言葉を紡ぐ時
青年が細い腕で潰した強大な魔法は、キラキラと空に霧散した。
多くの魔物を倒し、隣国から自国を護ってきた特級魔導師の攻撃が無効化された事で、国王も戸惑いを隠せなかった。
「これで終わりか、毛虫の王よ」
静かな声音で青年は国王を見下ろした。
「終わりならば、サクラは貰い受けるぞ」
青年の唇が弧を描いて桜を見つめた。それだけなのにどこか艶めかしさがあり、見られた桜もぞわりとする。
青年の放つ空気は人を圧倒し、惹きつける。
「ま、待て! 聖女様は我が国の王子とすでに婚約しているのだぞ!」
国王が焦ったように叫んだ。しかし青年は呆れたように溜息をつく。
「だからなんだというんだ。人間の国の制度など知ったことか。私にとって大事なのは、サクラがどうしたいかだ」
青年の声は広場に響き渡る。桜はとうとうその時が来るのだと、深呼吸した。
「聖女様! 言ってくだされ! 我がせがれと永遠の誓いを交わしてくれたのでしょう?」
国王は桜が帰りたくないと考えているようだった。しかしそれは国王だけではない。貴族も教会も国民も、国王に同調した。
「そうだ! 聖女様はこの国の王妃となるお方だ! 闇の神など必要ない!」
1人の叫びから次第に声が広がる。
「「「聖女様! 聖女様! 聖女様!」」」
桜はそんな彼らを表情なく見つめた。自分勝手で愚かな人たち。弱いから、守られることを享受する人たち。
「サクラ」
後ろから声がして振り返ると、マクシミリアンが桜を見つめていた。
不思議な程に冷静な瞳は、国王たちとは違ってサクラという人間を見ていた。
「君はどうしたい」
美しいその顔が笑うのが好きだった。
優しいところが好きだった。
切なく笑って桜は口を開いた。
「私はーー」
ーーーー
貴女を許すと私は言えない。
貴方を許すと私は言えない。
でも彼らが、真実悪いわけではない。私も悪いわけではない。
裏切られた側は、裏切った側を責める資格があるのだろうか。
けれど、何をもって裏切りなるのだろう。
移ろう心に戸惑いながら、己の心を殺すことを選択しようとして、隠しきれなかった彼ら。
大嫌いだった。こんな気持ちにさせる彼らが。
でもそれは大好きだったからだ。今だって、それは変わらない。
だから苦しくて悲しい。それが許せないのだ。
ここに緩やかに監禁される未来しか無ければ、私はきっと狂っていただろう。
逃げ場が出来て初めて、私は彼らと向き合う覚悟ができたのだ。
じわり、じわりと闇の神が私に迫る。
始めはやんわりと外出を減らされた。しかし迫るにつれて、あからさまな軟禁に変化した。
そんなある日、闇の神の声が街に響いた。
『一週間後、光の聖女サクラをこの地から貰い受ける。別れの挨拶を済ませておくがいい』
ハルの、闇の神の予告を聞きながら、自分にもとうとうその時が来るのだと悟る。
胸に浮かんだのは喜びだけではない。不安も、苦しみもあった。
私は確かにここで、この国で生きていたのだから。二度とは、戻れないのだから。
大好きな家族が待っている故郷で、一からやり直さねばならないのだから。
監視がオリヴァーになった時、私は彼らに会う事にした。
会ってなんて言うのかは、考えられなかった。
ただ、別れも告げずに憎しみだけ残したままに、さよならをするのが嫌だったから。
「二人とも、よく来てくれたわね」
彼らを迎え入れると、緊張しているのか表情が僅かに強張っていた。
並ぶ彼らがお似合いで、胸はやっぱり傷んだけれど、私は視線を逸らさない。
「噂は、本当なの」
なんの、とは言わない。言うまでもない。
彼らにもあの声は届いたはずだから。
そして私は精一杯の笑顔を浮かべた。
「さよならを、しましょう」




