希望への歩み3
帰れないと知って始まった生活は、思ったよりは悪くはなかった。
騙された事を除けば、待遇は明らかによくなったからだ。魔法も作法も習得した今、全てに時間を費やさなければいけないわけではない。
マクシミリアンは国王と掛け合って私を王宮ではなく少し離れた西の離宮を私にあてがった。これは私が望んだ事だ。
自分を騙した人間に囲まれて過ごしたく無かったからである。
加えて、護衛さえつければ街に降りる事も許可された。街の人たちの方が私の感覚に会っていたし、彼らはいつも笑顔で迎えてくれた。
週に4回は聖女として活動しなければいけなかったが、24時間無休で聖女だった以前と比べれば何て事はない。
比べる前が悪すぎて、正直全てに拍子抜けだったのは確かだ。もちろん不愉快である事に変わりはないけれど。
帰れないと知った日の絶望を忘れたわけではない。未だに国王もその側近たちも、オリヴァーも許せていない。
ただエドワードはその事実を知らなかったらしい。彼は嘘が下手な、間者として不向きなタイプらしく、見事になにも知らなかった。
近衛騎士隊のトーナメントで優勝を飾るエドワードは剣の腕前が国内でも随一である。加えて鍛えられた体躯と彫りの深い整った顔立ちは大層モテたが、いかんせん愛想が無い。
指導の時も、旅の時も用事がなければまず話掛けられた事もなかった。
口を閉じていれば何かを思案しているように見えた彼は、実質闘いの事しか頭にないバリバリの体育会系と知り拍子抜けした。
つまりあの旅で私を騙し続けたのは実質オリヴァーだけだ。
人間、怒り続けるのは難しい。絶望に酔い続けるのもだ。
伏せって殻に閉じこもる事も出来たけれど、それは性に合わない。
結果として私は今も聖女として活動し、休みの日は街に降りて孤児院の子供達と遊んだり、街のお店の手伝いをしたり、マーガレットとピクニックに行ったりしていた。実に優雅だ。
目下の問題としては、保留にしているマクシミリアンへの返事である。
正直な話、日本の結婚観であれば17歳で結婚の事を考えるのは難しい。そもそも誰かと付き合った事すらないのに、それを結婚と言われてもピンとこなかった。
ただ一つだけ確かなのは、私がマクシミリアンに惹かれているということだ。
もともと持っていた好意は、彼の優しさや、帰れない事実に歯止めがかからなくなっていた。
求婚から半年が経ったが、マクシミリアンは本当に私の支えになってくれていた。
一度、義務感で言われるのは迷惑だと言ったことがある。その時、マクシミリアンは「違う」と笑った。
「旅の時から、私はサクラを護りたいと思っていた。この国のために頑張る君を、支えたいと。義務感からじゃない」
その言葉はブレーキを踏む私に混乱を招いた。
許せない、という気持ち。
どうしようもなく好きだ、という気持ち。
日本に帰りたいと願う気持ち。
ずっと一緒にいたいという気持ち。
矛盾に満ちたこの感情と向き合うのを恐れて、日々を忙しくする事で逃げていた。
流れるように生かされた時とは違う。自分で選ばなければいけない現実を、私は恐れた。
それでもきっと、もうすぐ。
私は選んでしまうのだろう。