王子の決意
「君の提案を受け入れたい」
昨日と同じように音も無く現れた少女にマクシミリアンは完結に告げた。
あまりにもあっさりとしていたからか、少女は首を傾げる。
「魔術師くんに相談したの?」
「相談はしたが、私が自分で決めた事だ」
「ふうん?」
少女はじっとマクシミリアンを見つめる。見透かすような視線だが、決断したマクシミリアンは揺らがなかった。
「一応聞いとくけど、なんでかな? 昨日はかなり渋ってたけど」
「リスクのない解決策はないと分かったからだ。その中で一番犠牲の少ない方を選んだ。それが上に立つ者の義務だろう?」
オリヴァーと話をした後、マクシミリアンは未来について考えた。
自分や国民が払った犠牲を鑑みて、聖女を抜きにしても一番被害が少ないという結論に行き着いた。
いや、初めから結論は出ていたのだ。マクシミリアンが己の罪悪感を捨てさえすれば、これ以上ない有効な手段である。
「そうだね。リスクのない解決策なんてない。……私の提案を受け入れてくれてありがとう」
少女の雰囲気が柔らかく変化して、マクシミリアンは目を見張った。
「昨日は散々責めたけど、この国の環境ってなかなかハードだからね。あなた達だけが悪いんじゃないって分かってるよ」
オリヴァーは言っていた。責任を持って決断した事に少女が平等だと。
自分の覚悟が伝わったのだろう。だから少女は自分に皮肉のこもらない静閑な笑みを浮かべているのだ。
「いや、全て君の言う通りだった。私は……私たちは、聖女がいる現状に満足して考える事を放棄していた。でもそれでは根本的な問題の解決はできない。それを思い知ったよ」
「そうは言ってもできない人間の方が多いよ。私だって偉そうに言ってるけど、守りたい者のためなら卑怯な事だってするしね。決断できたあなたは強い人間だと思う」
「そんな事はない。優柔不断で自分勝手な男だよ」
マリアベラの事を含めてマクシミリアンは首をふった。
しかし少女の反応は意外なものだった。
「愛情の区別がつかない状態で婚約したのはダメだけど、あなたは桜さんを愛してたでしょう? それが家族愛だってだけ。桜さんを想ってのは事実だし私には責められないかな。男女の機微ってまだよく分からないしね」
あっけらかんと言った少女が年相応に見えてマクシミリアンは苦笑する。
「じゃあ君も気をつけるといい」
「心に留めておくよ。まあ私には最高に可愛い相棒がいるから大丈夫だけどね」
そう言って少女は笑った。
その後、少女は小瓶と石の説明を済ませて姿を消した。
あまりにもあっさりと帰ろうとした少女に、今後の具体的な話をしなくてもいいのかと問えば、後は全て任せると言われてしまった。
「魔術師くんと、もしくっついたらマリアベラさんには相談してもいいんじゃないかな? まあ、言うも言わないもあなたの好きにしていいよ。
でもあえて言うなら、信仰をきちんと伝えるか、平均寿命延ばせるか試すのもいいんじゃない? 私の母国なんて平均寿命80歳だからね!」
悪戯っぽい笑みを浮かべた少女を思い出してマクシミリアンは苦笑した。
「私ももっと頑張らねばならないな」
そう呟いて、少女がいた場所を見つめた。
ーーーー
翌日、闇の神に扮した少女はサクラと共にこの国を去った。
少女が最後に見つめたのは、動けなかった父王ではなく自分だった。
マクシミリアンはしばらくして小瓶を使用した。
その後は驚くほど呆気なく事が進んだ。痒みだからと侮れない。国王は服を着る事も会議に出る事もままならなくなってしまった。
神の怒りに触れたからだと周囲が言えば、国王は恐怖に震えた。
終始体を掻き続けておかしくなった国王は、側近たちの進言で王位を退いた。痒みから解放され平穏を取り戻したが、王宮にいれば空想の痒みに襲われると遠い地に隠居した。
マクシミリアンは王位に着くと石を聖地に設置し、同時にイシス信仰の強化を図った。
サクラの最後の言葉は国に広がっており、マクシミリアンの政策に反対するものは殆ど居なかった。
それと同時に、マクシミリアンは自分が生きているうちにと医療の充実化を図った。少しでも国の平均寿命が延びればいいと考えたのだ。
そうして国は栄え、人々は女神の加護だと喜んだ。
次々と打ち出す政策にマクシミリアンも忙殺されたが、傍らにはいつもマリアベラがいて献身的に自分を支えてくれた。彼女には秘密を話している。その上で隣に居てくれるのだから感謝してもしきれない。
そして魔術師のオリヴァーもマクシミリアンの大きな支えとなっていた。しかしオリヴァーの場合は忙しさに辟易してマクシミリアンに会うたびに「過労死します」「とんだ暴君じゃないですか」と怒っていた。
文句を言える元気があるならと笑顔でいなしていたら、とうとうオリヴァーが倒れた。
しかしそれがきっかけで長年の想い人と結婚できたと言うので許してほしい。
マクシミリアンも反省してほんの少しだけ仕事を減らした。
そうして忙しく過ごした年月の中で子供も生まれ、マクシミリアンは改めて自分は幸福なのだと振り返る。
今の国を見たら、あの少女やサクラはなんと言うだろう。まだまだだと怒るのか、まあまあだと笑うのか、それは一生分からない。
それでも違う世界で生きる彼らの幸福と、国や大切な人間の幸福を願ってマクシミリアンは祈りを捧げた。
次はマーガレットの話になります。




