異世界で毒消し草売ってます。2nd
「はい、毒消し草」
「はい、薬草」
草の束を交換して懐にしまう。
ペコリと頭を下げあってにっこりと微笑む彼を少しの間じっと眺める。
いつものことだ。問題ない。
「私はこれから南の方に行ってみようと思っています。
毒消しさんはこのまま北の方ですか?」
「ん」
「北の方ではどうやら近々戦争が起こるような気配がありました。
ですのであまりお奨めはできません。どうでしょうか、私と一緒に南の方に行きませんか?
暖かくて住み易い良い土地だという話ですよ。
食べ物も美味しく、水も綺麗ですし、人々も暖かく戦争も皆無の楽園だという話です」
「……うそ臭い」
「私もそう思います。
ですので真偽を確かめに」
「ん」
「ですので一緒にいかがですか?」
「やめとく」
「そうですか。ではまた近いうちに会う事になるでしょうからそれまでお元気で」
「そっちも」
「では」
「ん」
交差する2人の運命。
だが交差するだけの刹那の間でしかない。
彼は薬草さん。
薬草を売っている商人だ。
どんな薬草を売るかは人による。私と同じだ。
私も毒消し草を売っている。
どんな毒消し草を売るかは人による。毒は人それぞれだから。
彼の薬草もそう。
人それぞれ違うものを癒し、直す。
治すではない。直す。
私の毒消し草も同じだ。
毒というものを強制的に消す。そう、強制的に。
彼と私は同じ。
でも違う。
ゆっくりと遠ざかる足音を振り返らずにまっすぐに進む。
目的地は北のアインツベルドランドという王国。
薬草さんの話によれば近々戦争があるらしい。
でも変わらない。
私が私であるように、薬草さんが薬草さんであるように。
私は毒消し草を売りに行く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「第6小隊すすめー!」
「「「おおおぉぉぉ!!」」」
怒号と悲鳴と衝撃と破砕音。
重なるようにたくさんの音達が奏でる死の重低音が場を支配している。
私が着いた時にはすでに戦争は始まっていた。
今攻められている街がアインツベルドランドの首都アインツ。目的地だ。
でも門は貝のように閉じられていてそこに破城槌が打ち込まれている。
槌を打ち込む兵士に掛けられる熱湯やら油やら。壁の上から雨あられと打ち出される矢矢矢矢。
戦争とはなんて醜いのだろうか。
これは私にとっての毒でしかない。
でも毒ならば大丈夫だ。
私は毒消し草売り。
懐から取り出した草の束を軽く握って1歩を踏み出した。
「やめっちょ! うおおぉぉあああぁぁ」
「ひぎぃ! そこはらめめえええ」
「あかん! あかんねん! あかーん!」
草の束に叩かれた兵士達が飛んでいく。物理的に飛んでいく。
戦争という毒を含んでしまった彼らには毒消し草がよく効く。
魔法の付与された矢がたくさん飛んでくる。
草の束を軽く一振り。
ぱたぱたと落ちていく矢。霧散する魔法。
「うそだろぉ!? あ、あかーん!」
もう1度軽く草の束を振れば落ちた矢が空に舞い翻る。
飛んできた速度を遥かに超えた速度で射手に向かっていく矢を一瞥するだけで結果は見ない。見ないでもわかるから。
直後に響く炸裂音と悲鳴。
草の束に導かれた矢は毒を消す為に様々な効果を発揮する。
アレもきっと彼らに必要だった毒消しの効果なのだろう。
いつものことだ。問題ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひ、ひるむなぁ! ああああぁぁぁああいてはひとりだけええええ!?」
「しょうぐーん!」
緑の鶏冠の生えた一際豪華な鎧を着た人に草の束を投げつけた。
周りにたくさんいる兵士の人達はもう完全に戦意喪失してしまったのか、私が1歩進めば1歩下がる。
表情も恐怖の1色だ。可哀想に。
いつものことだ。問題ない。
この毒も綺麗に消してあげる。
私は再び懐に手を入れて、逃げ出そうとする彼らに草の束を投げつけていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「相変わらずえげつないわぁ、毒消しの」
「そう?」
「いやいやどうみたってえげつないやろ! たった1人で戦場をぶち壊すってあんた……」
「いつものこと」
「問題は……まぁないわな。むしろアインツ側のお偉いさんが大喜びしとったわ。
まぁすぐに飛んできたあいつ等も同じ目にあってるんだから喜び一転恐怖のどん底やけどなー」
「毒は毒」
「毒消しのにしたらみんな毒やからなー」
「ん」
「せやなー」
「それより服」
「あいよ。今回もいつものでええんやろ?」
「ん」
踊り子のような服装の懐に手を入れて取り出す服を、私も懐から取り出した草の束と交換する。
彼女は服売り。
薬草さんや私なんかと同種だ。
薬草さんより高い頻度で良く合うくらいの違いでしかないけれど、彼女が売ってくれる服は丈夫だからとてもいい。
「今回のはなーいつものとちょっと違うんやでー!
なんと防刃、防魔、防衝、防幻、その他30種類の防御系の効果を最大限まで突き詰めてみたんや!
しかもまだあるんやで!
それでいて夏は涼しく、冬暖かい! 春は麗らか、秋肥える!
カーッ! 柿くいてー!」
「ん」
服さんが何か言っているけど私にはよくわからない。いつものことだ。問題ない。
しばらく続く服さんの服話に相槌をたまに挟んでいると街側の陣形が整ったようだ。
「お、やっこさんらまだやる気みたいやでー。さっき人外の強さっちゅーもんをいやってほど目の当たりにしたっちゅーんに、ほんま元気なこった」
「いってくる」
「あいよ。コレ使いや!」
「ん、ありがと」
服さんが懐から取り出した1枚の布を受け取り、羽織る。
それは私を包み込めるほどの大きなマント。
「それはなー彼の英霊アレキサンダーが使ったとか使ってないとか、まぁどっちでもええんやけど。とにかく人が使う全ての武器魔法なんかの攻撃系を無効化する凶悪なやつや!
有名なところだと聖剣ジェラルホーンなんかをへし折ったっちゅー逸話があったりなかったりや!
有名じゃないところだ――」
服さんが延々と喋り続けているがゆっくりと進んでいく。
いつものことだ。問題ない。
「と、止まれ! 止まらぬと!」
赤の鶏冠をつけた大きな鎧の人が何かいっている。
こんな毒に穢れた場所では何を言っても意味がないのに。
今その毒を消してあげる。
「くッ! 相手は人外! 容赦はいらぬ! 小娘といえど全力を持って叩き潰せー!」
「「「おおおおぉぉぉぉ」」」
怒号に揺れる大地を変わらぬ速度でゆっくりと。
近づいてくる真っ赤な塊達が大きくなっていく。
懐に手を入れて。
取り出した一束の草。
何の変哲もないただの草の束。
私はいつものように、いつもの言葉を口にする。
例えけたたましい怒号に掻き消されようと、魔法を付与された矢が雨あられと降り注ごうと。
いつものことだ。問題ない。
「はい、毒消し草」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ赤に染まる戦場跡。
周囲を見れば赤く染まった真っ赤な鎧を着ていた人達。
その全てが呆けるか、気を失っているか。
死者は1人もいない。いるはずがない。
赤く染まった大地に――数刻前まで怒号の響き渡っていた大地に静寂が訪れている。
たった1人だけ立っている私は周りを軽く見渡すとアインツの門の方に歩き出す。
誰一人として私を妨げるモノはいない。
門まで出来た一筋の道。
その両脇には座り込んで呆けている赤い鎧の兵士達。
「やっぱり爽快やわー。うちにはこんな戦闘能力ないからやっぱ毒消しのはすごいわー」
「ん」
「せやなー」
毒に穢れた戦場はもうない。
でも次はあの門の向こう。
あの街も毒で満たされている。
ゆっくりといつもと変わらぬ足取りと、速度。
私の前に道の代わりに立ちはだかるたくさんのナニかは常に毒に侵されている。
でも……。
いつものことだ。問題ない。
すぐにその毒は消えることになるのだから。
私は毒消し草売り。
いつもの歩調でいつものように、この毒された腐り落ちるだけの世界で私は今日も毒消し草を売る。
「そういえば、毒消しの。今回毒消し草売ってなくね?」
「あっ」
あっ