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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第二章 1000年前
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 1節 夢の中の昔話

「おはよう」

 愛する人のキスで目が覚めた。なんて幸せな朝だろう。

「違うよ、もう夜だよ」

 苦笑しながら今の時間を教えてくれたのは、赤い髪が特徴的な少年だ。歳は10代半ばくらい。病的なまでに白い肌と、翡翠色の瞳が少年の魅力を際立たせている。そんな気がする。

 少年は棚の上に置かれた花瓶に水を注いだあと、剥きかけのリンゴに挑む。果物ナイフの扱いが上手く、皮は途切れることなくするすると落ちてゆく。私は視線をそのままぐるりと動かした。ベッドの横はすぐ壁で、正方形の窓がある。窓の向こうは星空で、ああ、本当に夜なんだなと知る。

 星が一筋、流れ落ちる。それを眺めていると、少年が驚いたように声をあげた。

「あれ? 泣いてるね」

 頬を流れる熱いものは確かに涙だ。でも、理由が明確でない。最有力候補をあげるとするなば――。

「夢を……見た」

 ぼそりと口を開くと、少年はベッドの傍らまで寄ってくれる。

「どんな?」

 白く細い指で私の涙を拭いながら、少年は問う。

「昔話を聞く夢」

「へぇ、奇妙な夢だね」

「うん……」

「泣いちゃうほど悲しい昔話だったのかな?」

「うーん……」

 私は夢の内容をゆっくりと思い出し、ぽつり、ぽつり、言葉にして紡いだ。

「1000年前……って言っても、いつの時代から換算しての1000年前かはわからないけど……。昔、ある名門貴族の家に双子の姉弟が生まれたんだって。珍しい赤い髪で、両親は黒髪だっただけに少しだけ話題になった」

 少年は椅子に座り、私の話に静かに耳を傾ける。

「当時の結婚適齢期は15歳で、双子がその歳に達すると同時にあらゆるところから婚約の申し出が殺到した。双子は姉弟ともにすごく美形だったし、家柄も良かったからほとんど取り合い状態だったらしい。けど、双子はどんなに条件の良い婚約話にも乗らず、全てを跳ねのけた。

 さすがに両親も困り、同時に家の爵位を守る為、姉の方をとある伯爵家の嫁へ出すことを強制的に決定した。伯爵家には息子が一人おり、それがまた美しい青年だった。

 姉が発つ予定の夜、その家から双子が姿を消した。どうやら駆け落ちをしたようだ。ここで初めて、両親は双子が愛し合っていたことを知った。金品や身の回りの道具類全てがそのまま残されていることから、双子は突発的に逃げたことが予想された。

 それから双子の捜索が大々的に開始されるが、ついに見つけることは叶わなかった。髪が赤いからすぐに見つけられると高をくくっていた両親は共に意気消沈とし、双子の存在はもはや思い出の中のみとなっていた。

 双子の捜索が打ち切られて5年、ある意外なかたちで双子の消息が報告される。報告の主は、姉の婚約者であった伯爵家の一人息子。彼は、ある深い森の小屋でひっそりと暮らしていた双子を発見した。姉に対し、今すぐに帰ることと、そして結婚を迫った。姉が渋々承諾したその日、少しのあいだ目を離した隙に弟が姉を連れて逃げ出した。今度は逃がすまいと彼は追い続けた。そして崖っぷちまで追い詰められた双子は、そのまま身投げをしてしまった。

 彼は血眼になって姉の死体を探したけれど、見つけられなかった。――てね」

 話し終わる頃、視界が涙で濁っていた。

 どうしてこんなに悲しいのだろう。もしかしたら、赤髪の双子という点が今の私たちと重なっていたからかもしれない。だから同情をしてしまったのだ。

 ――いや、実はそれだけじゃない。

 私は少年を見上げた。話を聞いた少年は、私を慰めるように髪を撫でていた。

「その2人には……死を選ぶしか道が無かったんだろうね」

 どう足掻いても報われなかった2人の恋の結末。少年は声のトーンを落とし、私と一緒に悲しんでくれた。

「もし生まれ変われたなら、今度こそ幸せになっていてもらいたいね」

 少年の言葉に私は何度も頷き、白く濁った視界を閉じた。

「あ、そういえば」

 開いた視界の中に、少年の顔が映る。私はその見慣れたはずの顔を眺め、はにかんだ。

「夢の中でねぇ、私、あんたにそっくりな男の子にキスされたよー」

 少年は目を丸くするが、しかしすぐに微笑んだ。

「そう。僕は、夢の中でも姉さんと愛し合えてるの?」

「どーだろ。夢の中の私は、キスされてすっごく驚いてた」

「あ、そ。けど、心配しなくてもすぐに僕のものになるさ」

「おおー? 自信ありげですねぇ」

「当然。君の相手は僕にしかムリ。それに、僕と君はいつだって結ばれる運命にあるのさ」

「うははっ! それプロポーズですか?」

「そう受け止めてくれて構わないよ」

「やったー」

「はいはい。じゃ、僕と結婚したかったら、早く身体を良くしなくちゃね」

「うん、もちろん!」

 ――少年は。

 管だらけの私の身体のどこを見て希望を持てと言うのだろう。……そんな考えが脳裏を過ぎるたびに私は頭を振って打ち消し、にっこりと笑顔をつくって答えた。


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