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11話


「作戦を説明します」


 作戦司令室にて、ヘルヴィニーナは澄んだ声を響かせた。


「確認されている敵は鉄の国ランケアッドのMC、ブライが4機です。現在地はここ、基地から130km離れた平原を移動中です」


 ヘルヴィニーナが示すのは指令室に置かれた大きな机だ。その机の表面には電子パネルと立体投影装置が埋め込まれており、敵MCがいる平原と周辺の地形情報が立体映像で表示されている。

 その机の周りには十人ほどの軍人――この基地のMC乗りだ――と、七希の姿があった。


「かなり入りこまれていますね」


 発言をしたのは同じく机の前にいたクラートだ。


「どうやら少数編成を利用し、監視網の隙間を縫ってここまで移動してきたようです。どうやって隙間を見つけ出したのかが気になりますが、その検証は後回しにしましょう」


 ヘルヴィニーナは続けた。


「すぐにこの4機を迎撃しなくてはいけませんが、これが何らかの罠である可能性も否めません。よって、ここは対応力を優先した少数精鋭のメンバーで部隊を編成します」


 ヘルヴィニーナの瞳が居並ぶパイロット達を見た。


「迎撃に向かってもらうのはウェイン少尉、レガン軍曹、クラート曹長、そしてナナキさんの四人になります。残りは第一種戦闘配置。全体の指揮は私が執ります」


 異論は出なかった。

 七希はパイロット達の視線が突き刺さるのを感じたが、それだけだ。


「それでは総員、出撃準備を――」


 その時、慌ただしく作戦司令室の扉が開かれた。

 

「――これはどういうことだ、ヘルヴィニーナ中尉」


 現れたのは基地司令のバクスターと、武装した数人の部下だ。


「なぜ私を差し置いてブリーフィングを行っている」


 怒りを籠めた視線を向けられるが、当のヘルヴィニーナは涼しい顔だ。


「申し訳ありません。司令と連絡がつかなかったたもので、緊急を要すると判断して指示を出しました。司令は今までどちらに?」

「……そんなことはどうでもいい。立案した作戦内容を見せろ」


 ヘルヴィニーナは机の上にあったタブレット端末をバクスターに差し出し、それを乱暴に受け取ったバクスターは苛立った様子で記されていた作戦内容に目を通す。


「作戦に不備はありましたか?」

「……ふん、まあ概ねこれでいいだろう。だが一つ、基地司令として承服できんことがある」


 バクスターの目が居並ぶパイロット達の隅にいる七希に向けられた。


「あの小僧の出撃は不許可だ。ここに置いて行け」

「お言葉ですが、彼の機体とパイロットとしての能力は先ほど行った模擬戦でも証明されました。この緊急時において必ず成果を出してくれるでしょう」

「それがどうした!」


 バクスターは声を張り上げた。


「これは信用の問題だ! あの小僧が鉄の国ランケアッドのスパイでないとどうして言える!」

「責任は私が」

「責任など、この基地が陥落しては取りようがあるまい! 小僧が裏切りを働けば十分にありえることだ!」


 語気を荒げながらバクスターは続ける。


「そもそも、本当にこの小僧はそこまで能力があるのか? 機体の性能によるものでは? ならばそれこそヘルヴィニーナ中尉、君が小僧の機体に乗れば良かろう」

「それは無駄ですね」


 にべもなくヘルヴィニーナは言った。


「調べたところあのMCには生態認証機能が搭載していますから、乗れるのは登録してある彼だけです。仮にそれを突破できたとしても、普段と違う機体となれば簡単に乗りこなせるものではありません。私が彼のMCに乗ったところで、十分の一も性能を引きだせませんよ」

「っ……! ともかく! スパイの嫌疑がある以上、小僧を出撃させることは許可できん!」


 問答無用とばかりに言い放つバクスターを前に、居並ぶパイロット達が無言で視線を交わし合う。

 七希もまた、どうしたものかと思っていると、ヘルヴィニーナと視線が重なった。

 その視線はすぐさま外れたが、七希は気づいた。彼女は普段の凛とした様子とは違う、悪戯を思いついた童女のような笑みに。


「では、証明すれば良いわけですね? 彼が間違いなく裏切らず、我々の戦いに協力すると」

「なにぃ? 馬鹿を言うな、そんなことが――……」

「ナナキさん」


 ヘルヴィニーナは何気ない足取りで七希の横に立った。


「失敬、と先に言わせて頂きます」

「えっ?」


 ヘルヴィニーナの動きに迷いはなく、それゆえ、七希は抗うことができず。

 くいっと彼女が背伸びをして目線の高さが同じになったかと思うと、彼女の両腕がするりと七希の首に回され、軽く引き寄せられると同時にヘルヴィニーナと自分の唇が重なった。


「「――――」」


 その場にいた全員が凍り付いた。

 当然そこには七希も含まれるが、そんなことなどお構いなしにヘルヴィニーナは自らの舌で七希の唇をこじ開けると、さらに息継ぎの隙を狙って口の中にまで舌を入りこませ、迷わず七希の舌と絡ませた。

 口の中に広がるぬるりとした肉厚の感触。侵入してきた舌に口内を愛撫されるという未体験の出来事に、七希は思わず身震いし――その時、彼女の舌の上を通って、滑るように何かが喉の奥に放り込まれ、反射的にそれを飲み込んだ。


「……ぷはっ」


 ヘルヴィニーナが唇を離した。

 七希とヘルヴィニーナはお互いに息を荒くしながら見つめ合う。

 そして彼女が唾液に塗れた唇を舌で舐めるのを見て、ようやく七希は我に返った。


「――――な、な、ななななっ! 何すんだいきなり!?」


 口元を手で押さえながら七希は真っ赤になって声を張り上げた。


「私の唇はお気に召しませんでしたか? 誓って言いますが、肉親以外で口づけをしたのはナナキさんが初めてですよ?」

「そうじゃなくて! そういうのじゃなくてさ! いや、何でいきなり!?」

「毒です」

「はぁ!?」

「今、ナナキさんに毒を飲ませました」


 再び七希は凍り付いた。

 喉元に手をやり、思いだすのは、キスの最中に飲み込んだナニカの存在。


「フロノスの女性士官は全員自決用の毒の錠剤を持たされているのです。今しがたナナキさんに飲ませたのは、その毒を元にさらに色々と混ぜ合わせ、カプセルに詰めたものですね」

「……ちょ、ちょっと待った!」

「カプセルが溶解して毒が回るまで三時間といったところですか。致死性の毒ですので、間違いなく死にます。解毒剤の所在を知っているのは私だけです」

「いやいやいやいや! そうじゃなくて!」

「時にナナキさん、拷問や尋問の経験は?」

「はぁ!?」

「これは心ばかりの助言ですが、強引に私の口を割らせようとするのはお勧めしません。あれは高度な技術と知識が必要ですので、素人がやろうとしても大体失敗します。――さて」


 ヘルヴィニーナは唐突に手を叩いた。

 その渇いた響きを耳にして、混乱の最中にあった七希は思わず口をつぐみ、その隙にヘルヴィニーナは視線を未だに唖然としているバクスターへ向けた。


「司令、これで問題はありませんね? 彼はもはや我々に協力するしか道がありません。そこに疑いの余地はないでしょう」

「そ……それは、いや、しかしだな。も、もしかしたら……死を恐れない可能性が」

「傭兵など下賤の輩と仰ったのは司令ではありませんか。国家に忠誠を誓う軍人ならばともかく、傭兵風情が自分の命より任務を優先すると?」

「だ、だが……その毒というのも本当かどうか」

「お疑いなら」


 斬りこむような鋭さでヘルヴィニーナは言った。


「どうぞ、もう一つ残っていますので、ご自分で飲んで確かめてくださって構いませんよ?」


 カプセルが入った小さなケースを懐から取りだし、バクスターの前に突きつける。


「もっとも、解毒剤は一つしか用意してありませんから……どちらかは死ぬことになりすが」

「ぐっ……ぬ……」

「さあ時間がありません。司令、ご決断を」


 有無を言わせぬ視線を前に、バクスターの肩が弱弱しく震えた。

 


 ウェイン、レガン、クラート、そしてナナキの四人がMCに乗って基地から出撃したのは、それから5分後のことだった。


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