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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第一章 物語を集める
13/43

   :02 星落ちる夜に

「……セゥノさん!」

 呼び止められた私は歩みを止め、背後を振り返る。

 月だけが照らす廊下に、私と、私を追いかける影が映る。私より年上で、少し大人で、背が高く、誰もが振り返る秀麗な青年が。

「なんとなく、追いかけてくるって……わかっていました」

「ははは、そうですか」

 追ってきたアドルフは、赤い手形のついた私の右腕に遠慮がちに触れた。

「すみません、セゥノさん。嫌な思いを……させてしまいましたね。我々があの男の素性を暴けなかったばかりに」

「え、大丈夫です。こんなの、すぐに治りますから」

「ですが、謝りたいことは他に……」

 言い淀むアドルフを見て、私は「あぁ」と頷いた。

「婚約者……の部分ですか? それも大丈夫ですよ。どうせ私を守るための方便――」

「それが、一連の事件を静観していた父が、貴女を本当の妻にしてはどうかと言い出しまして」

「……。……え?」

 理解し難い内容を投げつけられ、私は素っ頓狂な声をあげた。

「男の剣幕や恫喝を前にして、僅かな怯みすら見せなかった貴女を気にいってしまったようなのです。父は肝の据わった女性を――つまり気の強い方を好みます。姉のアイリスの気が弱いので、余計に。そして貴女は15歳、僕は18歳――ベストな組み合わせではないか、とも……言っておりまして……」

 負けん気が強い――と暗に評された私は、高い背丈を折り曲げて困っているアドルフに対してどう言葉を返すべきか悩んだ。

「ご好意はありがたいのですが……」

 アドルフは悲しげに微笑み、私の言葉の中に隠された感情を鋭く読み取る。

「もしかして、他に好きな男性でもおられるのですか?」

「――――??」

 指摘をされ、私は呆けたようにアドルフの顔を見上げ続けた。この人が何を言っているのか、意味がまるでわからなかったからである。

「好き、な、男性? お父様や、下僕のジーノは……好きです。ペットのイーヴォちゃんも可愛くて……」

 私の答えを聞いてアドルフはクスリと微笑む。

「なるほど。自覚症状は無いわけですね。なら、まだ勝敗は決したわけではない」

 アドルフは自分の中だけで納得をし、私の手を引いて暗い廊下を駆け出す。

「今夜は星がとても綺麗なんですよ!」

「でも……今は、まだ……」

「0時まで待つ約束はキャンセルで! よろしいですか?」

 強引な誘いに対し、断るための適当な理由も思いつかないまま私は共に走った。

 ギリス公爵家に滞在している人間たち全てがメインホールに集まっているため、ただっ広い屋敷内がとても冷たく、怖く感じる。2人の足音だけが静かに響く。どこか楽しげなアドルフの吐息は、目的の場所へ到達するなり自慢げな表情いっぱいに私へと振り返った。まさに「どうですか」と言わんがばかりの自信であり、私は、案内された”星見のテラス“から夜空を見上げた。

「わ……」

 感嘆の声は、自然と漏れていた。

 星が落ちる――とは本の中で読んだことがある表現だが、実際にその場面を見たときの言い知れぬ感情をどう表してよいのかわからない。幾千もの星が流れる中で、その音すら耳に届きそうで、この情景をどうやってシォハに伝えようかと必死に国語力を総動員していた。

 ――そんな私の表情を覗き見していたアドルフは、自分の中で手応えを感じていたようだ。

「星は、この世に存在する命の数を表すと言います。だから、星が落ちるのはこの世界のどこかで誰かが死んだ証しだと――」

「ええっ! じゃあ、こんなにいっぱいの星が落ちてたら、どこかで大量の人間が一度に死んでることになるでありますよ!」

 興奮気味に口を開いた為か、私の口調は”余所行き“のものから遠ざかっていた。しまった、と私が顔に出す前にアドルフは笑い、首を振った。

「とても独特で、可愛らしい話し方をされるのですね」

 私は眉をさげた。どうやらアドルフは、私がなにをしても好意的に受け止めてしまうらしい。他人に好意を寄せられたことのない私は戸惑うしかない。

「人間は誰しも、外へ出るときは猫を被ります。当然です。その被った猫がはがれたとき、ガッカリするかますます好きになるかは、ほとんど賭けではありますが――僕は後者です」

「……答え」

「え?」

「答えです。星についてのお話、私の質問の答えを教えてくださいです」

 アドルフは思い出したように星の話へと戻る。

「――と、まぁ星が大量に流れると、どこかで戦争でも起きてるんじゃないかと勘ぐってしまいがちですが、僕は、星の数を命の数だと捉えていません」

「じゃあ、何だと捉えているです?」

「誕生を待つ魂の数」

 自分の説に自信でもあるのか、それともそう願いたいのか、アドルフは迷い無く答えた。

「星の数は、生きている人ではなく死んだ人の数です。星が流れ、無くなるというのは――僕の説では、”生まれ変わった“です。死んだ人間の魂が、再び世に生を受けたんだと――そう考えたら、星がたくさん落ちる光景はなんだか、神に感謝をしたくなりませんか?」

 考え方一つで異なる結論が出る。正直、アドルフの説はとても素敵だと思った。同時に、私がイーヴォちゃんに餌を与えるたびに星の数を増やしているのだと、少しだけ胸にチクリとくる説だなとも苦笑いを浮かべた。

(でも、人間を食べないとイーヴォちゃんは死んでしまいます。食物連鎖がある以上、仕方ないです!)

 そう考え直し、私は私の中だけで自身を励ました。

「あ、セゥノさん、私の話はこれで終わりではないですよ」

 星が全て流れ落ちた頃、アドルフは慌てて私を引き止める。

「むしろこれからが本題です。もしかしたらセゥノさんに興味をもって頂けるかもしれないお話です」

 随分と長い前置きだったぶん、本題もとても長そうだ。私は根負けし、その場に腰を下ろした。アドルフは頬を緩め、同じく腰を下ろす。

「昔むかし、そう、1000年くらい昔のお話です」


 アドルフの話が終わる頃、私の涙腺は故障したかのように涙を流し続けていた。まさかこれほどの効果があると想定していなかったアドルフは、ごく自然のことのように私を両腕の中に包み、抱きしめていた。

 私はアドルフの腕の中で、くぐもった声を出す。

「アドルフさん……すみませんです、ワガママ、聞いてもらってもいいですか」

「なんでも」

「今晩は、1人にしないでほしいであります」

 我が儘をそのまま伝えると、息を呑む動作が彼の胸板越しに伝わる。

「お安いご用です。しかしここは冷えますので、どうぞ僕の部屋へ」

 私はアドルフに連れられ、寝室へと入る。誰かの胸に抱かれながら眠るのは、これで3人目であった。

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