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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第二章 1000年前
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 4節 暗くて冷たい牢屋の向こうで

「メルローズ伯爵家へ向かった下僕が戻ってこない」

 明くる朝、騒ぎになっていたのはマデリード男爵夫人がいなくなったことではなかった。捕らえた盗っ人のことなど誰も気にしていなかったのだ。

「どういうことでしょうか」

 ギリス公爵に呼ばれ、私は下僕のジーノと共に書斎へ入った。そこには、ギリス公爵夫人と長女アイリス、長男アドレー、次男アドック、そして四男アドルフがいた。他の兄弟たちは明日開催される婚約パーティーの準備に追われているようだ。

 到着が遅れていたアイリス様の婚約者、エミディオ・ハイアット様が今朝到着し、これでやっとパーティーが開けると浮き足立っている、その最中の出来事だ。

「その通りの意味だよ。昨日、朝一番に全ての家へ手紙を持たせた下僕を送ったのだが、メルローズ伯爵家へ向かった下僕だけが今日になっても戻らない。伯爵家は馬車で片道10時間ほどだから、帰れない距離ではないはずなんだがね……。途中で盗賊にでも襲われたのだろうか」

 ギリス公爵は、帰らない下僕の顔を思い浮かべ、身を案じていた。

 私は、もしやお父様が食べてしまわれたのだろうかと考えを過ぎらせていた。

「我がメルローズ伯爵家の周辺環境は、肉食獣が多く住みついている為、単独での行き来は極めて危険なものとなっています。もしかしたら、下僕の方は……」

 咄嗟の嘘なのかはわからないが、そんなジーノの話を信用してギリス公爵は頷いていた。

「もしや、リグリやヨーゼフ……などかね?」

 ギリス公爵は、肉食獣の頂点に君臨する2体の獣の存在を指摘する。私はどきりとした。

「いえ、さすがにそのような獰猛な獣は生息しておりませんが……肉食獣が多くいるのは確かです。最近では、バルバラン大陸には存在しないはずのライオとトライを目撃したという話も聞きますし」

 さらさらと嘘をつくジーノを横目に、私は心の中で拍手喝采を送っていた。しかしライオとトライがバルバラン大陸にいるのは事実だ。――マルゲッタ町の町長による不正輸入により。

 メルローズ伯爵家近辺には、私のヨーゼフとお父様のリグリが住みついている。しかしヨーゼフは今、ギリス公爵家グレイディンの敷地内にいる。下僕は、もしかしたらリグリの餌食になったのかもしれない。

(でも、ギリス家からの使いはさすがに……食べないですよね? お父様も理解し、リグリのアガレスにそう指示してるはずです)

 むーん、と難しい顔をして考えこんでいる私をよそに、ギリス公爵とジーノの間で話は進んでゆく。

「セゥノ嬢の滞在が延期になった事実をメルローズ伯爵が知らないままになっているかもしれない。今度は護衛を3人付けて使いを送るとしよう」

 話がまとまるも、皆不安な面持ちのまま解散をする。アドレーに至っては、私を指差して「お前が喰ったんだろ!」とまた怒鳴りつけそうな勢いだ。それがわかっていたから、私は足早にこの場を立ち去った。

「ちょっと、怖いね」

 そそくさと廊下を歩く私を、アドルフが呼び止める。

「ですね」

「セゥノはそんな危険地帯に住んでたんだね。なら、尚更僕と婚約して安全なこのグレイディンに――」

「もう、その話は飽き飽きですよ。婚約パーティーが終わったら、私はすぐに帰るですからね、その危険地帯へ」

「待って」

 アドルフは器用に私の前へ回り込み、普段の明るい調子を潜めて問う。

「ここまで拒絶するってことは……やっぱり、他に好きな男がいるんだね? ファーストキスの相手も、きっとその男なんだ」

 勝手に想像をして勝手に落ち込むアドルフをそのままにしておいてやっても良かったのだが、ほんの気まぐれを起こした私は、事の真相を語った。

「ファーストキスの相手は妹ですよ。シォハ・メルローズ。これで満足ですか」

「え……。……い、妹??」

 想定外の解答に面を食らったアドルフは、力が抜けたのか壁に寄りかかっていた。

「は、はは……なんだ、妹か……。いや、意味はわからないけど、とにかく安心した。ということは、男とのキスは僕が初めてだよね? ほら、ならファーストキスの正式な相手は僕だ」

「このクソポジティブ野郎、うぜぇ」

「あれ? 言葉遣いが可愛いものから悪いものになってる……」

 真実を知り、安心しきったアドルフは私の額を小突いて普段の調子を取り戻してゆく。

「でもメルローズ伯爵に娘が2人いただなんて初耳だな。やっぱりセゥノに似てるのかな?」

「そっくりですよー。顔も声も全て。あ、でも髪の毛はですね、私はクセっ毛なんですけどシォハはストレートです。性格とかも全く違うです」

 シォハを思い浮かべ、語る。思えば、他人に妹のことを話すのは初めてだ。

「そうかぁ。それは是非ともお会いしたい。……妹さんはどうしてパーティーに参加してくれないんだい?」

 アドルフのその何気ない一言。私は歩みを止め、そういえば、確かに――と、考えた。

「できない、んですよ」

「何故?」

 ――できない、理由は。

「いつも塔の中の、鉄格子の向こうにいるから」

 アドルフは硬直し、また私が冗談でも言っているのかと思い、乾いた笑い声をあげる。

 私は再び考える。どうして私は、家出ばかりを繰り返していたのか。それは、外へ出られないシォハの為だ。

 では、シォハは何故、外へ出られない?

「本当です。嘘じゃないです。とても暗くて冷たい場所です。……。シォハは……そこにいつも……独りで」

 アドルフの次の言葉を聞き、私はどうして今まで疑問に思わなかったのかと自分を責めることとなる。


「――妹さんは、監禁されてるのか」


 監禁。それは、嫌がる人を無理やりに閉じ込め、自由を奪うこと。

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