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聖女と女子高生と黒猫と魔術師と2

「ーーまあそんなわけで「闇の神、聖女奪還大作戦」を明日から決行するんだよね」

ハルは一通りオリヴァーにこれまでの経緯を話した。

とは言っても、ハルが私と同じ世界の住人で、桜の家族の依頼で私を取り戻しに来た事、その協力を魔女のマリーにお願いした事、そしてつつがなく桜が帰るために、彼女たちが一芝居打つ事だ。


簡潔な内容のはずなのだが、すでにオリヴァーとハルは仲が悪い。ハルが息をするようにオリヴァーをおちょくるからだ。

元来生真面目なオリヴァーにはさぞかしストレスだろう。

ちなみにマリーが何らかの方法で言葉を共通にしているらしく、ハルのおちょくりは正確にオリヴァーに伝わっている。おちょくりの分だけオリヴァーが髪を逆立てるのでやめてほしい。いや、まあ、ほんの少し面白いけれど。


ハルはざっくりと作戦について語ると楽しそうに続けた。

「誘拐くんにはその作戦の中で、私にボロクソに負けるという栄誉ある役割を演じてもらいます」

尊大に足を組みながらハルは悪い笑みを浮かべる。

「なんだって?」

「最後の復活祭で私は暗雲背負って登場するからさ。そしたらたぶん兵が一斉に攻撃するでしょ? それ全部私とマリーで、チョチョっと蹴散らすから。でもそれだと面白味に欠けるじゃん?」

「やっぱり物語のクライマックスには壮大な演出がほしいものねえ」

「でしょ? それで誘拐くんには、渾身の攻撃をぶっ放してもらいたいわけ。その間、私は攻撃しないから、呪文が長ったらしいすっごいのを一発頂戴よ」


チョイチョイと、挑発するようにハルは手を動かした。オリヴァーは跡がつきそうなほど眉間にしわを寄せている。

「偉そうに言ってるが、受けるのはマルヴィナ様だろうが」

オリヴァーは、位の違うマリーに敬意を示すように、マリーを様付けで呼んでいる。

マリーも満更ではないようで、「よきにはからいなさい!」と高笑いしていた。

そんなマリー率いる闇の神ハールニッヒが強いのは当たり前だろう、とオリヴァーは馬鹿にしたようにハルを睨んだ。


「は? 確かに蹴散らすのはマリーにお願いするけど、あんたの魔法は私がぶち返すよ」

「なんだと? 貴様のどこにそんな力がある。魔力がまるでないだろうが」

「ハンッ! 誘拐くん程度のチンケな魔術師に私が負けるわけないでしょ」

「過剰な自信は結構だが、つまらない見栄は身を滅ぼすぞ」

オリヴァーは蔑視を込めてハルを睨んだ。

それでもハルは笑みを浮かべたまま、オリヴァーを上から下までじっと見つめる。


「いや、できるできる。余裕余裕」

「馬鹿にしてるのか!」

オリヴァーに比べて、ハルの返しの軽さといったらない。だからオリヴァーが余計腹を立てるのだ。

「オリヴァー、ハルは魔法を物質として受けることができるのよ」

マリーが横から呆れたような口を挟んだ。

「ハルを見たままで侮ったら、ひどい目に合うわよ。油断した分だけトラウマを抱えることになるわ。桜は分かってるわよね?」


話をふられて私は首を傾げた。

ハルを見ていると、自分と同じ人間だというのはよく分かる。

けれど、彼女が何かに負ける姿を思い浮かべるのが難しい。それくらいの力強さを感じていた。


「よくわからないのだけど、ハルが普通じゃないのはわかるわ。できないことをできる、とは言わないでしょうね」

「俺には分からん」

オリヴァーが首を傾げれば、マリーもつられるように首を傾ける。

「男は大抵そうなのよね。女の方がハルの特異性に気づきやすいのよ。とにかくオリヴァー、復活祭では全力をハルに打ち込みなさい。これは命令よ」

「うっ…」

自分よりも年下の女性に渾身の攻撃をしろと言われれば困惑しても仕方ない。マリーは仕方なくというように続けた。

「いざとなったら私が助けるから大丈夫よ。まあ必要はないだろうけど」


「もし攻撃して来なかったらその場で服をひん剥いて、大衆の前で全裸を晒すことになるからね」

ハルが笑顔で物騒な事を言う。

「もう少しマシな報復はないのか!」

「じゃあ大衆の前でお尻ペンペンだね」

「やめろ!」

「油断したらトラウマ抱えるって言ったでしょう? ハルはトラウマになるような嫌がらせを思いつくのが得意なのよ。そして思いついたら躊躇いなく実行するのよ」

「特技でっす!」

「そんな特技は捨ててしまえ!」

「え? 死ねってこと?」

「なんでだよ!」


おちょくられた分だけ真面目にツッコミを返すオリヴァーは疲れ果ててグッタリとうな垂れた。普段見かけない姿がおかしくて、つい笑ってしまう。ついでにお尻ペンペンされる姿を想像して、吹き出すのをこらえるのが大変だった。


そんな私を、オリヴァーは眩しいように見つめた。

「貴方は、そんな風に笑えたんだな」

「え?」

「優しい笑顔はたくさん見てきたが、そんな風に衒いなく笑うのを初めて見たよ」

少し寂しげなその表情に私は戸惑った。自分がどんな笑顔を浮かべているかなんて考えた事はない。


「そりゃあ誘拐くんと私じゃ人間としての格が違うんだから当然じゃん」

ハルが口を開くたびに、真剣な空気は大抵霧散する。

「茶々を入れるな、茶々を!」

「え? 死ねってこと?」

「なんでだよ! おかしいだろ!」


分かっているのかいないのか、私が感傷的になりそうな時にはこうしてふざけるのだ。

マリーがハルを女たらしというのも頷ける。女の子なのに私を口説くような口ぶりで、そのくせ全く本気じゃない。

だけど絶対的に優しくて強い。見返りを求めめずに手を差し伸べるのだから、モテて当然だ。


「ハルは本当にどうしようもないのね、マリー」

「二回目で気付けるなんて、見込みがあるわよ桜」

こそっとマリーと笑いあっていると、オリヴァーをからかって満足したのか、ハルがようやく本筋に戻ってきた。

「あ、そうだ。誘拐くんさあ、桜さんの監視役になってくれない?」

「監視役?」

「私が桜さん迎えに行くって暴れてたら、絶対つくでしょ監視。ってか今もいるでしょ?」


オリヴァーはグッと息を呑んだ。私に監視が付いている事を知っているのだろう。

気まずげな気配を感じたが、気づかないフリをする。

「ああ…」

オリヴァーは言いづらそうに頷いた。ハルは気にせずに続ける。

「王子と王女さまの噂もある中で「闇の神」の噂が出れば聖女を失いたくない国は絶対に桜さんを軟禁するでしょ? だから、その監視役に名乗り出てほしいんだよ」

「俺が?」

「乙女の部屋の中を監視するなんて趣味悪いでしょ? 自分が見るって言って、適当に放置しといてよ。24時間とは言わないからさ」


ハルの言葉に、オリヴァーは躊躇ってるようだ。しかし私としてはその方が有難い。

「私からもお願いするわ。ハルが来るまでは、絶対に逃げないから」

「サクラ様…」

「部屋の外なら我慢できるけど、ずっと見られるのは流石に耐えられないわ」

私が懇願すると、オリヴァーは躊躇いながらも頷いた。


「わかった」

「ありがとう、オリヴァー。ごめんなさい」

「いや…」

「礼も謝罪も必要ないよ、桜さん。誘拐くん、よかったね。私は罪人に償いのチャンス与えるタイプではないんだよ? 桜さんに感謝しなよね」


切り捨てるような口調でハルはオリヴァーに笑いかけた。からかっていた先ほどとは違う、冷えた声音だ。

オリヴァーもそれを察したのか口を噤んだ。


「私にとっては、この国の人間なんてどうでもいい事なんだよ。それよりも一刻も早く桜さんを待つ家族の元に、桜さんを連れ戻す方が大事なんだ」


ハルの言葉に胸が痛んだ。私がまだここにいるのは、私の我儘だ。

「私とマリーがいなければ、誘拐くんは一生許されない罪を背負って生きてただろうね。償いの機会を与えてくれた桜さんに、あんたはこの一ヶ月、死ぬ気で尽くす義務がある。それを忘れないでね。忘れたら、あんたの大事な国ごと消しちゃうよ」

殺気に近い圧迫感が室内にたちこめて、私はゴクリと喉を鳴らす。オリヴァーも顔を青くしていた。

私の様子に気付いたハルは、フッと表情を和らげた。そうすると、部屋に満ちていた圧迫感が消える。


「じゃあ今日は帰ろうかな」

ハルは静かに立ち上がると、近づいて私の頬に手の甲を当てた。

「大丈夫だと思うけど、変なことはしないでくださいね。貴方に何かあれば、ご家族が悲しむ。優しさも許しも、正義じゃない。許さないことは、悪じゃない。それを忘れないで」

「そうよ。私もハルも善人じゃないわ。貴女に必要なのは、貴女であることだけ」

「はい」

私は素直に返事をしていた。当てられた手が熱い。

何故だか、少し泣きたくなって、堪える。


私の返事に満足したのか、ハルはオリヴァーを振り返った。

「誘拐くんは残りの一ヶ月、桜さんの犬として精進しなさい」

「命令よ、オリヴァー」

「はい」

ハルの言葉には顔を顰めながら、マリーの言葉には素直に頷きながら、オリヴァーは器用に返事をする。


「お尻ペンペンも全裸も、冗談じゃないから」

「あと自室には自力で戻りなさい」

「はい…えっ!」

「この程度の距離を転移くらいできないでどうするのよ。じゃあ頑張りなさい」

「えっちょっまっ!」

慌てるオリヴァーを無視して、彼女たちは前回のようにサクッと消えていった。

嵐の跡の静けさとはこの事だろうか。


それにしてもと、慌てふためくオリヴァーに私は首を傾げた。

「オリヴァー転移できるわよね?」

「多少時間がかかるんだよ! 婚約者のいる貴方と夜に部屋で二人きりなんてやばいだろ!」

「婚約なんて、今はもう名前だけよ」

自重を込めて言えば、オリヴァーは悲痛な顔で謝罪した。その事に、何故だか腹が立った。

「貴女には、いつも我慢ばかり強いている。確かにあの女の言うとおりだ。俺は許されない罪人だ」


私は無意識に拳を握る。マクシミリアンも謝罪した。けれど、謝られて私の気持ちは晴れる事は無かった。

「やめてオリヴァー。私、謝られてばかりはもう嫌なの。私は全てを許したいわけじゃない。前に、進みたいの」

私の言葉にオリヴァーは目を見開いた。

「許せない自分が嫌だったの。でも違った。許さない事は、歩く事の障害にはならない。私は許せない自分ごと、受け入れて前に進まなきゃいけないのだわ」

「サクラ様…」

「だから謝罪よりも、私を護って。この一月だけ、貴方の時間を私にちょうだい」


決然と私が言うと、オリヴァーは息を呑んで、忠誠を誓う騎士のように跪いた。

「誓います。この一月、命をかけてサクラ様を護ります」

「ありがとう、オリヴァー」

見上げたオリヴァーの瞳に揺らぎはない。

だけど悲しいような、どこかホッとしたような表情のオリヴァーは、今にも泣きそうに見えた。


彼はきちんと約束を護ってくれた。

たまに来るハルにからかわれながら。

マリーに叱られながら。


だから私も先に進もう。

血を流しても、これからも生きていくために。

さよならを、するために。


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