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婚約者は人間を食べる  作者: 伯灼ろこ
第一章 物語を集める
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 7節 ギリス公爵家へ

「お待ちしておりました、セゥノ・メルローズ様」

 ギリス公爵家の門を叩くと、複数の使用人たちが私を出迎えた。執事から始まり、従者、下僕、侍女、メイド以下総勢30人の使用人たちが公爵家グレイディンを切り盛りする。使用人が従者とメイドの2人しかいない私の家とは大違いだ。単に雇うお金が無いというわけではなく、お父様の意向でそうなっている。

「ゴットフリート・ギリス様は今夜あたりお戻りになられます。長女アイリス様の婚約パーティーは明日を予定しておりますので、それまでごゆるりとおくつろぎくださいませ。ご用があれば、屋敷1階、メインホールの左側に我々使用人どもの部屋がございますので、そちらへどうぞ」

 ギリス公爵家のお屋敷はとても広く、しかし寂しく感じさせないのは住んでいる人の多さだろう。ギリス公爵とその妻、9人の子供たちと30を越える使用人の数。犬や猫など愛玩動物も多く、それに加えて今はパーティーの為に様々なところから貴族たちが招かれている。常にどこからか笑い声が聞こえ、私はなんとなく疎外感を感じていた。

「全然違うですね……私の家とは」

 父親と娘、2人の使用人と、塔の中に妹。無駄に広い屋敷だから、余計に寂しく感じるのよ、私の家は。

「え? 何かおっしゃいました?」

 挨拶の為に出てきた四男――アドルフ・ギリスが不思議そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。

「あっ、いえ、ただ、ここの家の人達は楽しそうでいいなって……」

 慌てて説明をすると、アドルフは顎に手を当てて上品に笑った。まさしく絵に描いたような美青年であり、彼に集まる視線の巻き添えを食らわないよう、私は距離をとった。

「そうですかね? うるさいだけですよ」

 しかしアドルフは私がせっかく開けた距離を無情にも縮めてきた。仕方なく会話を続けるも、周囲の――特に女性たちからの視線が痛い。

「私の家はとても静かなのです。羨ましいですわ」

「へえ……僕は静かな方が良いですが……こう毎日毎日騒がれると、疲れます。ははは、お互い、無い物ねだりのようですね」

 アドルフは栗毛色の髪を靡かせ、「そうだ」と思いついたように私へ振り返った。

「賑やかなことがお好きなのであれば、どうでしょう。今からチルドレン限定コンパにでも行きませんか」

「え? チルドレン……コンパ?」

 アドルフはにっこりと頷く。

「ええ、そうです。今、我が屋敷にはバルバラン大陸中の上流貴族が集まっています。もちろん、その子供たちも。だから子供ばかりで集まって仲良くなろうじゃないかという単純な企画です。将来の為の関係性作りにも役立ちますし、上手くいけば、家同士が繋がって大きな家族となることも……」

 私はアドルフの話の内容を頭の中で噛み砕き、意味を理解した途端に即答した。

「遠慮させて頂きます」

 アドルフのキョトンとした顔は、きっとさっきまでの私の発言と今の発言が矛盾していることが起因しているのだろう。当の私も、肩を落とすくらいに自分の発言には呆れている。

「あ、あの……ご好意はとても嬉しいのですが、なにぶん、私の髪色のせいで気分を害される方があってはいけないので……」

 咄嗟に出た言い訳は、以前、シェフのダミアンが漏らした言葉だった。私の髪色に怯えている人が少なからず存在する事実。これは、利用する手がないわけがなかった。しかし当のアドルフに言っても通用するかどうかは――

「ああ、あの伝承のことですか。僕は全然気にしていませんが、まぁ、確かに……伝承が濃く残るバルバラン南地方の方々は、怯えてしまうかもしれませんね」

 アドルフは承知していた。私はホッと胸を撫で下ろしながらも、どうして自分がこんなに安堵しているのかわからなかった。

(私は、賑やかな場所に憧れを抱いているはずですのに……)

 それはやはり、昨夜の出来事が尾を引いているからだろう。私は、メルローズ家を出たときのままを維持して帰宅せねばならない。それがシォハと交わした約束だから。

 アドルフは、履いていたブーツの踵をコツンと踏み鳴らす。

「わかりました。では僕もコンパには出席しません。セゥノさんと共に賑やかに過ごします」

「は……え?」

 あんぐりと口を開いた私は、とても間抜けな顔をしていただろう。わかってはいても、アドルフの発言が想定外すぎて閉じられない。

「どうせコンパには兄や弟たちも出席しますし、僕1人くらいいなくても大丈夫でしょう。それよりも僕は、その髪色のせいでおそらく疎外された人生を送ってこられたセゥノさんと共にいたい」

「あー……えっとぉ……」

「はっきりと言います」

 渋る私の手を優しく包み、アドルフは口を開く。

「一目惚れです、セゥノさん。僕は貴女に一目惚れをしました」

 前触れない告白を耳にして、私が何かを言い返そうとする前にアドルフは言葉を繋げた。

「その赤い髪はとても美しい。髪が赤いからこそ、僕の目は貴女へと引き寄せられた。そしてお話しをしてみて、素敵な方だなと判断しました」

「お話しをしてって……少しだけじゃないですか」

「少しだけで貴女のことが理解できたのですよ。これは素晴らしいことだと思っています」

 アドルフはとてもポジティブな思考の持ち主だった。同時にとても優しいのだろうが、私には、その気持ちを受け止めてあげることはできなかった。アドルフもそれを察知したのか気持ちを無理やりに押し付けるのではなく、長期戦に持ち込む作戦に切り替えたようだ。

「今夜0時、星見のテラスまでお越しください。僕なりに貴女を楽しませる為の小咄を用意しておきますので」

 有無を言わさず、アドルフは立ち去る。呼び止めようにも、私が1人になるタイミングを見計らっていた人達が続々と挨拶に訪れたため、結局断れずにいた。

「発想を転換してみては如何でしょう」

 近くに部屋を用意されていた下僕のジーノに、先ほどの出来事を相談した。ジーノは初老の男性だ。人生経験豊富な彼は、私の話を微笑ましげに聞いていた。

「テンカン?」

「はい。アドルフ様がご用意してくださる面白い話を持ち帰り、シォハ様にお聞かせするのです。これでまた物語は増えますね?」

「ん……確かにそうであります」

「そしてなによりも、セゥノ様がギリス公爵家でナンパされたなど、最上に面白い話もできますし」

「そ、それはダメなのです!」

 私は両手を広げ、上下に振った。

「何故? 昔から色沙汰の話は誰が話しても聞いても面白いものだと相場は決まっておりますよ。どんな結末であれ、すとんと落ちるでしょう」

「んんー、そうは言いますけど、なんとなくシォハには言いにくいです……というか、怒りそうで」

「はははははははははは、そうですか。まぁ、自分の分身を他人に取られるのは魂が裂かれたように辛いものですからねぇ」

「?」

 ジーノは腹を抱えて笑い、気が済むまで転げ回ったあとで1つ私に忠告をした。

「ただしセゥノ様、あまりにしつこく迫られて鬱陶しいとお感じになられても、ヨーゼフに食べさせてはいけませんよ?」

「どうしてです? イーヴォちゃんがお腹すかせたりしてたら可哀想です」

「ヨーゼフの世話は私がしましょう。それに、名門貴族の1人が謎の死やまたは失踪を遂げたとなれば大事件に発展します。もし犯人がヨーゼフだと知り渡れば、全国的にヨーゼフの駆逐令が敷かれてしまうことでしょう。あ、まさか人間にヨーゼフは殺せないと高をくくっておられますか? そんなことはありません。ヨーゼフも生き物です。攻撃をされれば、傷つくのですよ」

 ジーノに諭され、私は頷くしかなかった。これまで気に入らないことや怖いものは全てイーヴォちゃんに始末させてきた私だったけれど、越えてはいけない一線というものをこのとき初めて教えられたのだ。

「わかりましたです。自分の身は、自分で守るです」

 そう言うと、ジーノは納得したように微笑んだ。

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