第一楽章 〜curiosity〜
4時間目終了のチャイムが校内に響いた。起立、礼を形ばかりにすれば、生徒達は弁当を片手に思い思いに移動する。
僕、山中宏紀もいつも通り鞄から弁当を取り出して、教室の後方の片隅に集まっている男子の輪に加わった。
椅子に座りながら、視線を窓際に移す。
チラリと荒井勇人を盗み見ると、彼はいつものように片手に鞄を持ちながら、そそくさと教室を抜け出していくところだった。
この春、高校2年に学年が上がり、僕と荒井は同じクラスになった。しかし、もうまる3ヶ月経つというのに、僕は彼と一回も話したことが無い。
荒井は背が高く、顔も整っている。少しクセのある黒髪は男にしてはちょっと長いが、彼の持つワイルドな雰囲気にとてもよく似合う。いつも一人で無表情のまま机に向っているうえに、他人から話しかけられても大して返事もしなければ、表情も崩さない。言ってしまえば無愛想なのだ。
そして、荒井は毎日4時間目が終わるとどこかへ消える。クラスメートとの関わりはゼロに等しい。影で騒いでいる女子は結構居るようだけど、彼自身は気付いていないようだった。
そういうわけで、荒井がなんとなくクラスから孤立するまでに時間はかからなかった。
そんな彼を盗み見ることが、いつの間にか僕の習慣になっていた。
一体、どこにいくのだろうか。
「今日何して遊ぶ?」
ふいに左から声がした。視線を声の方に向けると西村だった。もぐもぐとご飯を口の中いっぱいにほお張りながら、首を傾げている。
そうだなぁ――といいながら、僕は弁当箱を開いた。
「何でも良いけど、できれば――」
「室内で、でしょ?」
分かってるよ、と言うかのように結城が僕の言葉を奪った。結城と西村はいつもつるんでいる友達だ。
「宏紀は色白だからなぁ。日焼けすると真っ赤になっちゃって大変だもんな。」
茶化すように西村が言った。
「すみませんねぇ……、軟弱で。」
僕は少しムッとして、西村をにらみつけた。
「軟弱だなんて思ってねぇよ?だってお前、見かけによらず剣道強いじゃん。」
ヘラヘラと笑いながら西村がフォローにもなっていない言葉を吐いた。
――見かけによらずってなんだよ!!
内心面白くないながらも、実際その通りなのだから仕方が無い。
母親譲りの色白で全体的に色素が薄い。そのうえ体格もあまりヨロシクナイものだから、やれ軟弱だの、やれ貧弱だのと散々言われ続けてきた。
「まぁ、昨日は雨降ってグラウンドぐちゃぐちゃだもんね。体育館の方が無難でしょ。」
ね?と、結城が同意を求めるように僕の方に顔を向けて微笑んだ。結城はさり気無く気遣いの出来る良いヤツだ。西村にも見習って欲しいものだ。
「そうだな。最近雨多いもんな。」
梅雨なんか早く終わればいいのに、と西村は窓に眼を向けながらポツリといった。
夏が来たら来たで、炎天下よ早く去れ!と思うのだが、このじめじめした空気はあまり好きではない。じっとりとシャツが肌にへばりつく感じがどうも苦手だ。
さっさと昼食を食べ終えると、僕達は体育館へ向った。
「今日はバスケだよな!」
「え、これ以上汗かくの!?」
やだよ、と僕が文句をたれていたとき、ふと荒井らしき人物が視界に入った。
本館から体育館に続くこの渡り廊下はガラス張りで、校舎の中間あたりの3階にある。だから、ここからは他の階の教室の中が見えることもあるのだ。
僕の視界に入った荒井であろう人物は、同じ階の3階にいた。
――見かけた窓のある教室は、一体なんの部屋だっただろう……。
僕の好奇心が頭をもたげ始めてしまった。
気になる。すっごく気になる。
どこにいるのか全く分からないならここまでの興味は持たないが、あと一歩で分かる位置に来ているのだ。気にならないわけがない。
「宏紀、なにしてんだよ。ぼーっとつったってんなよな。」
「あ、ごめん!僕、ちょっとトイレ!」
言うが早いか僕はもう彼らに背を向けていた。そっちにトイレは無いぞーという西村の声を背中で聞きながら、僕は全速力で走った。
来た道を戻り角を曲がる。そのまま一直線に駆け抜け、目当ての教室の前に来た。
「ここだ……。」
肩で息をしながら、頭の中で計算をする。あの位置から見えるのは、ここの教室のはず。しかし、僕はどうしても信じられなかった。
だって、この教室、音楽室なんだ。