな音楽が彼の指によって作られていく。
どうやら、荒井はこれを聴かせるために僕を連れてきたようだ。
キラキラ光る音の中、僕のために弾かれるそれをこそばゆい思いで聴いていた。
一曲弾き終わると荒井が手を差し伸べてきた。そして手招きをする。
何を要求されているのか分からず、とりあえず近くに寄ってみた。
荒井がまた手を差し出したのにつられて、僕はその手を握った。
「…っ!!」
途端に荒井が僕から目線を外して、くつくつと笑い始めた。
「な、なんで?僕、何か間違えた!?」
不安と恥ずかしさでオロオロと狼狽える。変な汗まで出てきた。
「ただ俺は……。」
荒井は目にうっすらと涙を浮かべながら、笑いを噛み殺している。
「好きな楽譜を寄越せって……。」
楽譜?そういうことだったの!?
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
「ま、間違えた。」
この部屋のどこかに穴は有りませんか?
僕はその場でうんうん唸りながら、頭を抱えて座り込んだ。
「山中……、お前って天然?」
ようやく笑い終わった荒井が僕の顔を覗き見る。
わりとしっかりしてるのかと思ってたのにな、なんて言いながら僕の頭を撫でる。
なんだかますます恥ずかしくなってきた。本気で穴を掘りたい気分。
でも、あんな風に笑ってる荒井ってなかなか見る機会がないから、ちょっと得したかも。
と思わないと救われない。
その後、思い出し笑いをする荒井に、僕は文句を垂れたのだった。
荒井がちゃんと喋れば良かったんだろ!
って。
ご覧頂き有難うございました。
更新遅くなりました。
すみません!
色々書きたかったのですが、上手くまとまらないので今回はここまでにしておきました。
第五楽章は、荒井のマメさやら、宏紀のボケっぷりやらを書きたかったので、こんな形になりました。
作者自己紹介の欄に更新情報など載せておりますので、宜しければそちらもご覧ください。
ご意見・ご感想など頂けますと嬉しいです。
第六楽章もよろしくお願いします。