聖女と女子高生と黒猫と魔術師と
オリヴァーは困惑していた。
先ほどまで自室にいた自分が、気づけば知らない場所に立っていたからだ。しかもポカンとした顔で、サクラが自分を見上げている。
「サクラ様!?」
「オリヴァー!?」
サクラもオリヴァーの姿に驚いているようだった。
「何が起こったんだ?ここはどこだ?」
「ここは私の自室よ」
サクラの言葉にオリヴァーはギョッとした。
「サクラ様の!?」
状況を見れば、自分の体が転移したのだろう。しかし魔法にかけられた事すらわからなかった。
よりによって、王太子の婚約者の部屋に転移するとはどういう事だ。
「こんにちは〜。誘拐実行犯くん」
後ろから聞きなれない女の声がして、オリヴァーはギョッとしたように腰にくくりつけていた杖を取って振り返った。
「誰だ貴様は!」
「え? 桜さんの救いのヒーローのピチピチ女子高生ですがなにか?」
後ろを振り返れば、見た事もない衣服を身につけた少女と黒猫がいた。
しかも何やら訳のわからない事を言っている。
得体の知れない人間と不可思議な状況に、オリヴァーは杖を構えて少女を睨みつけた。
「貴様、なにをした!」
「やったのは私じゃなくてマリーだよ」
オリヴァーの態度を気にかける様子もなく少女は黒猫を差し出した。
「あなた、魔術師なら少しは分からないの? これだからヒヨッコは」
「!!」
黒猫がふすんと首を傾げた。
言われて黒猫をみれば、体から溢れる魔力以上の力を感じた。
どれだけ自分が攻撃しても、彼女には敵わない。猫が仮の姿であると瞬時に察した。
オリヴァーの知る上位の魔法使いを遥かに凌駕する存在だ。
「オリヴァー、彼女たちは敵ではないわ。とりあえず、杖を下ろしてテーブルから降りて」
サクラに落ち着いた声音で言われれば、自分が立っているのがテーブルだとわかった。
サクラの部屋のテーブルに土足で立つなど不敬どころの話ではない。
オリヴァーは慌てて降りるとサクラを見つめた。
「失礼いたしました。ですがサクラ様、これはどういう事なんですか?」
「どういう事なのかしらね?」
問いを問いで返された、オリヴァーは混乱した。
「椅子足りないわね」
「え? こんなアホ、床に正座させとけばいいでしょ」
「いちいち見下ろしてたら首が凝るわよ」
「見ないでも会話はできるよ。見たところで何の得にもならないよ」
オリヴァーの混乱など存在しないかのように少女と黒猫が言葉を交わしている。
しかも少女の言いようときたら、酷いものがある。
「私は見ちゃうから椅子出すわ」
黒猫がそう言って尻尾を振れば、オリヴァーの横にポンッと椅子が現れた。詠唱もなにもなかった。発動する前の気配すらないのだ。
オリヴァーは息を呑んで黒猫を見つめる。
「ーー貴方は、何者ですか?」
黒猫を抱える少女も気になるが、魔術師として気になるのはこの黒猫だ。
「私? 私は超上級の時空の魔女マルヴィナ様よ!」
ホーッホッホッホッ!と黒猫は高笑いした、意味ありげにオリヴァーを見やる。
「貴方達からすれば、私の力は神の域に達しているでしょうね。でも神ではないの。だって私は気まぐれな魔女だから」
黒猫は少女からスルリと抜けて、テーブルに上がる。
「貴方もなかなか出来ると思うわ。でもまだまだね。桜を呼び寄せながら、返す力が無いのだもの。魔法使いなら分かるでしょう? この力には責任が伴うわ。貴方は責任の取れない罪を犯した」
彼女の言葉が胸に突き刺さる。
自分が一生背負わなければならない罪に、唇を噛む。
「申し訳、ありません」
「謝罪はいらないわ。人間の社会ってそういうものでしょう? 私は人間を越える次元にいるもの。とやかく言うつもりはないわ」
「まあ桜さんには100万回くらい土下座したらいいと思うけどね〜。ーー邪魔だからさっさと椅子に座れば?」
横から少女に挟まれてオリヴァーは眉を顰めた。
「この方はともかく、なんだお前は。そんな破廉恥な姿で恥ずかしくないのか」
少女の衣服は見た事もないデザインだった。だが一番気になるのは、膝から下の明日が剥き出しな事だ。しかもその状態で脚を組んでいる。
この国の女性は安易に脚を見せたりはしない。彼女の出で立ちははしたないと取られてもおかしくはない。
「聞いた、マリー? こいつ変態だよ、変態!」
「変態!?」
少女の言葉にオリヴァーはギョッとする。
「足を見て破廉恥って言うのは、破廉恥な事を考えてる人間が言うんだよ。このむっつりの変態が」
「俺は変態じゃねえ!!」
「まあまあ、オリヴァー落ち着いて。ハルのペースに巻き込まれたら話が進まないの」
「あれ? 桜さん、会うのは二回目なのにもう辛辣な感じになってる。あれ?」
間に入ったサクラに、少女は首を傾げた。
「だって、なんでオリヴァーを呼んだのか気になるんだもの。あなたたちの発想って、普通じゃないからよくわからないのよ」
「普通だよ。一般的な女子高生のかわいい思いつきの一つだよ」
言いながら、少女はオリヴァーをちろりと睨めつけた。
「感謝しなよ、誘拐犯くん。償いの機会を作ってあげるんだから」
そうして彼女たちは、よく分からない単語を織り交ぜながらここに来た経緯を話し始めた。




