15話
『……どういうつもりだ』
怒りを滲ませた問いかけが、ヘッドセットの向こう側から届く。
『なぜトドメを刺さない、新米!』
張り上げられた声は、ジャガーノートのパイロットのそれだった。
操縦室のメインモニタに映るのは、右腕と右肩のレーザーキャノンを切り裂かれたジャガーノートの姿。
「……チッ」
敵はもはや戦闘が続けられる状態ではない。討ち取ろうと思えばすぐさま討てる。
しかしそうはせずに、七希は小さく舌打ちすると、通信を切り替えた。
「……ウェイン、こっちは片付いたぞ」
『良くやった。こちらも優勢だが、どうやら向こうは撤退するようだ』
返答が来るや否や、空に照明弾が撃ち上がる。それが撤退の合図なのだろう。
七希は再び回線を開き、立ち尽くすジャガーノートに向かって言った。
「行けよ」
通信の向こうから怒りと逡巡の気配が届き、それから数秒の後、絞りだすような声がした。
『この借りは忘れんぞ……!』
ジャガーノートは踵を返すと、推進機で一気に戦域を離脱する。
瞬く間に小さくなっていく赤い機体を見つめながら、七希は小さくを息を吐くと、力任せに操縦桿を殴りつけた。
「……くそっ。何やってんだ、俺は」
苛立つ七希の視線が向かうのは、地面に倒れ伏せたままのレガンのランタンだ。
沈痛な面持ちで傍まで歩み寄ると、ふと七希は金属杭によって穿たれた場所が、僅かに操縦室からズレていることに気が付いた。
まさかと思い、操縦室の開閉スイッチを押すが反応はなく、ならばと慎重に金属装甲を引きはがし中を覗く。すると中にはぐったりとしたレガンの姿があり――僅かながら呼吸をしているのが見て取れた。
「ウェイン、クラート! レガンが生きてるぞ!」
慌てて通信を飛ばすと、すぐさまクラートが喰いついた。
『本当ですか!?』
『状態はどうだ。意識は?』
「気を失ってる。怪我はここからだと見当たらないけど……」
『すぐに向かいます!』
言葉通り、ウェインとクラートのランタンはすぐさま駆け付けた。
そしてアーキヴァイスに周囲を警戒させる中、ウェインとクラートはランタンから降りてレガンを操縦室から引っ張りだす。
「……目立った外傷はないな。クラート、お前の操縦席にこいつを積み込め。このまますぐに基地に帰還する」
「了解しました!」
意気込んでレガンの体を運ぶクラートを、モニタの隅で捉えながら七希は小さく息を吐く。それは先ほどの苛立ちが混ざったものより、幾分か柔らかくなっていた。
『ナナキ、少しいいか?』
ウェインの通信に七希はすぐさま意識を澄ます。
「何かあったか?」
『いや、この後我々は基地に帰還する。俺とお前でクラートをサポートするぞ』
「解った」
『それともう一つ。――ジャガーノートを見逃したな?』
七希は息を詰まらせた。
「そ……れは」
紛うことなき敵。それもレガンを撃墜した相手だ。見逃す理由など何一つないのは明白。それこそ、敵方と繋がっていると疑われても仕方のないことだろう。
暗い表情になる七希だが、ウェインはむしろ気遣うように言った。
『勘違いするな。責めるつもりはないし、お前を疑ってもいない。撃退しただけでも戦果としては十分だ』
「俺は……」
『だがナナキ、先達として言うが、どうするかを決めるのは早めにしておけ。敵の銃弾が操縦室を貫いてからでは、何もかもが遅すぎる』
何かを言う間もなく、通信が途切れた。
七希はモニタに映るウェインの姿を目で追いながら、三度息を吐く。
「どうするか決める……か」
七希は操縦席に突っ伏しながら呻くように呟いた。
「そんな簡単にできたら、苦労しないっての……」