8節:01 晩餐会に人間の肉は出ない
「わかりましたです。自分の身は、自分で守るです」
そう言うと、ジーノは納得したように微笑んだ。
晩餐は、ダンスホールのような大きな空間での立食パーティーとなった。この屋敷の主人たるゴットフリート・ギリスも顔を見せ、明日に控えた婚約パーティーに対する予告も含めた挨拶をする。
集まった家は、おそらく50近い。そこから4、5人が参加しているため、200人近い貴族でホールは埋め尽くされていた。
料理の材料には、当然なのかもしれないが人間は使われていなかった。これが普通の食事ならば、お父様はやはり変わっているのだろうか。小洒落た果物を摘みあげ、私は不思議そうに眺めた。
「ランス・メルローズ伯爵のご令嬢様ですね?」
慣れない飲み物の味に悪戦苦闘していたとき、見知らぬ男性に声をかけられる。条件反射で「はい」と返事をしたとき、私は男性の罠に引っかかっていた。
「やはり! メルローズ伯爵には大層ご自慢な娘がいると噂では聞いていたのですが、ついぞ拝見する機会はなく……。お会いすることができて光栄です」
求められた握手に応じたとき、握られた手に尋常ではない圧力がかかる。私は目を見開き、男性を見上げる。
黒い髪と、小麦色の肌。見たことはないが、男性の方は私に、いいや、お父様に何かしらの思いを抱いていそうだった。
「メルローズ伯爵とはセンフェロン大陸との貿易において世話になりましてね。彼の仕事も同じ貿易関係かと思いましたが、違うようでして。……軍の大尉ですか? それとも、バルバラン帝国から密命でも受けてるのですか? 通常は見つかるはずのない奴隷貿易が彼によって暴かれましてね、商売あがったりで困ってるんですよ」
男性は笑顔だ。顔いっぱいに振り撒かれた笑顔の奥に、尋常ならざる憎しみが見て取れた。もし、このパーティーにお父様が出席なされていたら……と、私は肝を冷やしていた。
「腕、痛いのですが」
振りほどこうにも、男性の握力は増すばかりだ。痛い。血液の流れが鈍くなり、ヒリヒリと痺れる。私は反対側の手に持っていた皿を落としてしまった。
「望みは、何ですか」
そう聞くと、男性はぶんぶんと首を振る。
「いえいえ。私のような下流の人間が伯爵様に望みなどとんでもない。ただね、その令嬢様を視界に入れてしまったので湧き上がる感情を押さえきれず」
要は憎しみの吐け口を探しているだけだった。
「――失礼。スチェンニー殿、僕の婚約者になにかご用ですか」
掴まれた手が解放される。見ると、男性の手をアドルフがきつく締め上げていた。
「は、ハァ? 婚約者ぁ?」
私が男性と同じ疑問を口にしかけたとき、アドルフは笑顔一つない表情で低く詰め寄った。
「ええ、我がギリス公爵家はメルローズ伯爵家のご令嬢、セゥノ・メルローズ様を四男アドルフ・ギリスの妻として迎え入れます。ひいては、スチェンニー殿は僕の妻に対し手荒な真似を働いたことになりますが、間違いないですね?」
私が口を挟む隙は無い。アドルフは手慣れたように男性を追い込んでゆく。
「おい、ダン、ヨウ。こいつは今、違法な貿易をしていたことを自白した。連れていけ。夜が明けたら、バルバラン帝国の近衛兵にでも引き渡せ」
名前を呼ばれた下僕の2人が男性を連行する。スムーズに運ばれた事件の解決を、会場にいた全ての人達が呆気に取られたように見ていた。
男性の姿が消えたことを確認するとアドルフは振り返り、優雅に一礼する。
「お見苦しい場面をお見せてしまい、大変申し訳ございません。かの者は、貴族の名を騙って我がギリス公爵家の敷地に侵入した大悪党。しかしここにおわすメルローズ伯爵家のご令嬢、セゥノ様のご協力により見事捕まえることに成功致しました。どうか皆様、お騒がせしてしまったことを深くお詫びすると共に、今宵、そして明日の婚約パーティーも合わせて心ゆくまで楽しんで頂きたい次第!」
拍手が巻き起こることはすでに予想されていた。鳴り止まぬ拍手の雨の中で私は、男性が消えていった廊下を睨み続けていた。
「旦那様がおられなくて良かったですね。旦那様の顔に泥を塗り、さらに手柄をあの若造に持っていかれるところでした。尤も、手柄だけは手に入れたようですが」
小声でぼそりと呟いたのはジーノだ。私はジーノに対して怒りを露わにした。
「ジーノ! 近くにいたなら助けてくれたっていいじゃないですか!」
「いえいえ。あの男性に対するセゥノ様の怒りが増幅すればするほど、ヨーゼフの餌になったときに気持ちがスカッとして頂けると考えていたのです」
「上手いこと言うですね!」
「まぁまぁ。どのみち男性はヨーゼフに食べられる運命ですから、翌朝には姿を消した男性を見てギリス家の方々は”逃げられた“と騒ぎ出すことでしょう。せっかくの手柄と共に」
「……別にギリス家の人たちに恨みは無いですから、そんなことしなくていいですよ。むしろ私を助けてくれたです」
食欲の失せた私は、落としてしまった料理の掃除をメイドたちに任せ、頭を下げて会場を出た。
男性の言葉が脳に残る。男性はお父様に恨みを持っていた。しかしそれは逆恨みの類いだ。私のお父様は悪を暴き、制裁をくだした。今までお父様の仕事内容を把握していなかったけれど、国に誇れる仕事をしているようだった。
(はぁ……お父様に会いたいです)
そして思い切り抱きつきたい。食事の好みは変わっているかもしれないけれど、私のお父様はとても立派な方なんだ。
「……セゥノさん!」
呼び止められた私は歩みを止め、背後を振り返る。
月だけが照らす廊下に、私と、私を追いかける影が映る。私より年上で、少し大人で、背が高く、誰もが振り返る秀麗な青年が。
「なんとなく、追いかけてくるって……わかっていました」
「ははは、そうですか」
追ってきたアドルフは、赤い手形のついた私の右腕に遠慮がちに触れた。




