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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第三章 つぎはぎだらけの弟 
25/43

 6節 今まで食べてきたもの

 人間や動物、木の1本すら見あたらない荒野をリグリは疾走する。足取りに迷いは無く、どうやら目的地が存在しているようだ。

 セゥノはイーヴォの頭頂部に顎を乗せ、珍しく深く考え込んでいる。聞くべきなのか、黙って知らぬフリをするべきなのか――正しい選択肢が見つけられない。

「僕に聞きたいこと、あるんでしょう」

 うずうずと悩んでいるセゥノが質問をしやすいよう、シォハからの促しが入る。

 セゥノは素直に喜べないこの状況の原因となる疑問を、少しづつ順序を立てて暴くことにした。

「……シォハが外へ出られたのは、このリグリが塔の壁を突き破ってくれたおかげですか」

「うん」

「その後は?」

「リヒテの背に乗って地上へ降り、屋敷へ忍び込んだ。塔の窓からは、帰宅したセゥノに変化が起きていたことと、そしてメルローズがついに行動を起こす様子が見てとれたから、君を救い出すチャンスは今しかないと判断した」

「この機を窺ってた?」

「そう言ったよね。僕は、いつか絶対にあの男から君を救うと決めていた。その為にはリグリを手懐ける必要があった。2つの条件が揃った機を、見逃すわけにはいかなかった」

「……シォハは伝承のことも昔話のことも知っていたです。では、リグリを手懐けられるのは人喰鬼だけだってことも、知ってるですか?」

 シォハは吐き捨てるように笑う。

「へー。誰に聞いたの。また随分と博識な野郎がいたもんだな。まさかアドルフくん?」

「その兄です」

「はは! ギリス公爵家はあなどれないね! 残念なことに、もう全滅しているけども」

 セゥノはいよいよ核心を突くことを決めたらしく、イーヴォを強く強く抱きしめたままリグリの背中から飛び降りた。

「なっ……!」

 勢いよく地を転がり、全身を擦りむく。頭から落ちなかったのは運が良かったとしか言えない。

 リグリを停止させたシォハは、顔を蒼白にして駆け戻った。

 両足を放り出して座り込んでいるセゥノを見つけたとき、シォハは大きく息を吐いた。

「そんなにイーヴォが大切なの……」

 地を転がりながも、セゥノはイーヴォが傷つかないように全身をもって庇っていた。

「だって……これ以上、痛い思いをさせたくないのです……」

 想定不可能なセゥノの行動に仰天することしかできないシォハは、危険と理解しつつもしばらくこの場にとどまることを決めた。

「セゥノ、ごめんよ。僕はどんな質問にだって答えるから、もうこんな危ない真似はしないでおくれ。この心臓がとても大きく痛んでしまうんだ……」

 セゥノは、シォハの頭部から垂れさがる綺麗な群青色のリボンを摘み、問う。

「シォハは、今まで、どんな食事を頂いてきたですか」

 この質問を選ぶセゥノには、もう答えはわかっていた。シォハは全てを諦め、可能な限りにこやかに答えた。


「僕は、人喰鬼だよ」


 返された言葉は間接的ながらも「人間を食べてきた」と答えていた。

「どう? 軽蔑したかな。まさか可愛い妹が憎い父親と同じ人喰鬼だったなんて、さすがに考えなかっただろ。どうする? 僕から逃げる?」

 にこやかに吐き出されるのは皮肉の連なり。本当はどこへも行ってほしくないのに、ずっと一緒にいてほしいのに。相反する感情がごちゃ混ぜとなり、シォハの喉を震わせていた。

 セゥノはリボンを掴んだまま、ぽつり、と漏らした。

「もしかしたら、3人目はすでに舞台へ上がっていたのでしょうか……」

「?」

 セゥノは立ち上がる。数メートル先で行儀よく座って待っているリグリを見て、ほくそ笑んだ。

「さ、行きましょうか、シォハ」

 自らリグリの背中に跨るセゥノ。相変わらずイーヴォから両手は放さないが、大型の獣に飛び乗る動作は手慣れたものだ。

「目的地は?」

 問われ、シォハはある方向を指さした。

「海が見える場所。センフェロン大陸も望める。そこに廃墟があるらしいんだ」

「廃墟、でありますか。町とかじゃ駄目です?」

「いちおう警戒してるんだよね。人が多く行き交う場所では、それだけ多くの情報が発信される。僕らの姿を見た誰かが、あの男に何らかのかたちで伝えるんじゃないかと……。考えすぎかもしれないけど」

 セゥノは右手を伸ばし、シォハの頭をぽんぽんと撫でた。

「シォハは私と違って、とてもよく考えるですね。偉いです」

「……子供扱いしないで。とりあえずは廃屋で夜を明かそう。次の日には場所を変えるよ。メルローズに嗅ぎつけられる恐れがある」

「ですね」

 海に辿り着いたのは、それから12時間後だ。とっぷりと日が暮れ、 黒く塗り潰された海面は果てない闇のようで、少し怖い。岬の端に柳の木が一本だけ佇み、そのすぐ隣りに家はあった。

 セゥノはくたくたになりつつもシォハの後を追い、家の中を覗き込む。

「うん、盗賊とかがねぐらにしているってことはないようだね」

 中は家具類が倒れ、崩れ、荒れ放題となっている。逆にそれが安心だというシォハの考えに基づき、セゥノは眉を下げながらも今宵の寝床として認めた。

「待ってて。今、暖炉に火を点けて、ベッドを整えるから」

 セゥノが玄関前で立ち尽くしているあいだに、シォハは拾い集めた薪を暖炉に放り込んで火を放ち、倒れた食器棚の上に薄めの敷き布団とカーテンを広げて簡易ベッドをつくりあげた。

「長いあいだ塔の中にいた僕にはなんてことはないけど、上流階級として生きてきた君にとっては意にそぐわないかな?」

 自分でも気付かぬうちに口をへの字に曲げていたセゥノは、首を振ってお礼を言った。

「そんなことないです。……と言ったら嘘になるですね。今まで私は恵まれすぎていました。でも今日からはシォハと同じ暮らしです。平気です!」

 セゥノはぼんわりと暖かくなった暖炉の前にイーヴォの頭部を置き、頭を撫でた。

「リグ……えっと、リヒテさんも一緒に暖炉に当たれたらいいのですにね」

 その言い種にシォハは声をあげて笑った。

「リヒテ、さん?」

「なんとなく、です。その方がしっくり呼べるです」

「そう。なら好きにおし」

 セゥノは、廃屋の外にて警備も兼ねて鎮座しているルマン=リヒテの元に薪を集め、小さな焚き火をつくった。

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