落ちていく道筋
この国には、日本のように四季がある。春には植物が芽吹き夏は暑くなる。秋には紅葉が見られ、冬には雪が積もる。
とは言え、私のいた地域は冬ほとんど雪が降らなかったから、感じる四季は僅かに違う。
冬の終わりから春にかけて毎年私の誕生日が訪れる。
私が生まれた時に病院に咲いていた桜があまりにも綺麗で、私は桜と名付けられた。安直でしょ?でも好きなのよ、と嬉しそうに笑う母を見て私はいつも幸せな気持ちになっていた。
この国には桜はないが、春はもうじき訪れる。
「サクラ、誕生日おめでとう」
そう言って私の誕生日を祝うのはマクシミリアンだ。この世界の暦は僅かに違うが、私の召喚された翌日が生まれた日だと告げると大きな花束をもってマクシミリアンは現れた。
言ったのは随分前なのによく覚えていたな、と破顔する。
純粋に嬉しかった。
「ありがとう、マックス」
「ああ」
私の前には今、マックスしかいない。もちろん部屋の外には彼の侍従もマーガレットも控えている。
色鮮やかな美しいケーキと菓子と紅茶が置かれたテーブルを挟んで、私たちは向き合っていた。
私は僅かに緊張していた。祝ってもらうのは想定外だったが、誕生日のこの日に彼に返事をしようと思っていたからだ。
先ほどからうまく話せなくて、何度も紅茶を飲んでは注いだ。
「サクラ、大丈夫かい?今日はなんか様子がおかしい」
「そ、そうかしら?そうかも?」
「ふっ、本当にどうしたんだい?」
慌てる私をマクシミリアンは穏やかに見つめた。それは優しさに溢れる美しい笑顔だ。
私は眩しくて目を眇める。
「私、貴方の笑顔が好きよ」
「なんだい、急に」
突然の言葉にマクシミリアンは目を丸くした。ポロっと自然に出た言葉を私は続ける。
「あのね……」
「うん」
「その、前に言ってくれたこと、覚えてる?私が倒れた夜に言ってくれたこと」
この一年、好きだよと何度となく言ってくれていたマクシミリアンは、気を使って結婚の事は言っていなかった。
だからすぐにピンときたようだ。僅かに緊張を孕んで彼は頷いた。
「覚えてるよ」
「あれは、今も生きているの?」
私は真っ直ぐに彼を見つめて問いかけた。
すると彼は静かに立ち上がり、私の横で膝をついて手をとった。
「もちろん。サクラ、私の気持ちはこの一年、変わってはいない。君を守りたい。私と結婚してほしい」
見返す瞳は真剣で、私は頬を赤らめた。瞳が潤み、触れられた指先が震える。
目の前の美しく愛しい人の言葉に、私は頷いた。
「私も貴方を側で支えたい。この国の人たちを、貴方と一緒に守りたい。ずっと一緒にいたいの」
彼には生涯の誓いを、家族とは決別を意味する言葉を震えながら口にした。
「ありがとうサクラ。君を絶対に幸せにする」
マクシミリアンは嬉しそうに破顔する。慈愛に満ちた、優しく穏やかに笑みだった。
この時の彼の笑顔に私は違和感を感じた。
それは本当に僅かで、抱きしめられた瞬間にその違和感は霧散してしまう。
柔らかく抱きしめられて、彼の香りに包まれて、幸せで涙が溢れた。
「マックス、大好きよ」
この時私は、この国で生きていくと決めたのだった。
けれど私はこの選択を後悔する事なる。
あの時感じた違和感の意味を知るのは、半年後の事だった。
彼も私も。あまりに幼すぎたのだ。