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ハグルマナ  作者: コハタヤスマサ
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第6話

()(つま)んで説明する。俺は元々、国家魔法技師として働く親父の手伝いをしながら、レッドブリック城で番猿のジンプレート隊隊長を務めていた。だがある日、女王が密かに進めていた計画の真の目的を知った親父と俺は、計画の中枢であるマナスレーブを持ち去ろうとして捕らえられた。その際の戦闘で俺はマナスレーブを取り込んでこの体になり、親父は問答無用で殺された。その後、女王は俺の体からマナスレーブを取り出そうとしばらく監禁していたが、俺は警備の隙を突いて脱走。親父の遺言どおり、マナスレーブを取り出し消滅させるため、伝説の魔法技師が住むと言われているベリルの森を目指している。それが俺の状況と目的だ」


 蒼い瞳の男ベッセルは落ち着いた口調で一気に話し終えると、腕組みをして押し黙った。すっかり空となったスープの器を前に、変化のない仏頂面で目の前のチャーリーを睨むようにしている。それはまるで、「さあ、次はそっちが話す番だ」とでも言いたげな視線であった。

 一息で語られたベッセルの抱える事情。そのあまりにも凝縮された情報に、ドリスは言葉を失い呆然とベッセルの横顔を眺めていた。繰り返し現れる初めて聞く単語と壮絶な内容はまるで現実味がなく、果てにはどこか知らない国の言葉を聞かされているような感覚にすらなっていた。

 だが、ふいにチャーリーが口を開く。いっそう重みを増したチャーリーの低音が、ベッセルの視線を()ね退けるように壁を作った。


「おまえ……今、マナスレーブと言ったか?」

「……それがどうした」

「そうか……わかったよ。わかったわかった。お前が大ぼら吹きだってことが十分にな」

「……」

「マナスレーブがお前の体に入ってるだぁ? 寝言は寝て言えってんだ。アレは魔法技師の間じゃ夢物語。何人もの腕利きが挑んでは挫折してきた代物だ。俺の師匠であるイプセンさんでも難しいと言っていたそれが完成して、お前の体に入ってるだなんて誰が信じるかよ」

「……信じる信じないはあんたの勝手だ。だが、マナスレーブを作ったのは他でもないそのイプセンだ。そして、そのイプセンが俺の親父だ」

「なっ――!?」


 チャーリーが喉を詰まらせ、驚愕のあまり立ち上がる。その勢いで座っていた木製の椅子が倒れ、食卓に乾いた音が響き渡った。


「おまえがイプセンさんの息子だとっ!? この期に及んでまだそんなことを――!?」


 溜まりに溜まったチャーリーの怒りが爆発しかけたその時、ベッセルが右手をチャーリーの眼前に突き出した。そして、その手の平からは蒸気と共に歯車が飛び出し、チャーリーの鼻先を(わず)かに(かす)める。突然現れた鉄の塊に、チャーリーは勢いを削がれ言葉を飲み込んだ。

 それを見て、ベッセルがまた無機質な声を上げる。


「……あんたの狭い見識に付き合っている暇はない。この体が全ての証拠だ。マナスレーブの知識があるのなら、これが何なのかぐらい予想できるだろう」

「……自動補完――いや、この場合は補強か。まさか人間の体にまで働くとはな」

「ね、ねえ! ちょっと待って! ベッセルもお父さんも何の話をしてるの!? 私、全然訳がわからないんだけど!」


 何も理解できないままどんどん進んでいく会話に、ドリスが堪らず声を上げる。

 説明を求めてベッセルとチャーリーの間に割って入るが、二人から返ってきたのは冷たい視線であった。ベッセルはもちろんのこと、チャーリーさえもドリスに説明をする気はないようで、二人は急に口を(つぐ)んで居直ってしまう。


「ねえ、何で黙っちゃうの!? 教えてよお父さん!」

「……ドリスは知らんでもいいことだ」

「どうして!? 私にだって関係のあることでしょ!?」

「いいや、無関係だ」

「何で無関係なの!? ベッセルは私を助けてくれたんだし、そのお礼をするまでは無関係じゃ――」

「元々こいつは礼なんて望んじゃいなかっただろう。番猿からかくまってやったんだからそれで十分だ」

「それはお父さんがやったことじゃない! 私はまだちゃんとしたお礼をしていない!」

「なら、今すぐ部屋に戻ってこれ以上こいつに関わるな」

「なっ――なにそれ!? それのどこがベッセルへのお礼になるのよ!」

「求められていないものを押し付けるのは礼とは言わん。今のお前は、こいつへの礼を理由に自分の好奇心を満たそうとしているだけだ」

「――ッ!?」


 瞬間、ドリスの目がみるみる内に釣り上がり、顔が真っ赤に染まっていく。

 そして、排気筒が勢いよく吹き上げる蒸気のように、涙と怒りを満面から一気に吐き出した。


「お父さんのバカ! もう知らない!!」

「ド、ドリスさん!!」


 大慌てで引き止めようとするフリートの声を振り切って、ドリスは食卓を飛び出した。バタバタと階段を踏み鳴らし、そのまま自分の部屋へと駆け込んでいく。そして、大地をも揺らしかねない勢いで扉を閉めると、それっきり鳴りを潜めてしまったのだった。


「お、親方……何もあんな風に言わなくたって……」

「いいんだよ。こんなヤバい事件にドリスを巻き込むぐらいなら、嫌われたほうがマシだ。それにああでも言わにゃ、あいつは引き下がらんからな」

「でも……」

「フリート。お前もマナスレーブがどんなものか、噂ぐらいは聞いたことがあるだろう」

「……マナを無制限に蓄積できる上位宝石、ですよね」

「そうだ。それが実在するってだけでも十分危険なのに、それを女王が狙ってるってんなら尚のことだ。女王が何を企んでいるかは知らんが、ろくでもないことなのは明らかだからな」


 チャーリーが険しい表情でそう断言する。だが、それも無理からぬことであった。

 ここ最近、この国を統治する女王が下す命令には不可解なものが多いのである。

 三年前の魔女大戦終結から国の復興に尽力してきた臣下達の一斉処罰。唐突に引き上げられた各種税金。城へと連行されその後の消息が掴めない魔法技師の面々。補充屋には何の説明もなく認可制限が設けられ、鉄鋼を扱う業者は城の管理下に置かれ市場に出回る資材の量が大幅に減っていた。ただでさえ横暴であった番猿の態度も比例するように酷くなり、国民達は口には出さぬものの日々小さな不安を募らせていた。

 そんな状況下で女王がマナスレーブを狙っているなどと聞かされては、チャーリーの眉間にシワが出来るのも仕方のないことであった。


「……いいだろう。とりあえず、おまえの話は信じてやる。だが、おまえはフリートに何を聞きたい。確かにこいつはベリルの森からやってきたが、伝説の魔法技師については何も知らんぞ」

「それについては既に親父から詳細を聞かされている。俺が聞きたいのは、ベリルの森の入り口を守る門番についてだ」

「門番だぁ? そりゃ初耳だな。そんなやつ本当にいるのか、フリート?」

「えっ……ま、まあ、いると言えばいるのですが……。でも、それを聞くってことは、つまりその門番さんを倒して森に入ろうと考えてるってことですか?」

「そいつが邪魔をするのであればな」

「……」


 冷たく吐き捨てられたベッセルの言葉。

 それを聞いたフリートは、何故か悲しそうに視線を床へと落とした。そして、しばらくの沈黙を経て、おずおずとその大きな口からか細い声を漏らし始める。


「……そ、それじゃあ。僕も、ベッセルさんと一緒にベリルの森に行きます」

「なっ――どうした急に!? どう言うことだフリート!?」

「すみません、親方。でも、このままだと間違いなくベッセルさんと門番さんがぶつかってしまうので……」

「いや、そうならないようにお前がその門番のことを教えてやればいいじゃねえか! 何もお前まで一緒に行く必要はねえだろう! それに、職人になるまでは森に帰らないって言ったのはお前じゃねえか!」

「ですが……その、門番さんはすごく変わった方で、よそ者の話しには絶対に耳を貸さないって言うか……そんな感じでして……」

「ならしょうがねえじゃねえか。それで殴り合いになるのはそいつらの勝手だ。お前が間に入る必要はねえ」

「同感だ。俺は情報が欲しいだけだ。助けなど必要ない」

「ほらな? 本人がそう言ってんだ。お前もいらん気を使うんじゃねえよ」

「で、でも……僕は、どちらにも怪我をして欲しくないんです。知っている人達が喧嘩をするのはイヤですし……それに、怪我をしたらその……痛いじゃないですか……」

「俺の体は人間のそれとは違う。さっさと情報をよこせ。それ以上のことは迷惑だ」

「で、でも……」


 そう言って、フリートはもじもじと両手をこねくり回す。

 いつもであれば、すぐにチャーリーの意見を聞き入れ大人しくなるのだが、今回は妙に頑固で、弱気な姿勢ながらも頑なに自分の意見を曲げようとはしなかった。ちらちらと二人の様子を窺いながら、どう言えば二人が納得してくれるか思考を巡らせ続けているようであった。


「ああ、もう! わーった、わーったよ! お前の好きにしろ!」


 すると、チャーリーが呆れたような大声を張り上げた。

 髪の毛を掻きむしりながらふんぞり返り、フリートにじっとりとした視線を向けて大げさにため息をつく。


「ったく、お前がそういうやつだってこと忘れてたよ。一度知り合った相手が喧嘩したり傷ついたりするのだけは極端に嫌うってんだから、臆病なのか優しいんだかわかりゃしねえ」

「す、すみません親方。でも、ここでついて行かなかったら、僕心配で夜も寝られなくなると思うので……」

「わかったよ。だがなフリート、一つ条件がある。お前はこいつをベリルの森に送り届けたら、必ず帰って来い。必ず、無事にだ。まだお前は基礎課程すら終わっていない。中途半端でいなくなるのは俺が許さんからな」

「……はい、親方」

「そして小僧、おまえには命令だ。フリートを案内役として同行させろ。そして、絶対に危険な目に合わせるな。番猿からかくまってやったんだ、少しでも恩義を感じるのならこれぐらいはのんでもらうぞ」

「……恩義など感じてはいないし、あんたの命令に従うつもりもない」

「――ッ!? んだとてめぇぇ――!!」

「だが――その獣人にはスープの借りがある。そいつの望みなら聞いてやろう」

「……くそ生意気な」


 チャーリーは鋭い目つきをベッセルに向け、悪態をついた。だが、すぐにその視線をフリートへと向け、顎をくいっと動かしベッセルへの返答を促す。


「え、えっと……じゃあ……僕も、ご一緒させて下さい……」

「……いいだろう」

「ったく、どいつもこいつもメンドーばっかり持ち込みやがって」


 そう言うと、チャーリーが気だるそうに腰を上げる。

 ぼさぼさになった髪の毛をまたしても掻きむしり、生温い視線でベッセルとフリートを順に見回した。


「さて、話はこれで終わりだ。フリート、急いで食卓を片付けろ」

「は、はい!」

「それが終わったら裏から荷車を引っ張り出して来い。一番でかいやつな。それと小僧。おまえは俺についてこい」

「……」

「あ、あの、親方。急にどうしたんですか? 一体何を……」

「なに、作戦だよ。お前達をこの町から無事に出すためのな」


 無精髭を擦りつつ、チャーリーは意味深な返答をする。その顔には、まるでいたずらを思いついた子供のような、不敵な笑みが浮かび上がっていた。

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