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行方不明の姉 前編

家族側の過去話です。桜が見つかるまでと、見つかった後の弟視点の番外編です。前後編の予定です。蛇足にはなりますので、裏側にご興味のある方はどうぞ。

今から5年前、姉の桜が行方不明になった。

姉が消えたのは、姉が通う中学校の校舎内だ。


廊下には姉が使う携帯とペンケースが落ちており、教室には鞄が残されていた。

何者かに誘拐された可能性は高かったが、まだ部活動もしているその時間帯は、校舎に多くの生徒や教師がいた。

しかし誰も不審人物を見かけていないという。

それに加えて姉が通っていたのが良家の子女が通う超お嬢様校だっため、防犯カメラも出入り口に設置されている。

そしてその防犯カメラには姉や、不審人物らしきものは見つからなかったのだ。


まるで神隠しにあったようだ、と誰かが言った。

突然の事に、自分も両親も戸惑い、悲しみ、それでも必死に捜索を続けた。

最初の数ヶ月は桂木財閥の長女の行方不明事件がメディアでも多く取り上げられたが、やがてそれも減り、警察の捜索チームも縮小された。

それでも桂木財閥という家柄のおかげで、完全に無くなることはなかったが。

しかし一年経っても有力な情報は得られず、両親は日々やつれていった。


身内びいきなのかもしれないが、姉は花が咲いたような綺麗な人だった。

少し抜けた所もあるが、明るく優しく、時には少し意地悪な姉は我が家のムードメーカーだ。

そんな姉がいない家はがらんと寂しく色を失ったようだった。


そんなある日の事だった。

新緑が芽吹く季節。

俺は両親と朝食をとっていた。母は、瞳をふと陰らせて、父を見た。

「あなた、桜の新しい情報はなにかないの?」

「残念だが、進展無しだ」

「そう…」

「大丈夫だって。姉さんは無事だし、ぜったい帰ってくるよ」

肩を落とした母に、俺はことさら声を明るくして声をかける。

「そうよね。あの子は強い子だもの」

そうすると母は目に涙を浮かべながら、悲しさを振り切るように頷いた。


その時だった。

小さな叫びのような声が聞こえた。

『父さま、母さま、薫! 私はここにいるわ! 見た事もない世界に誘拐されたの! ここから帰してもらえないの!』

ひどく遠い叫びだ。俺はもう一度耳をすませた。

『みんなに会いたいの!お願い、助けて!!』


今度は気のせいではないと感じた。俺は声がする方向に思わず目を向ける。

そこには何もない。あるのは見慣れた家具だけだ。


『薫!私は生きてるから!どうやって帰ったらいいか分からないけど、諦めないから!』


姉だ、と思った。けれどこの声は俺にしか聞こえていないようだった。

そして心なしか声が遠ざかる。


『いや!ここにいたい!みんなと一緒にいたい!』


姉の悲痛な声が耳の奥で木霊する。

俺は思わず立ち上がりかけて、すんでで止まる。

汗がどっと出て、今のは何だったのかを考えた。

願望なのか、幻聴なのか。

自分がおかしくなったのかと思ったのだ。

だから俺はこの事を、すぐに両親に言う事は無かった。


一月ほどして、やはりどうしても忘れられずに父に話した。

父は半信半疑だったが、俺の様子を見て考える余地はあると判断したのだろう。

何とかしてみると話していた。

しかし母には言うなと言われた。期待を持たせてしまうのは良くないだろうと、判断したからだ。これには俺も同意見だった。


しかしそこからが長かった。

何しろ『姉が地球じゃない場所に連れ去られた』なんて話を誰が信じるのか。

本当だとしても、どうしたらいいのか。


国内の怪しげな霊媒師や有名な霊能力者、果ては海外の超能力者にまで依頼したが、どれも有名な手がかりは得られ無かった。


そんな父を見て、何度自信を失ったか分からない。

気のせいだと、姉を思うあまりに聞いた幻聴なのだと撤回する機会はあった。

しかしあの悲痛な声が忘れられず、俺にはもうやめてくれと言うことができなかった。


そこから三年経ったある日、父が国内である事務所を紹介されたと言う。

その事務所は表向きはただの探偵事務所だが、不思議な事件も扱っているらしい。

その中には神隠しも含まれていると。


この情報に俺も父も飛び付いた。

最初は父だけが事務所に出向いたが、俺の話を聞きたいと言うこと、姉の持ち物が欲しいと言うので二度目の訪問で同行する事になった。

事務所は街中にあるどこにでもあるようなオフィスビルの5階にあった。


「いらっしゃいませ、柏木さま」

出迎えてくれたのは優しげな女性と、背が高くて目つきが鋭い男性だ。

「こちらのお部屋へどうぞ」

男性が促すように父と俺を個室へ促した。

不思議な事件を扱う事務所と言う割には、ソファーとテーブルしかない普通の個室だった。

奥にもスペースがあるのか、衝立がある。

俺は勧められるままにソファーに腰掛けた。

「ここでお掛けになってお待ち下さい。担当者を連れて参りますので」


部屋を出た男性と入れ替わるように、先ほど出迎えてけれた女性がお茶を持ってきてくれた。

そして女性が出て間も無く、男性が戻ってくる。

「お待たせしました。暮、入れ」


「失礼します」

男性と一緒に入ってきたのは、見た事も無いような絶世の美人だった。

艶やかな黒髪と星を散りばめたように怪しげに光る黒い瞳。白い肌は光沢を帯びて、黒い髪と瞳、赤い唇が引き立たせる。

髪が短く男性用のジャケットを羽織っているから、もしかしたら少年なのかもしれないが、妖艶で可憐な少女にしか見えなかった。

「暮と申します。よろしくお願い致します」

「紛らわしいかと思いますので先に言いますが、彼は男です」


やはり男なのか、少しだけ残念に思いながら俺は少年を見つめた。恐らくは自分と同年代だろう少年は、綺麗な所作で椅子に腰掛ける。


「まず鑑定の前にお話ししておきます。僕にできるのは、桜さんがどこにいるのかを探る事だけです。いるのかいないのか……亡くなっているのか。それでも大丈夫でしょうか?」

その言葉に暗い気持ちが過ったが、それは事前に聞いていた話だった。


曰く、サイキックである担当者には、居場所や生死の有無しか分からないのだと。

それでもお願いをしたのは、この不毛とも言える捜索に見切りをつけたい気持ちがあったからだ。


「構いません。正直な話、雲を掴むような捜索に区切りをつけたいんです」

父が疲れたように笑う。

姉を探す事を諦めたことはないが、それでも莫大な資金を投じて怪しげな霊能力者を巡るのには辟易してもいたのだ。


「分かりました。それでは桜さんの持ち物をお貸しいただけますか?」

「これです」

父が出したのは、姉が使用していた携帯端末だ。少年はそれを受け取ると、世界地図を広げて端末を握りながら目を瞑る。


その瞬間、僅かに空気が変わった。ずぐり、と静寂が物質になって部屋を覆うような、奇妙な感覚だ。

それは父も感じているようで、息を飲む音が聞こえる。

本物だ、と、この空気で分かった。

何が、とは言えない。けれど今までの自称能力者と何かが違う。


どれだけ時間が経ったのか分からない。

それでもかなりの時間が経ったように感じた。

少年の頬につと一筋の汗が流れ、それと同時に顔を上げる。

眉を少し潜めて、言葉を選ぶように口を開く。


「日本にも、海外にも桜さんはいません。どこにも、地球上には。亡くなっているのではありません。ただ、どこにも痕跡が無いのです」

「それはどういう事でしょうか」

父が尋ねると少年は俺に視線を向けた。


「桜さんはあなたに、見た事も無い世界に誘拐された、と言ったんですよね?」

急に話を振られて戸惑いながらも俺は頷いた。

「間違いなく」

「それでしたら、かなり荒唐無稽な話にはなりますが、地球というよりも、世界そのものが違う世界に行っている可能性があります。分かりやすく言えば異世界でしょうか」

「……そんな事があり得るんですか? SF映画じゃじゃあるまいに…」

父が戸惑いながら尋ねる。俺のために動いてはくれたが、異世界という言葉に眉を顰めていた。

今まで散々ロクでも無い霊能力者にあって、疑心暗鬼にもなっていた。


「正直に言えば、僕も詳しくは無いんです。一つ断言できるのがどれだけ捜索の範囲を広げても桜さんを見つけることは出来ないという事です」

それは、俺や父にとって死刑宣告にも似た絶望をもたらした。

異世界に行っていた場合の対処法など、分かるわけがない。

「じゃあどうしたらいいんだ!」

父が嘆くように叫んだ。


「そんな事言われて、はいそうですかと諦められるわけがない! 桜は俺の娘なんだ!!」


それは姉が消えてから一度も弱音を吐かなかった父の魂の叫びだった。

それでも方法はないのだと、少年の申し訳なさそうな表情が物語る。

「残念ですが、今回のご依頼はうちの事務所では扱えないものです」

死刑宣告を放ったのは、少年の隣で話を聞いていた事務所の男性だった。


俺も父も項垂れて、立つ気力も湧かない。


その時だった。衝立の奥から声がした。

「いけるか分かんないんですけど、知り合いに頼んで見ましょうか?」

衝立からヒョイと現れたのは、俺よりも年下らしきセーラー服の少女だ。


特別美人というわけではない。それでも顔は整っていて、妙に雰囲気がある。

「絶対大丈夫だって断言はできないんですけどね。もしかしたら捜せるかもしれない知り合いがいるんです」


俺と父はぽかんと少女を見つめた。

すると男性が眉を怒らせて少女を睨む。

「宮城、お前いつからいた」

「最初からいましたけど。気付きませんでした? っていうか、断る前に相談してみてくださいよ」

「マリーは便利屋じゃないって、お前が言ったんだろうが!」

「私に聞くだけ聞くのはいいですよ。無理な時は無理って言いますもん」

「春矢さん、いいんですか?」

少年が不安げに少女を見つめた。

「なんとなく大丈夫だと思うんで。だから楓さん、そんな悲しい顔をしないで」

少女はそう言って片目を瞑ると、こちらに顔を向けた。


「異世界で亡くなってない限りは、捜せるかもしれません。どうしますか?」

「え……?」

「ただし、料金がとっても高くなりますが」

どこと無く悪戯めいた表情で、少女は俺たちを見据えた。

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