10話
模擬戦を終え、基地に戻った七希を迎えたのは整備兵のガーニーだった。
「いやー、びっくりしたわ。お前ほんとに強かったんだな」
「ほんとに強かったんだよ」
ハッチの開かれた操縦室から、タラップを経由して地面に降りながら七希は言った。
「というより、見てたのか? 模擬戦」
「ああ、観測機がお前らの頭上に飛んでてな。俺以外にも結構な人数が見てたぜ」
「やらせ扱いされてた?」
「まさか。お前が勝ったことに皆驚いてはいたが、あれをやらせと思うバカはいないさ」
そう言われて七希は胸をなでおろす。あの戦いまでも仕込みだと疑われるとさすがに困っていたところだ。
「兵装の扱いも見事なもんだ。日頃から訓練で使ってる雪の国のMC乗りならともかく、お前は模擬戦用兵装を使うの初めてだろ?」
七希は頷いた。
「まあ初めての武器でも使いこなす自信はあったよ。……でも実体剣はなぁ」
「なんだ、実体剣はダメなのか」
「重いしかさばるから好きじゃないんだよ。振ると機体が引っ張られるのも良くない。剣はやっぱレーザーブレードに限る」
「そういや、お前のMCの両腕にもレーザー兵器が搭載されてたな」
「ああ。色々使ってみたけど結局あれに落ち着いて――と」
七希は近づいてくる人影に気が付いた。「んじゃ俺は仕事に戻るわ」と察したガーニーはその場を立ち去り、入れ替わるようにして現れたのは機嫌のよさそうなヘルヴィニーナと、半面、渋い面持ちをしているレガンとクラートの三人だった。
「お疲れ様です、ナナキさん」
「その様子だと、満足してもらえたみたいだな」
「ええ、素晴らしい戦いでした。お約束した通り、報酬も弾みますよ」
ヘルヴィニーナは頷き、それから背後のレガンとクラートに振り向いた。
「そして二人とも、ナナキさんと共に戦うことに異論はありませんね?」
「……実力は認めます」
「……ご命令でしたら」
不承不承といった様子の二人を見て、ヘルヴィニーナは嘆息する。
そんな彼女を横目に、七希はレガン達に声をかけた。
「あのさ、二人ともケガとかは無かったか?」
「ああん? ……馬鹿にすんなよ、あの程度の模擬戦で負傷なんざするか」
「多少打ち身はありますが、大したものではありません。それが何か?」
「ああいや、大丈夫ならそれでいいんだ」
それだけ言うと七希は口を閉ざし、レガンとクラートは眉をひそめて目を見合わせた。
そこでヘルヴィニーナは手を叩いた。
「ともあれ三人とも、御苦労さまでした。レガン軍曹とクラート曹長は下がってよろしい。ただし、模擬戦の反省点を検討したのち、レポートにしてウェインに渡しておくように」
ヘルヴィニーナに促され、レガンとクラートは敬礼をするとその場を立ち去った。
二人の背中が遠ざかっていくのを見ながら七希は言った。
「俺が言うのもなんだけど……あの二人、ほんとに俺と一緒に戦って大丈夫なのか?」
「御心配には及びません。今は敗北で頭が煮えていますが、明日には切り替えていますよ。もしもダメだった時は、二人と距離が縮まるよう私が策を弄しましょう」
「いや別にそこまでしなくても」
「いえいえ、私からのお礼も兼ねています。最近あの二人は実績を積み過ぎて増長していたので、良い教訓になったでしょうから」
「……もしかして俺、利用された?」
「有用な機会と人材をどう扱って最大限の結果を得るか……これを考えることこそ上司の醍醐味だと思いませんか?」
にっこりと微笑まれ、七希は何も言えずに空を仰いだ。
「さて、これで多少なりとも基地内におけるナナキさんの立場も向上するでしょう」
「するかな? 観戦はされてたって聞いたど」
「古今東西、強さを証明した人間というのは一定の敬意を払われるものです。扱いを間違えれば敬意は恐怖へとなりえますが――ナナキさんなら大丈夫でしょう」
そんなものだろうか。CCCじゃ上位に行けば行くほど煽りや叩きが増えていった気がするな――などと考えつつ七希は言った。
「それでこの後、俺はどうすれば?」
「当面は待機していてください。参謀本部が現在作戦を練っている途中ですので、それが決定次第こちらにも役割があてられるでしょう」
「勝手に殴りかかるわけにはいかないわけだ」
「さすがにそこまでの権限はありませんね。鉄の国の方に不審な動きがあれば話は別になりますが――」
その時、ヘルヴィニーナの胸ポケットから電子音が鳴った。
取りだされたのは通信機であり、「失礼」と一言断ってヘルヴィニーナは通信を取る。そのまましばらく何事か言葉を交わしていると、その整った顔立ちが険しくなった。
「……どうかしたか?」
通信を終えたヘルヴィニーナに声をかけると、彼女は嘆息と共に言った。
「どうやら、噂をすれば影、というやつのようです」
「というと……」
「監視区域を移動している鉄の国のMCが発見されました」
そしてヘルヴィニーナは笑みを浮かべた。
「さあ、戦争ですよナナキさん」