表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

行方不明の姉 後編

「それでも構わない。お願いしたい」

そう言って少女に頭を下げたのは父だった。

切羽詰まった父の様子に、少女の表情も真剣なものに変わる。


「分かりました。だけどその前に。探すことはできても、生死の保障はできません。もし万が一、という事もあるかもしれません。それでも大丈夫ですか?」

それは先ほどの少年も言っていた話だ。

見つかるかもしれない希望だけを抱くには時間が経ち過ぎている。

少女にはそれが分かっているのだろう。

父は少女の忠告に躊躇わず頷いた。


「私が望むのは娘が元気に生きている事です。しかし、もし万が一の事があっても知りたい。娘に何があったのか知りたい。それが親としての……」

言葉を続けられずに父は嗚咽を堪えた。

ずっと抱えていたのであろう葛藤を吐露するように。


少女は真剣な面持ちで頷いた。

「分かりました。少しの間、お待ちいただけますか?」

少女はそう言うと、事務所の男性に視線を向ける。

「賀来さん、ちょっとマリーと連絡取りたいので席を外しますね」

「……分かった。時間がかかりそうなら呼べ」

「了解です」

少女は音も立てず、部屋から退室した。


賀来と呼ばれた男性は父と俺に頭を下げる。

「うちの者が不躾に申し訳ありません。もう少々お待ちいただけますか」

「構いません。これまで待った時間を考えれば……」

「あの、今の子にも何かの力があるんですか?」

俺が思わず問いかけると、男性は首を傾げた。


「…あれを不思議な力と言っていいのか?」

尋ねられた少年も困ったように首を傾げる。

「ええっと…僕たちのような、所謂サイキックや霊能者、とかではありませんね。でも普通なのかと聞かれると……」

曖昧な返事に父と俺が不安げな表情を浮かべると、少年は慌てたように両手を振る。

「あの! 確かにちょっと変わってはいますが、彼女は出来ない事をできるとは言いません! 信用して頂いても大丈夫です!」

少年の慌てた様子に俺は思わず笑みをこぼした。

美しすぎる事を置いても、少年が誠実な人柄だと分かったからだ。


それから今後の打ち合わせをしていると、少女が戻ってきた。

「お待たせしました!」

「ニャン」

何故か戻ってきた少女の肩には綺麗な黒猫が乗っていた。

可愛らしい声をあげてこちらを見ている。


すると男性が驚いたように腰を浮かせた。

「マッ!?」

そう叫んだ後、男性は咳払いして椅子に戻る。しかし視線はチラチラと黒猫にいっていた。

「その様子だと、マリーは引き受けたみたいだな」

「うん。いいって言ってくれたよ」

「ニャオン」

少女に同調するように黒猫が鳴いた。

少女は嬉しそうに笑うと、また俺たちと向かい合うように座る。

「それでは、料金のお話しましょうか」


この後少女は素晴らしい笑顔で、とんでもない額を要求してきた。

金額は、伏せさせてもらおう。

ただ、少女はとんだ商売人だったと言うことだけは言わせてほしい。


ーーーー


「桜さんが見つかりました。彼女は無事です」


依頼してから三ヶ月後、少女は家にやって来てそう告げた。

この時には流石に母にも話しており、家族三人で報告を聞いていた。


「本当なの…? 証拠はあるの?」

「一応、動画を撮ってきました」

疑心暗鬼な母に答えるように少女は端末を差し出した。

俺を含めて全員がヒュッと息を飲む。


『父さま、母さま、薫。桜です。みんな、体調は崩してない? 因みに私は、なんとか無事にやってるわ』


「姉さん…」

端末から流れる声に、その顔に。知らず涙が溢れた。

間違いなく、これは姉だ。

消える前よりもずっと大人びているが、俺たちにはこの映像が本物だと分かる。


「さくらあぁ!!」

母が涙を流して叫び声を上げた。父はそれを支えるように肩を抱いたが、その目からは同じように涙が溢れている。

全員、言葉にならなかった。

姉がいなくなってからポッカリと空いていた穴が、喜びなのな焦燥なのか分からない気持ちで埋め尽くされる。


寂しいとも、もう嫌だとも思っていた。

疲れ切って希望を持つことに絶望してもいた。

映像の中の姉は泣きはらしたのか目が赤い。

それでも自分が無事であること、理由があって戻るのにもう少しだけ時間がかかる事を語っていた。


姉の説明で足りない部分を補うように、少女が話を付け加える。

それによると、姉は異世界に聖女として召喚され、二年前に異世界を救った上に、昨年にはその国の王子と婚約したらしい。

しかし王子に思い人ができて婚約解消したいが、国を上げて慕われる聖女が消えるのは一筋縄ではいかない、という事だった。

荒唐無稽な話すぎて信じ難いが、こうなっては信じる他ない。


正直な事を言えば、誘拐した国など捨ててさっさと帰ってくればいいのにと思う。

両親もう同意見のようだが、言ったところで姉は頷かないだろう。


早く帰って来て欲しい一方で、絶対に会えるという確信は俺たち家族の救いになった。

定期的に情報を持って来てくれる少女には感謝するしかなかった。

少女は姉の我儘を聞き、助け、自分達を安心させてくれた。

感謝を告げれば「貰うもの貰ってますからね。追加料金も頂いてウハウハですよ」と下衆な表情を浮かべていた。


少女は大抵こんな風にふざけて笑いを誘う。

かと思えばたまに真剣な様子で父と話をしたり、母を口説くように慰めたりで未だに性格が掴めない。

けれど俺たち家族は、少女のお陰で笑顔を取り戻していた。


そうして三ヶ月が経過して、姉が帰ってくる日がやってきた。


母は朝から室内をウロついていたし、父は有給を取って会社を休んだ。

俺もこの日ばかりは学校を休んだ。

今日だとは言われたが、時間は告げられてなかったからだ。

少女の話によると、世界線が違うためいつも時間が一定しないのだという。


昼になるのか、はたまた夜遅くなるのか予測出来ないらしい。

テレビを点けたり消したりしながら、時刻は16時を指していた。


変化が起こったのはこの直後だ。

妙な違和感が室内を覆った。

それは探偵事務所の少年が力を使っていた時のような、不思議な違和感だ。

来る、そう確信した俺は周囲を見回した。

両親はまだこの違和感に気付かないのか、俺を不思議そうに見つめるだけだ。

「たぶん、来る」


俺が呟いた時だった。

リビングに突然、大きな暗闇が現れた。

ブラックホールのような暗闇の中心は渦を巻いて広がりを見せる。

俺も両親も驚きで声が出ず、ポカンと口を開けてその光景を眺めていた。

そして次の瞬間、にょきりと足が暗闇から現れたと思ったら、姉を両腕に抱え、黒猫を肩に乗せた少女がスポンッと出てきた。


少女は軽やかに床に着地すると、こちらに気付いて笑いながら片目を瞑る。

連れてきましたよ、そんな言葉が聞こえそうだ。


少女の腕の中にいた姉は、恐る恐る目を開けた。

やはり記憶よりもずっと大人になり、美しくなっていた。

しかし俺たちを見た瞬間、その顔がグシャリと歪む。


「ああああああああ!」


それは、姉の魂の叫びだった。

その叫びに胸が震える。

泣きながら俺たちに向かって走る姉は幼子のようだった。

母に勢いよく飛びついて、父がそれを支える。俺は嬉しくて、姉の華奢な背中と両親の腕ごと抱きしめた。

温もりが姉が生きているのだと、無事に自分達の元に帰ってきたのだと知らせてくれる。


「おかえり桜。よく頑張ったわ。えらいわ」

「おかえり。帰ってきてくれてありがとう桜」

「おかえり姉さん!」


泣きじゃくる姉は、言葉に出来ないのがもどかしそうだったが、それでも懸命に頷いていた。

俺たちは長い間、姉を抱きしめていた。

いつしか姉は泣き疲れて、人形のようにコトリと眠りに落ちてしまう。

泣きはらして鼻水が出ている姉の顔に、俺は泣きながら笑ってしまった。


姉を連れ戻した少女は、いつの間にか消えていた。父によると一礼して去っていったそうだ。

肩に黒猫を乗せて。




その後は穏やかに時が過ぎた。

未だに財界やメディアに影響力を持つ祖父のお陰で、姉は好奇の目に晒されずに済んでいた。

持つべきものは財力と人脈だなあと、この時ばかりは思ってしまった。


唯一困ったことがあるとすれば、19歳の美人な姉がやたらくっ付いてくる事だ。

両親は甘えん坊になったんだねと笑うが、今年18歳になる俺にしてみれば非常に困る。

抵抗できないが、両手を上げて受け入れることもできない。

仕方なく俺は姉がもたれかかる度に自分は置物だと思うことにした。

そうしてしばらく姉は、静かに元の環境に順応しようとしていた。


しかしそれも最初だけだった。

ある日から姉は一念発起して、大学受験を始めた。

家庭教師が驚く速さで知識を吸収し、志望した大学に入学を果たす。


だが、俺や両親がかなり心配していた。

マスコミからは守れても、日常生活の悪意からは姉を守れない。

数年行方不明になって記憶を無くして生還した、というのが表向きの理由だ。

これには下世話な推測も出てくるだろうし、興味本意で近付く輩は出るだろう。


だが姉は、それを理解した上で大丈夫だと笑った。

その笑顔があまりにも屹然としていて、俺や両親は驚いた。

帰ってきた時の姉は、幼子のように自分達に手を伸ばした。

なのに、大丈夫だと笑う姉は19歳とは思えない、大人びた表情をしていたのだ。


たとえ誰かが悪意を持って姉に接しても姉は揺らがない。

姉は確固たる自分を築き、行動できる強さを身につけていたのだ。


そうして大学に通い始めた姉は、とても楽しそうだった。

何でも、気の合う友人が出来たらしい。

姉の行方不明事件や、桂木財閥の事を知っていて、それでとそんなのどうでもいいと言い切る素敵な友人なのだと姉は笑った。


もちろん姉に興味本意で近付く人間はいた。

つまらない憶測を重ねて売女と嘲る馬鹿もだ。

だが姉は何かを言われても、ただ笑うだけだった。

しかしその笑みは、言った側が気圧されるような迫力があった。


威厳、というのだろうか。

聖女や王妃として教育を受けた事が関係しているのだろう。

所作ひとつに気品があり、柔らかで澄んだ声は人の心を惹きつける。


そのせいか、下世話な想像は気付けば無くなっていた。

それに変わるように、行方不明だった姉が実は天の国で過ごしていた、という謎の噂が広がった。


姉の周りは空気が澄んでいて、姉自信が光を帯びたように透明感を増す事がある。

そんな浮世離れした姉は、輝くように美しかった。

なので大学では「天女」だの「女神」などと言われていたようだ。


すこし変わった形ではあるが、姉はそんな風に周囲に馴染んでいった。


姉はその後、皆を支えたいからと父の会社に就職する。

そこでももちろん色々あったが、姉は持ち前の根性で周囲の信頼を得て言った。


因みに、姉はこの会社で人生の伴侶となる大事な人を見つけるのだが、その話はここでは語らなくてもいいだろう。


ひとつ確かなのは、姉はこの世界で幸せに暮らしている、という事だ。


これまでも、きっとこの先も。


たまに、懐かしそうに月を見上げながら。

息抜きで書いた家族視点でした。今度こそ完全に完結です。お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ