4話
「そういえば、基地での生活に何か問題はありませんか? 極力不自由がないよう手配はしたつもりですが」
案内された応接室で、革張りのソファに腰かけた七希に、机を挟んで対面に座るヘルヴィニーナは言った。
「いや、大丈夫。食事も美味しいし。解らないことはウェイン少尉が教えてくれるし」
七希の言葉通り、報告書の作成などで手一杯なヘルヴィニーナに代わって、彼女の後ろに直立するウェインが応対してくれていた。無骨な姿に反して色々と気配りのできる人物だ、と七希は思う。
「それは結構。何かあればいつでも言ってください。可能な限り応させてもらうつもりです」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
「結構。――では、話を始めましょうか」
ヘルヴィニーナは切りだした。
「まずお尋ねしますが、ナナキさんは我が雪の国の情勢をご存知ですか?」
「いやあそれがあんまり……なにせ田舎から出てきたばかりで」
自分は田舎から出てきたばかりの世間知らず――ここ数日で七希が考えたカバーストーリーである。
かなり苦しい言い訳だとは解っているが、まさか馬鹿正直に異世界から来ました、などと言えるはずもない。かといって記憶喪失というのも厳しいところだ。人型兵器を乗りこなす自称記憶喪失など怪しさが服を着て歩いているようなものである。
もちろん具体的な出身地などに探りを入れられた場合は上手く躱すしかない。全ては自分の演技力にかかっている。……全く自信はないが。
「では順を追ってご説明しますね」
七希のカバーストーリーに異論を唱えることなくヘルヴィニーナは続けた。
「まずこの大陸には幾つもの国が存在しますが、その中で俗に四大国と呼ばれる国があります。それぞれ雪の国、火の国、鉄の国、光の国です。とはいえ、今回の話で重要なのは雪の国と鉄の国だけですので、残り二国については置いておきましょう」
ヘルヴィニーナは机に置かれた紅茶のカップを手に取り、一口飲む。ちなみに紅茶を淹れたのはウェインだ。
「我が雪の国は大陸北方、鉄の国は大陸西方に位置し、両国は隣接しています。そしてこの二か国の間に戦争が起きたのが今から三年ほど前のことです」
「ってことは今も戦時中?」
「ええ。とはいえ激戦だったのは最初の一年ほどで、現在は各地で小規模な戦い繰り広げながら、お互いに火のつけどころを探っている状況ですね」
「俺が遭遇したのはそれなわけだ」
「まさしくその通りです」
ヘルヴィニーナは神妙な面持ちで頷いた。
「恥ずかしながら、鉄の国に不審な動き有りとの情報が入ったので、調査に向かったところで奇襲を受けた次第です。あの件で私達は三人の仲間を失いましたが、ナナキさんの助けがなければ五人になっていたでしょう」
「ん……」
自分が割って入った時には、既に三機落とされていたらしい。そして戦争と言うからには、それに乗っていた人たちの命も失われたのだろう。
そこまで考えて、七希はふとあることに思い至った。
「……あのさ、ランケアッド? のMCにもやっぱり人は乗ってたんだよな?」
「無人機が開発されたという情報は届いていませんし、戦闘時の動きから見ても人が操ってたものでしょうね? それが何か?」
「いや……そっか」
あの日、自分はアーキヴァイスで五機のMCを破壊した。
手加減などしなかった。機関部が集中しているであろう胴体を容赦なく狙い、切り裂いた。
ならばきっと、そこに乗っていた人たちは。
「…………」
「続けてもよろしいですか?」
「ん……ああ、大丈夫」
先を促すと、ヘルヴィニーナは一度咳ばらいをしてから言った。
「戦争においてMCの有無は非常に重要なものです。強力なMCと熟達したパイロットが揃えば、文字通り一騎当千の活躍が見込めますからね。当然雪の国もそれらの確保には奔走しています」
ヘルヴィニーナはその赤い瞳で七希を真っ直ぐに見つめた。
「そしてナナキさん、我が軍は貴方を傭兵として雇い入れたいと思っています」
「傭兵……」
彼女の提案にさほど驚きはなかった。
アーキヴァイスごと取りこまれるか、あるいはアーキヴァイスだけ奪われるか。恐らくはその二択であるとは考えていた。
リスクはあった。しかしアーキヴァイスを伴ってあてもなく平野を彷徨うわけにもいかない。そして人里を見つけられたとしても、何の後ろ盾もなしに自分とアーキヴァイスを守るのは難しい。
彼女らを助け、自分の実力を示した。この二つによって向こうが自分ごと取りこみにかかることを七希は信じるしかなかったのだ。
「どうでしょうか。雇用条件についてはこれから協議しますが、こちららとしては出来うる限りの配慮をするつもりでいます」
「……いいよ、その話を受ける」
あまり即答しては侮られるかもしれないと、僅かに溜めてから七希は頷いた。
もっとも、にっこりと笑うヘルヴィニーナには全て看破されていそうだが。
「ありがとうございます。では早速契約内容について話を進めましょう」
「あー、その前に一ついいかな」
なんでしょう、と小首をかしげるヘルヴィニーナ。
「単純な疑問なんだけど、俺みたいに軍に雇われる人って結構いるのか?」
「ええ。自前のMCを持ち、軍、都市、企業といった何らかの勢力に雇われるMC乗りはレヴナントと呼ばれ、各戦地に存在しますよ」
「レヴナント?」
「亡霊という意味です。由来は金銭を求めて幽鬼のごとく戦地に現れる姿から、だとか。最初はフリーのMC乗りに対する蔑称だったそうですが、いつの間にか総称として定着しました」
CCCのゲーム中では使われていなかった単語だな、と七希は思った。
「傭兵になりたがる人間も増加傾向にあります。特にここ十数年の技術革新でMCの値段も安くなりましたからね。安くなれば買いやすくなり、買いやすくなれば使い手も増えるということです」
「それじゃあいつか傭兵だらけになりそうだな」
「そうなるかもしれません。とはいえ増える一方というわけではありませんから、長い時間をかけた先のことでしょう」
「……まあ、確かにそうか」
ケガ、病気、肉体の衰え、あるいは――死亡。
誰もが永遠にMCに乗っていられるわけではない。まして戦闘に従事しているのならば、増える傭兵に負けないぐらい消える傭兵もいるだろう。
「話が逸れましたね。契約の件に戻りましょう」
それから七希はヘルヴィニーナとともに契約の条件を話し合った。
大まかな内容としては、軍の指示に従って戦地に赴き、与えられた任務の達成度合いによって報酬が支払われるというものだ。不当に拘束されるような内容になっていないか、ディスプレイに表示される日本語を頼りに隅々まで目を通し、時にヘルヴィニーナに質問をした上で、ようやく七希は契約書にサインをした。
「はい、お疲れ様でした。これにて契約は成立となります」
「……悪いな。時間かけて」
「傭兵として身を立てる人間ならば当然のことです。私としても初めてのことではありませんから、お気になさらず」
ヘルヴィニーナは続けた。
「では早速任務を――と言いたいところですが、奇襲によって失われた人員の補充が来るまで、こちらは迂闊に動けません。ですのでしばらくは基地内で待機していてください。契約にも記しましたが、当基地での生活と安全は保障しますので」
「解った。じゃあ今日のところは部屋に戻るよ」
契約内容を詰めるという鳴れないことをしたせいか、頭には疲労感がある。まだ日は沈んでいないが、少し休みたかった。
「何かあればお呼びしますね」
ヘルヴィニーナとウェインに見送られながら、七希は部屋を出た。