神話
「で、本当のところ人喰鬼ってのは存在するんですか?」
病室の隅で、若い看護士の男性が興味津々といった面持ちで少年に質問をしている。もはや病院に住みついていると表現しても過言ではない少年と仲良くなった男性は、少年の博学さを知るや否や、神話の話題を持ち出したという経緯がある。
「ほら、最近、巷を騒がせている食人事件! バラバラになって捨てられていた骨には、人間の歯型がくっきりと付いていたという。あれ、絶対に犯人は人喰鬼でしょう。ふふ、実は俺、創世記とかの話が大好物なんですよ。今の地球としての文明が築かれる以前のこの惑星には、どんな生活があったんだろうなって。魂とか、一体どんな仕組みで受け継がれていくのかな……」
男性は興奮気味に話す。普段のどちらかといえば無口な彼しか知らない同僚がその姿を見れば、たちまち小さな話題として盛り上がることは間違いない。
少年は、捲くし立てられるような質問攻撃のあとで、しかしその勢いに敗することなく静かに応対する。
「桐宮さん、医療の職に就くあなたが空想上の怪物や生まれ変わりなど、そんなこと信じてるんですか」
「はは、逆ですよ。この職に就いているからこそ、医学だけでは説明のできない怪物の身体構造や、魂の存在を信じたいんですよ」
桐宮という名の看護士は愉快に笑い、自分の前世についてあれやこれやと理想の人物を語りはじめる。
「……ま、生まれ変わりが本当にあったとしても、自分の前世がどんな人間だったかなんて……ましてや名前なんて、わかるわけないですよね」
結局は想像論で終わるわけだが、だからといって信じることを止めるわけじゃない。
桐宮は開いていた本を閉じる。その擦りきれた表紙には、人間に喰らいつく人間の絵が描かれていた。気になったタイトルは、『Ghoul』。訳すると『人喰鬼』となる。どうせそれもまた、神話を取り纏めたファンタジックな書物なのだろう。
「僕も生まれ変わりを信じていますよ。たとえその肉体が正規のルートを通って作られたものでないとしても、魂が宿ればそれは、立派な生まれ変わり――だと」
少年が巧みに操る言葉がよほど魅力的であったのか、桐宮はさらに食いついてゆく。
「なんですか、それ。正規のルート……というのは。神話上でいうと人間は神がつくった。それが正規ルートならば、不正規ルートは……人間が、人間をつくる……とか?」
少年は曖昧に笑うだけで、否定も肯定もしない。桐宮は荒くなる鼻息を整え、予想以上の興奮状態を他人に晒してしまったことを恥じ、咳払いをした。
「では、この世界には人間の手によってつくられた人間が、どこかに紛れているかもしれませんね」
「可能性はあると思います」
桐宮は腕に巻きつけていた時計に視線を落とし、慌てて立ち上がる。
「まずいっ……俺が担当している患者さんの診察の時間が……とうに過ぎている!」
「ええ。すぐに行ってあげてください。怒られるだけじゃ済まないと思いますけど」
「ですね。ああ、俺としたことが」
桐宮は精一杯の笑顔をつくり、少年に軽く会釈をした。そして去り際に言う。
「10年間独りきりだった自分を見つけ、更に献身的に世話をしてくれる弟をもったお姉さんは本当に幸せだと思います。病気が治る確率は無に等しいですが……最後まで、見捨てないであげてください」
「見捨てませんよ。もう……人聞きの悪いこと言わないでもらえますか」
「あっ……これはとんだ失言を」
額をぺちっと叩く桐宮の姿を見た少年は吹き出すように笑った。桐宮は自分でも何をやってるのだろうと苦笑し、扉を閉めた。




