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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第四章 幸せな目覚めのその先で
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 9節 君の作り方。

3月15日:大幅修正をしました。

「”君は、僕が作った“」


 ――聴覚が、研ぎ澄まされたように鋭くなった。

 紫ヲは事実を明かし、表面上は落ち着いているけども心音が少し荒くなっている。

 伊邑は心配げに世ラの顔を覗き込む。

 飛行機が着陸する音、車から廃棄ガスが排出される音、鳥の鳴き声、嵐の呼び声、人の会話、呼吸、心音、流れる悠久の時間。

 目を閉じれば、セゥノ・メルローズとして生きていたときのことをつい昨日のことのように思い出す。しかし実際は2万年も経っていて、世ラがこの世に生まれて15年の月日が流れたにも関わらず、セゥノの記憶を取り戻したのはこのあいだの出来事。

 その間、シォハはずっと待っていた。凜堂紫ヲとして、偽りの家族として、偽りの記憶を捏造して、本当の気持ちをひた隠しにして。

 事実を聞かされ、飲み込み、世ラが出した返事は――

「あはは。だから私の身体は、”つぎはぎ“なのね」

 服の中を覗き込んだとき、世ラの身体は肌色一色だった。でも”繋ぎ目“が随所に存在していて、昔見たシォハの身体と非常に似通っていたのだ。

 それは病気で寝たきりのときにはわからなかったこと。一人の力で起き上がれない世ラは、自身の身体を見る機会などついぞ無かった。それが幸いしていたのかもしれない。

 問題は、どうやって作ったのか――粗方予測を立てながら、世ラは一応、訊ねる。

「そう、僕はランス・メルローズと全く同じことをしようとしんだ。唯一違う点は、僕の身体は他人の寄せ集めだけど、君の身体は純度100パーセントってところかな。だから宿るであろう魂も、比較的セゥノのものを引き寄せやすいと考えられたから、なかなか希望のある賭けだった」

「賭けは大当りだわね。でも純度100パーセント……ね。肌の色が紫ヲみたいにカラフルなんじゃなく、肌色一色なのは理解できたけど、その献体はどこから入手したわけ?」

 紫ヲは真っ直ぐにエメラルド色の瞳を見つめ、臆することなく手口を暴露する。

「君を食べたヨーゼフの腹の中から」

 しばらくの間を置いたあと、世ラは「ははぁ」と笑いながら納得をした。

「あのときの僕にはまだ君を造ろうとかいう意思はなかった。とりあえず愛する人を消化される前に取り返したかった。満腹となって眠っているヨーゼフを殺し、腹を裂き、胃袋の中にあった君を全て取り出して、箱に入れて……ずっと持ち歩いていたよ」

(こわ)!」

「怖くて結構。というか、死んだイーヴォの生首を持ち歩き、更に話しかけていた君に言われたくない。第一、箱に保管しておいたお陰で僕は君を作ることができたんだから」

 紫ヲは眉間に深い皺を寄せ、伊邑を指差しながら口調を荒げる。

 世ラはヒョイと視線を踊らせた。

「はいはい。そういうことにしておいてあげますわ」

 紫ヲは物言いたげな目つきで世ラの顔を一瞥したあと、気を取り直して話を続ける。

「作り方はメルローズのやり方とは違った。君の破片を寄せ集め、幾人もの女の腹の中で人型に修復されるまで出し入れを繰り返したんだ。母胎に備わる人体形成機能を利用させてもらう為に。凜堂有里華が最後の母胎だった。彼女のお陰でセゥノは生まれた」

 紫ヲは凜堂有里華に感謝していた。「身勝手にも」と付け加えて笑いながら。

「あとは完成されたセゥノの肉体に魂が引き寄せられるのを待つ日々さ。その間に君と僕の名前を考えた。日本で生まれたから、名前も日本っぽくしようと考えた。住むには都合が良いかなって。あれやこれやと悩み、思い付いた次の日――君の目が開いた。でも」

「心臓に疾患があった」

「……うん。僕は何かミスをしたのかと焦ったよ。一生病院暮らしなんて可哀想だし、申し訳ない。一緒にどこへも行けやしない。だから、凜堂世ラにセゥノ・メルローズとして決定的に足りないものを血眼になって探した。宿った魂がセゥノであることを信じてね」

 足りないもの――世ラは、凜堂世ラとして生きてきた15年間を振り返り、すぐに閃いた。

「セゥノとしての記憶ね?」

 紫ヲは頷く。

「生まれた君は、あくまで凜堂世ラだった。肉体と魂は同じでも、心と記憶がセゥノじゃなければそれは他人だ。だから僕は寝ている君のとなりで、僕らの昔話を聞かせていた。たまに桐宮先生が様子を見に来るから、ヒヤヒヤしていたけど」

 世ラは吹き出すように笑いながら、長く見続けていた夢の理由を知る。あの夢は、世ラに記憶を蘇らせる為の努力の賜物らしい。同時に、宿った魂が正真正銘にセゥノ・メルローズであることを証明する事実でもあった。

「僕の愛する人の肉から作り上げた“君”は、セゥノ・メルローズとしての成分が満杯になってこそ、正常稼動する仕組みになっていたようだ。だから――……ごめん。君は人間とは呼べない。なんと表現すればいいのかな。人工生命? それともセゥノのクローン? 人喰鬼ではないし……」

 愛する人に会いたいが為に禁断の手法をとり、その自責の念に駆られている紫ヲの姿は、まるであの頃に戻ってしまったかのようだ。

「シォハは、得体の知れない存在になってしまった私が嫌い?」

「まさか!」

 意地悪く訊ねると、紫ヲは懸命なる姿勢で否定をする。世ラはくすりと笑む。

「――私は、私よ。シォハがシォハであるように」

「けど……」

「むしろ、この身体になって私――嬉しいくらい」

「なにが?」

 訝しげな表情で紫ヲは世ラの瞳を覗く。

 この身体となって嬉しいとは――決して強がりなどではない。明確な理由がある。

「私、これでやっとシォハと同じになれたのよね」

「?」

 肉片をパズルのピースのように合わせて繋げただけの、つぎはぎだらけの身体。遠い昔、シォハは自分のそんな身体を恥じらい、恐れ、隠していた。

「私もつぎはぎ。これで片方だけに僅かな優位性も存在しない。おんなじ。私、シォハとおんなじよ! これこそ双子だわっ」

 この気持ちを正確に伝えることができたかはわからない。世ラにとって言葉は難しくて、上手く操れない。もっと別の表現はないだろうかと脳内を検索していると、紫ヲの柔らかな笑い声が耳に届いた。

「同じ、かぁ。セゥノはそんなに僕と双子でいたいの? 婚約者よりも」

「馬鹿ねー。双子でいたいし、婚約者でもいたいのよ! 1000年前に死んでしまったセゥノ・ラトアニェとその弟の願いを叶えてあげたいの。セゥノ・メルローズの時代には失敗したし……」

「1000年前? それいつの話? あれからもう2万年も経ってしまっているんだけど」

「あ……そうね。ごめんなさい。あまり時間の感覚が無いのよ。ついさっきまで私自身は、セゥノ・メルローズであったような気分で……」

「そうかい。なら、僕の努力は実を結んだようだ」

 重い告白をし、肩の荷が下りたかのように紫ヲは頭を垂れた。

「あら、仕事はこれで終わりではなくてよ? 紫ヲ、つぎはぎだらけの姉にキスをして頂戴な。……なによ、その顔は。だって、目覚めてしばらく経つのに、まだ”おはようのキス“をしてもらってないんだもの」

 世ラの主張に、それもそうか、と、すんなり納得し、お望みを叶えるべく腰を浮かした紫ヲの行動を制止するように、伊邑が声を荒げた。

「待て! お前たち、それは人前で何食わぬ顔をしてやるものではないぞ!」

 世ラは目をぱちくりとさせる。

「子供の前で両親がキスをすることは、オカシイ?」

 一体なにから説明をすれば母は理解してくれるのか、頭を抱える伊邑へ紫ヲの渇いた笑い声が降りかかった。

「世ラ、厄が困ってるから。だから、厄の見えないところでいっぱいしよう」

「それで!! 母上は俺のことをどう呼ぶのか、決めたのか?!」

 次に伊邑が遮ったものは、紫ヲの言葉だった。

 世ラは首が折れそうなほどに傾けたあと、口を尖らせた。

「今の姿となった貴男のことをイーヴォちゃんって呼ぶのがおかしいなら、どう見ても年下の私を”母上“って呼ぶのもおかしくない?」

 この意見には紫ヲも「確かに」と声を揃えた。

 伊邑はハッとし、わかりやすく頭を抱えた。考えを捻りに捻って引っ張り出した答えは――

「では、”世ラ“……と、呼ぶべきか」

「その方が自然でしょうね。あ、ちなみに私はイーヴォちゃんのことをどう呼ぶかは思案中だから、まだ聞かないでね」

 お預けを食らったペットのように肩を落とした伊邑の姿を見た紫ヲは、すっかり機嫌を取り戻したように苦笑していた。

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