13話
伏兵の存在について、七希は早い段階から予見していた。
まず敵MCが4機という少数な点。
この時点でバルト基地を直接襲撃する可能性は相当薄くなる。いくら不意打ちをしたからといっても、4機で基地を陥落せしめるとは考えにくい。
ならば何かしら仕掛けや探りをしにきたのか――そう考えるのが妥当であり、事実、4機のブライの武装は軽量で、速度や取り回しを重点に置いているのが解る。
だというのに、現れた自分たちに対して彼らは撤退ではなく迎撃を選んだ。それでいて彼らが布陣していた丘周辺に、防衛対象となるような重要な物は見当たらない。
――罠だ。
七希はそう結論付ける。恐らくウェイン辺りもそう考えていただろう。ならばなぜ奇襲に反応できたのが七希だけだったのかといえば――CCCをプレイし続けることで彼に蓄積された、圧倒的なまでの戦闘経験によるものである。
『銀色のMC……お前が話に聞いた雪の国の傭兵だな』
ヘッドセットから真紅のMC――ジャガーノートのパイロットの声が届く。
「へえ、俺のことを知ってるのか」
応じながら七希はすばやく状況を精査する。
伏兵の出現で戦いの潮目は変化していた。七希はジャガーノートと相対し、クラートのランタンは起き上がる隙を伺っている。そのためレガンとウェインは背後からの援護無しにブライ3機と戦わざるをえず、圧倒的だった戦場は膠着状態まで盛り返されていた。
『7機のブライを単独で屠った謎のMCとな。眉唾だったが、俺の攻撃を察知できたということは、誤報ということではなさそうだ』
「おいおい、そいつは褒め過ぎだ。――単純に、お前が雑魚なだけかもしれないだろ?」
七希がせせら笑うと、負けじと相手のパイロットも喉を鳴らした。
『俺の失態だな。新米にそんな勘違いをさせてしまうとはな』
こいつは強い。
口でこそ煽っているが、七希の直感は油断できない相手であると告げていた。
だからこそ、安い挑発をしてでもこいつを自分に釘づけにさせる必要がある。他の三機のところに向かわれては、どうなるか。
七希はジャガーノートの持つ武器に注目する。中でも気を引いたのは絶大な威力を証明した肩のレーザーキャノン――ではなく、両手に構えられた金属槌だ。
(ただのハンマー……にしては形状が妙だ)
例えるならば鐘だ。図太い柄の先にお椀型の、鐘のような金属塊が付属している。恐らくただの打撃武器ではない。何か仕掛けがあるだろう。――だが。
『ならば詫びとして、俺のジャガーノートの真髄を骨身に刻んでやろう。なに……代価はお前の命で十分だ』
「そうかよ。――遠慮なく踏み倒させてもらうぜ!」
瞬間、アーキヴァイスの推進機が火を噴いた。
手札が未知数のはお互い様だ。ならばここは機先を制する。アーキヴァイスの左腕から紫電が走り、レーザーブレードを出現させると、アーキヴァイスは一気にジャガーノートに迫った。
『果敢だな! だが!』
迎え撃つべくジャガーノートが金属槌を構えた。
両者の質量差は明白だ。ぶつかり合えばアーキヴァイスはただではすまない。それでも七希は推進機の出力を緩めることなく突進し――
ぶつかり合う間際、ジャガーノートは巨体に似合わぬ俊敏さを発揮し、レーザーブレードを槌で受け流しながらアーキヴァイスの横をすり抜けた。
「なに――――ッ!?」
『叩き潰すのは、その安易な思惑からだ!』
ジャガーノートが向かったのはアーキヴァイスの背後。
そこには今まさに立ち上がろうとしていたクラートのランタンの姿があった。
引きつけようとしていたのが見抜かれていた。七希は舌打ちしながらアーキヴァイスの向きを反転。同時に突撃銃を背中から引き抜き発砲するが、分厚い装甲は十数発の弾丸を背中に浴びてなおものともしない。
そうこうする内にジャガーノートはランタンに迫る。クラートは距離を取りながら突撃銃で迎撃しようとするが、巨大な槌と装甲に阻まれ足止めにもならない。
『させるかよ!』
ジャガーノートの横合いにレガンの乗るランタンが躍り出たのは、まさにその時だった。
ウェインに3機のブライを任せ、先にこの敵を排除しようという算段。
七希のアーキヴァイスとクラートのランタンに挟まれたジャガーノートにとって、レガンの登場は完全な奇襲であり――
『温すぎるな!』
瞬間、ジャガーノートは恐るべき反応速度で槌の石突をレガンのランタンに叩きこんだ。
さらにランタンの動きが止まると同時に槌を反転。その鐘のごとき金属槌をランタンの胴体に突き放つ。
金属槌は打撃武器だ。いかに堅牢とはいえ突きだすだけではMCの装甲を貫通するに至らない。そこまで考えた時、七希はあの武器の狙いに辿りついた。
「受けるな! 避けろ!」
果たして七希の叫びは届いたのか。
彼が見つめる中で、鐘が突然二つに割けた。
それはさながら獲物を捕らえる強靭な嘴。
その嘴にランタンは左右から挟み込まれ、万力のごとく締め付けられる。そして、
『まずは1機』
轟音が鳴り響いた。
それは嘴の奥に内蔵された射出装置から、鋭く巨大な金属杭が発射された音。
超高硬度の合金によって造られたそれは、あまりにも容易くランタンの胴体を貫いていた。
『――さて、次はどちらかな?』
崩れ落ちるレガンのランタンの横で、さながら肉食獣の眼光のように、ジャガーノートの頭部で光が揺らめいた。