表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

無冠の王と呼ばないでっ!

 夏休みの折り返し。本日の予定はまだ決まっていない。


 ぼんやりとエアコンのかかった部屋の天井を眺めていると、スマートフォンが新着を知らせた。気だるいと思いながらも、手を伸ばすと届く位置にあるそれを掴んで、アプリを起動させる。


『天体観測しようぜ!』


 メッセージのあとに、親指を立ててウインクをしているスタンプが並ぶ。


 それを見て、宿題を片付けられるんじゃないかと思い、気軽に返事をした。


『行くー』


 それがそもそもの間違いだったと後悔するのは、二十四時間後である。





 夜。コンビニで待ち合わせすることになった。レジで牛乳パックを出して、お会計。


「あ。牛乳はあっためて下さい」


「はい?」


 レジのお姉さんが目を瞬いている。


 別に罰ゲームで言わされているわけではない。気に入っているいつものコーヒー牛乳が売り切れで。でも牛乳が飲みたい気分で。だけど体質的に冷たいものだと腹を壊すため、仕方なくそうしているのだ。


「口を少し開けて数秒回せば大丈夫っすから、頼みます」


 説明すると、彼女はしぶしぶやってくれた。良い店員さんだ。大変ありがたい。


「ありがとうございましたー」


 コンビニの前に立ち、ホットミルクをストローで啜ること数分。待ち合わせしていた太田川おおたがわがやって来た。


 大柄な男なので遠目に見てもすぐにわかる。柔道をやっていそうな恵まれた体格だが、実際は帰宅部で部屋にこもってFPSをするのが趣味である。保育園時代からの幼なじみだ。


「よう。小山田おやまだ。待たせたみたいだな」


 同じ高校生とは思えない野太い声で話し掛けられると、俺は首を横に振って応える。


「いや、大して待ってねぇよ」


 行こうぜ、とばかりに歩き出す。暗い夜道を二人で歩けば、太田川の図体のでかさのお陰でやたらと目立つ。俺が細くてちまっこいせいもあるんだろうけど。


 数分歩いてやってきたのは、幼少期に散々遊んだ公園だった。


「よう、太田川、小山田。参加ありがとうな」


 先に来て望遠鏡を設置していたのは清瀬きよせだ。眼鏡を掛けた如何にも秀才タイプのイケメンで、中学からの付き合い。


「男ばっか四人も夜に集まるなんて、むさっくるしいなぁ」


 ため息混じりに言ったのは、高校からの付き合いである渡瀬わたせだ。学校では普通なのに、私服がチャラい感じで意外だ。


「そう文句言うなら、女誘えば良いじゃん」


 俺が言ってやると、渡瀬はムスッとする。


「さ、誘えるような相手がいたら、こんな時間にこんな場所にこねーよ!」


「だよなー」


 みんなで笑い合う。最近はこの四人で何かしていることが多い。誰かに彼女ができれば、きっと変わってしまうんだろうけど。





 天体観測に飽きるのは早かった。望遠鏡は一つしかないわけで、それを順番に使って最初こそ真面目にやっていたんだけど、それなりにメモを取ったらやることが思い浮かばなくなった。


 俺は回転ジャングルジムに登る。少しだけ空が近い。手を伸ばして、星を掴んでみる。掴めないとはわかっているけど、センチメンタルな気持ちにはなる。


「お。良いな、そこから天体観測。せっかくだから、回してやるよ!」


「えっ」


 待てと言う前に回り出す回転ジャングルジム。太田川の押す勢いがありすぎて、ぐるぐる回る。星を観るには速すぎて、それ以上に――。


 うげぁぁ。


 コンビニで牛乳を五〇〇ミリリットルも飲んだせいだろう。逆流したそれが、回転ジャングルジムの勢いに任せて飛び散った。


 ひどい絵であった。





 清瀬に介抱されて、俺はようやく動けるようになった。


「気持ちわりぃ……」


「すまん、小山田。まさかこんなことになるとは……」


「別に気にすんな」


 調子に乗った太田川に大変な目に遭わされるのはいつものことだ。幸い、清瀬の家が近くて着替えも借りられたし、もう過ぎたことだ。


「――で、渡瀬は何しているんだ?」


 俺らに背を向けてスマートフォンをいじっているように見えたのだが。


 そっと覗き込むと、動画サイトを見ているのがわかった。そして、そこに映っているものに戦慄する。


「おまっ!? 今の撮ってたんか!!」


 それは、さっきの回転ジャングルジムでの惨状の動画だったのだ。


「再生数が伸びに伸びまくってるぜ!」


「伸びている、じゃねぇよっ! 消せ消せっ」


 スマートフォンを取り上げようとすると、軽やかに逃げられた。


「いやだーっ!」


 結局、動画はいたるところにコピペされ、収拾がつかなくなってしまったのだった。





 翌日。スマートフォンの通知が鳴り止まない。どれもが昨夜の動画がらみだ。


「有名人になったみたいだ……」


「どこかの王様みたいな?」


「冠はいらんっ!」


「じゃあ、無冠の王様だな!」


 太田川も渡瀬も笑っているが、俺は嬉しくない。清瀬は苦笑しているだけだ。


 残りの夏休みが消化されるまでに静まることを祈ろう。


《了》


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ