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聖女と女子高生と黒猫と

長い話を終えると、太陽が昇り始める時間になっていた。話す前も話している時も散々泣いたせいで眠気はあったが、膿を吐き出したような爽快感がある。


ハルやマリーの相槌が絶妙だった事もある。

元来過激な性質なのか、誘拐されたと言えば誘拐し返してホモの巣窟に放り込んでやろうかと物騒な話をし、帰還について嘘をつかれたと言えば、二度と嘘をつけないように口の中に虫を詰め込んで接着剤で止めてやろうかと悪い顔をして笑う。


そしてマクシミリアンの思い違いに至っては、ハルは目が据わっていた。


「もごうか?」

「安心するのよ桜。ハルはこう見えてすごく強いの。簡単にもげるわ」


どこを、とは言わなかった。

聖女以前に乙女として、私もどこを、とは聞けなかった。


四年間悩んで泣いた気持ちが、この変わった来訪者を介すと何故か面白おかしくなってしまう。

常に私の感情に寄り添ってくれるからなのか、不快感は無く好感さえ持てる。


「ハル、マリー。彼は勘違いしていただけなのよ。気付かなかった私も悪いの」

自嘲気味に私が笑うと、はんっ!っとハルが鼻で笑う。


「桜さんが悪い?そんなわけないでしょう。周りに知られるような雰囲気出してるんでしょう?王族としてどうなの?桜さんのがよっぽど気持ち隠せてるよね」

「そうそう。本気で隠す気があるなら自制心全てを集約させて隠してみろってのよ」

「腕に剣でも刺しておけば痛みでわから無くなってちょうどいいんじゃないかな」

「お腹をくだす呪いでもいいわね。そんな余裕無くなるわよ」


1人と1匹は男性には厳しい。ハルは特に厳しかった。紳士を自称しているからなのか、容赦無く切り捨てていく。


「でもまあ確かに桜がいなくなったら戦争起きそうね」

一通り罵って満足したのかハルの腕に収まりながらマリーは尻尾を揺らした。ハルもその言葉に頷く。


「街の人は聖女様の味方で、マリアベラ王女は敵だもんね。しかも聖女の婚約者と懇意にしている。その中で桜さんが消えたら、暗殺されたと考えるだろうね。国民が暴動を起こしてオレリアンに戦争を仕掛けかねない」


私より年下のはずなのにハルは淀み無く言いやる。話していて感じたが、絶対に普通の女子高生とは思えなかった。

そもそも心霊系を扱う探偵事務所でバイトをしていて、魔女の知り合いがいる友人を持っていて、尚且つその魔女である黒猫と平然と会話しているのだから、普通ではないだろう。


「ハルはいくつなの?」

「うん?16歳」

これには眼を見張った。

「それにしてはしっかりしてるというか…」


こちらの16歳と日本の16歳は大きく違った。働く年齢が早いせいか、早熟なこちらの国に比べて、日本は学生という事もあって幼さを感じる気がする。

それは自分自身で痛感した事だった。


だがハルはなんと言えばいいのか、変な発言はするものの、基本的に話が早い。すば抜けて頭の回転がいいのだ。

この世界に来たこともないのに、桜の話だけでそれを理解しているようだった。


「桜、ハルを一般的な日本の学生に納めて考えちゃダメよ。世界各国の常識はずれな怪物たちに育成されたアメリカ産のリーサルウエポンだから」

「いやいやいや、ウェイトウェイト!そんなわけないでしょ!確かにみんな常識はずれの怪物だけど、私はごくごく普通の女子高生だから!リーサルウエポンじゃないから!」


ハルの必死な物言いにマリーは胡乱な表情を浮かべる。そもそもこの黒猫も常識外である。

「普通の女子高生は爆弾の製造も解体もできないし、トラックをぶん投げられないし、銃弾を交わすことなんてできないのよ」

「そんなことないよ。今時の女子高生の嗜みの一つだよ」


普通じゃない女子高生は否定しても、今の数々の非常識を否定しないあたり怪しい。

話のスケールを考えて虚言ともとれるのに、否定しきれない「何か」をハルからは感じ取れた。

聖女として開花した魔法のおかげかもしれない。


目の前の少女は、「何か」が違う。向こうの人たちとも、こちらの人たちとも。

それは黒猫マリーにも言えた。恐らくこの国で最も魔力が強いオリヴァーも、彼女の足元にも及ばない。


「私、この国に来てから色々な非常識を見て慣れたつもりだったのに、あなたたちと話していると普通の概念が崩壊しそうになるわ」

「ちょっと桜、いま私をハルと同じ枠に入れたでしょ。撤回しなさい」

「そもそも喋る黒猫の方がおかしいでしょ。時空歪めていくらでも世界を行き来できる方が非常識でしょ」


非常識組が、常識という概念をかけて謎の火花を散らしている。

「帰ったらみんなに聞いてみようか」

「私の1人勝ちね。勝った方は、ビリーのパンケーキ10枚奢りよ」

「乗った!」


「じゃあ話を元に戻しましょうか」

マリーが私に視線を戻してびくりと体が揺れた。

「え、あ、はい」


このように1人と1匹は会話の折々で道に逸れるのだが、唐突に逸れた分、戻るときも唐突だった。

満足すると切り替わるらしい。なんだかもう、諦めようと思う。


この四年間気を張って生きてきたせいか、急激に脱力していくようで恐ろしい。弛んだ空気は伝染するのかもしれない。


「桜さん的には戦争は嫌なんだよね?」

ハルは口元に手を当てて何かを思案しているようだ。

「ええ。街の人たちはみんないい人たちだもの。せっかく平和になったのに、戦争は嫌だわ」

「うーん。まあ自業自得だとは思うけどね〜。桜さんが望むなら協力しようかな。いい?マリー」

「面白そうだからいいわよ」


マリーが返事をすると、ハルが改めて私を見つめる。真剣な表情だった。なんとなくどきりとしてしまう。


「桜さんは、本当に帰っても大丈夫?そのアホシミリアン王子が好きなんでしょう?」

「アホ…そうね、彼の事は今でも好きよ。でも側にいるのは辛い。帰りたいわ」

「そっか」

「馬鹿みたいでしょう?攫った国の王子に恋するなんて。夢を見てただけなのよ」

私は自嘲を含んで笑う。結局のところ、愚かだったのだ。


「そんなことないでしょう。それはここであなたが頑張った証だ。この地で根をはろうとした覚悟だ。それを誰にも馬鹿にする事はできない。あなた自身にも」

ハルは微笑みを浮かべる。見守るような静かな笑みだ。優しい、とかそんな言葉よりも静観な、という言葉が似つかわしい。


「人を好きになるのは、あなたが愛されてきたからだ。愛された分だけ、愛したいからだ。その愛情が街の人にも伝わって、あなたは慕われているんです。だから、その気持ちを否定しなくてもいい。裏切られたと嘆いてもいいけど、愛した自分を否定してはいけない」

涙はもう出尽くしたと思ったのに、思わず瞳が潤んで唇を噛んだ。


「恋をする女性は美しい。あなたは、美しいよ桜さん」

「もう、ハル。あなたそんなのだから、マリーに女ったらしって言われるのよ」

不思議だった。ハルは確かに女性なのに、彼女が女性を尊重するとき乗せる言葉には、不自然さがまるでない。さすが紳士を謳うだけある。


「よく分かったわね桜。この手口で数多の女を虜にしてるのよ」

「そして男にはモテないのです」

「それはハルが殴るからでしょ」

「え?男って殴っていい生き物じゃないの?」


私は思わず吹き出した。込み上げた涙が引っ込んでしまった。

「ふふ、もう、おかしいわ。あなたたち」

口に手を当てて笑えばハルの口元が綻ぶ。

「やっぱり笑うとかわいい。さて、お姫さまが笑った事ですし、算段を練りますか」


ハルが言うと、マリーは尻尾を揺らした。

「何か考えがあるの?」

それは期待をこめた瞳だった。ハルはそれに応えるようにウィンクをする。


「囚われのお姫さまを救うのは、いつだって王子でしょう?囚われの聖女を救うのは、伴侶となる神様がいいんじゃないかな?」


悪戯を仕掛ける子供のように、ハルは笑った。



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