落ちていく道筋2
聖女が召喚されたのはグランディアと呼ばれる西大陸の西中央部に位置する大国、グレイヒ王国だ。
600年以上の長い歴史を持つグレイヒ王国は、魔法の国としての歴史も深い。それはグレイヒが魔界の境界線にほど近いからだ。
肥沃な大地だが古くから魔物が多く出没するグレイヒは、討伐や瘴気対策のために武力と魔法に特化していった。
グランディアの各場所に境界線は存在するが、グレイヒの境界線は規模が違う。その分魔物に殺される人間も災害も多かった。
600年以上前の国としても成立していなかった当時、彼の地は荒れに荒れていた。境界線が崩れて魔物が跋扈し人間を食い殺し、さらに瘴気から疫病が流行った。
そんな時に現れたのがステファン・グレイヒという1人の青年だった。類稀なる魔力を持ち、自在に魔法を操ったと言われている。さらにその力で光の女神イシスと契約を交わし、各地に聖地を設けるとこで魔界に対する結界を作り出した。
そうしてステファンは誰もが見捨てる荒地に「グレイヒ王国」を建国した。綻びが改善されれば、土地は国民に様々な恵みをもたらした。土が良いのか作物はよく育ち、大きくはないが金もとれた。魔物の跋扈する荒地から、潤沢な資源の実る王国が誕生した。
しかし、ステファンは結界に綻びが生じることを予測し、この地が荒れた時に取れる対策を残して死んでいった。
魔力持ちは多い。しかし自分のように膨大な魔力を持つ人間は稀だと知っており、禁術である異世界からの召喚魔法の方法を後世に伝えた。
異世界から召喚されるものは女神イシスの加護を付与される。何故かは記入されていない。これは契約を交わしたステファンにしか分からない話だ。
とにかく、グレイヒ王国は数百年一度綻び始める結界に召喚魔法を使用した。
召喚されるのは全て女性だったことから、彼女たちは皆「聖女」と呼ばれた。
彼女たちの外見は史実に寄れば、統一性はない。グレイヒ国民と同じように白い肌と薄い髪色と瞳を持つものもいれば、黒目黒髪の少女、また全身が黒い少女も現れたという。
グランディアの境界線への影響は、西大陸全てに影響をもたらす。小さいが境界線が近い場所には魔物が頻発し、シミが広がるように空気も変化してくる。その一番先に被害が多く現れるのがグレイヒで、この現象を解決するのもまたグレイヒだ。
聖女がステファンが建設した聖地でイシスに祈りを捧げれば、境界線の綻びは強固なものへと変化する。これは各地で「グランディアの夜明け」と呼ばれた。
武力と魔法、聖女の三つで強大な力をつけていったグレイヒ王国は、二つの国に挟まれている。
一つは西側に位置するフィリップ王が治めるオレリアン王国。こちらも歴史の深い国である。大半が海に面した海洋国家オレリアンは海神オレイスを古くから信仰し、交易で発展を続けてきた。
もう一つは東側に位置するレアンドラ王国だ。小国家の集まりであるノア帝国とグレイヒ王国に挟まれた状態のレアンドラは、歴史は100年とまだ浅い。植物が育ちにくく多民族が流れやすい土地柄か、国が立っても内部分裂からの崩壊が多い国である。
しかし現在のレアンドラは安定している状態だ。それは強王と呼ばれるヴィンセント・ヴィルヘルムの存在のためだ。多民族との諍いを辣腕でまとめ上げ治めている。
そして現在グレイヒを治めているのはベルナール・ステファン=グレイヒだ。賢王と呼べるほどではないが、今のところ問題なくグレイヒを治めている。
しかしグランディアの境界線が再び綻びたことで、グレイヒは徐々に荒れていった。
すぐに聖女の召喚に臨んだが、召喚の条件はある一定の瘴気に達してからという決まりがあった。
これは権力に溺れ聖女を利用する輩が出かねないから取られた対策であった。現にほとんど綻びがない時代に召喚に試みたものもいたらしいが、直ぐに露見し処刑された過去もある。
とにかく、聖女の召喚に成功したのは国がかなり荒れた時だった。魔物の討伐に犠牲者が多く出て疫病が流行り、かなり悪い状態にあった。
加えて狙ったようにレアンドラが諍いを仕掛け、レアンドラには近衛騎士団率いる兵を、魔物には魔術師や魔導師を派遣しなければならず、国の多くが犠牲を払っていた。
その中で召喚された聖女は国の期待全てを背負っていた。しかし聖女は本来魔法が使えず、急いて全てを詰め込んだ。それでも一年を要し、さらに浄化を終えるのに一年がかかった。
レアンドラは聖女召喚に様子を見て一時期撤退したが、教育に時間を要してる間に再び攻撃を仕掛けてきた。だがその時には聖女の巡礼が始まり、ゆっくりだが確かに国が回復していった。
力を取り戻したグレイヒにレアンドラは早々に撤退を行い停戦協定を結んだが、変わり身の早さにはあっけに取られるしかない。
こうして国が救われ、聖女は名実ともに英雄として国にその存在を知らしめた。
そして巡礼から1年後、第一王子マクシミリアンとの婚約が発表され、グレイヒ王国は歓喜に包まれた。
しかしその8か月後に、国内に嫌な噂が広まった。第一王子にオレリアン王国から、花嫁が贈られた、そして彼も花嫁に夢中であると。