聖女と王子と王女と
「さよならを、しましょう」
私の言葉に、マクシミリアンとマリアベラの顔が青くなる。
「私のせいなのね…」
マリアベラは震える声で呟いた。美しい蒼の瞳が揺れている。
そんな彼女にマクシミリアンが慌てたように首をふった。
「いや、私のせいだ。私がーー」
「やめて」
私の強い静止に、マクシミリアンはピタリと口を噤んだ。
「私はあなた達を糾弾するためにここに呼んだわけじゃないの」
私は意識して背筋を伸ばした。つられたように二人の背も無意識に伸びる。
「でも、許すために呼んだわけでもないわ。ただ、話をしておきたかったの。後悔しないために」
「サクラ…」
「私はマクシミリアンに恋をしていたわ。故郷を捨ててもいいと思ってた。でも私、一方通行は嫌なのよ。私は愛した分だけ愛されたい。だから、マクシミリアンとはいられない」
私の言葉に二人は沈黙したまま動かない。
数ヶ月前までは笑って話していたはずなのに、今はこんなにも空気が重い。
息苦しさに惑ったが、ふとハルとマリーの馬鹿らしいやりとりを思い出して心が落ち着いた。
こんな重い沈黙が流れれば、ハルとマリーは間違いなくふざけるだろう。
『あー、テステス。重い沈黙が流れております。両者ともに喋りません。このままでは1日が終わってしまいます、どうですか、解説のマリーさん』
『恐らく二時間はこのままでしょう。しかし人間、時間が経てばお腹が減ります。腹の虫が鳴る時に、事態が動く時でしょう』
想像なのにやけにリアルで、私は笑いそうになる。実際似たような会話をしていたのを聞いたからだ。
「ねえ、マックス、マリア。私、悲劇に酔うのはやめたのよ」
私の言葉に二人は瞳を瞬かせる。私は嘘のない笑みを浮かべて二人を見据えた。
「不幸な被害者ってつまらないんだもの。自分はかわいそうだって蹲ってたら、楽しい事を逃しちゃうじゃない。それにマックスよりもいい男なんて、ゴロゴロいるしね」
冗談めかして言いやれば、マクシミリアンもマリアベラも答えあぐねいている様子だ。
「私はあなた達を応援したりはしない。好きにやればいいんだわ。でもこれだけは言わせて。うまくいかなくても、私のせいにはしないでね」
私はマクシミリアンを睨みつけた。
「あなたの事、見損なったのよ。婚約は破棄してちょうだい。あなたなんかに囚われて、いい男を捕まえ損ねたら嫌だもの」
「サクラ、私はーー」
マクシミリアンが何か言いかけたがさらりと無視した。続いてマリアベラをじとっと睨む。
「マリア、あなたとも絶交よ。そんな悲愴な顔で側に寄られたら、運が下がりそう」
プイッと顔を逸らした私は、逸らしたまま言葉を続けた。
「私は自分から望んでマックスと婚約破棄するの。私は貴方を縛るつもりはないんだから、あなた達がうまくいかなかったとしても、それはあなた達のせいですからね」
言い切って、私はホッと息をつく。
100パーセント相手と分かり合える事はないから、不用な言葉は交えず素直に気持ちを吐き出した。
「言いたい事は、これだけよ。そっちはなにかある? 聞くだけなら聞いてあげる。謝罪以外はね」
フンッと不遜に促す私に、二人は思案するように俯いた。
ハルとマリーならここで『出たー! 偉そうな聖女様プレイタイムです! ご褒美ご褒美!』と言うだろう。
真面目な反応しか返ってこない事に物足りなさを覚えるなんて、あの二人の感染力は恐ろしいものがある。
自分の中の変化に驚愕していると、マリアベラが顔を上げた。
「貴女を連れて行くって言ってたあの声は大丈夫なの? 騙されているのじゃないの?」
「へ?」
言われた言葉が予想外で反応が間抜けになってしまう。
「だって、サクラの世界には魔法はないのでしょう? ならどうやって貴女を元の世界には戻すの?」
私は目をパチクリと開けた。以前、何度もマリアベラに日本の話を聞かせた。その中で魔法は無く、その代わり化学があるという話をしていたのだ。
思いもよらぬ気遣いに驚嘆する。
「よく覚えていたわね」
「だってとても楽しかったんだもの」
マリアベラの声は寂しげで、どことなく甘えが含まれていた。
「私に貴女を止める資格は無いって知ってるの。でも、貴女が騙されてるかもしれないなら、止めるわ」
先程までとは違い、マリアベラは強い意志をたたえて私を見ていた。
どこまでも優しい王女様は、こんな時だって私の事を考えるのだ。
本当に腹がたつ。こんなに美しいのに優しいなんて、反則だ。
「彼女…彼は大丈夫。騙されてはいないわ」
「本当に?」
「本当よ。ちゃんと確かめたわ」
「そう…」
マリアベラはホッと顔を綻ばせた。拍子抜けしながら「他には何かある?」と聞けば、大丈夫と首を振られた。
「私からもいいだろうか」
「うん」
「君がいなくなる日までは、婚約者でいてほしい。しかも、表向きは帰りたくないと言ってほしいんだ」
「どうして?」
私が眉を顰めると、マクシミリアンは言いにくそうに口を開いた。
「神の声のせいで、父上から君を説得するように言われている。表向きは帰りたくないといわないと、地下に隔離されかねない」
「そんな…!」
非難を込めた声はマリアベラのものだ。
マクシミリアンも分かっているのか、両手を上げた。
「それを防ぐために婚約者のフリをして欲しい。最後くらいは、守りたいんだ」
その言葉に嘘は無いのだろう。マクシミリアンもマリアベラと同じようにサクラを見つめる。
私は少しだけ唇を噛んで目を逸らした。
「仕方ないから、そうしてあげてもいいわ」
「ありがとう、サクラ」
「ありがとうございます、サクラ」
本当に腹が立つ。
綺麗で賢くて強くて。
そしてどうしようもないほど優しい彼ら。
私はやっぱり彼らが好きだった。
言葉に出すにはまだまだだけど、私からもいつかありがとうと言えたらいい。
「ほんと、腹が立つわ」
言葉には憎しみも怒りもこもっていない。
二人はそれを分かっているように、寂しげに優しく微笑んでいたのだった。




