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その六

長くなるので中途半端に切りました。

すみません……



「……ここは、君のような者のために造った場所だ。心ゆくまで楽しみたまえ……」


 屋根に敷かれた芝生の中心に刻まれたプレートを読んだ神崎さんは、不思議そうな顔して振り返った。


「その文字の下にイニシャルがあるでしょう」


「うん。4人分あるね」


「1番上のM・Yって誰だかわかる?」


 それだけの問いなのに神崎さんは文句もいわず考え込んだ。


「ちなみに4番目はぼくだよ」


 それがここにきた者の礼儀だと思って刻んだのだ。


「……もしかして、吉崎先生?」


「正解。よくわかったね」


 1年B組の担任で空手部の顧問でもある吉崎美和先生は、青海学園でもっとも異彩を放つ先生で、いくつもの伝説を残してきた青海学園の"裏番長"だったらしいよ。


「う、うん。前に吉崎先生と話したとき、この学園はおもしろいところがいっぱいあるっていってたから」


 ほんと、あの先生は凄い人だよ。7つある秘密の園全てにイニシャルを刻んでいるんだからさ。


「どうしたの?」


「あ、ううん。なんでもないよ」


 君のような者同士の暗黙の了解。"隠れ家グラブ"の存在は例え彼女でも教えられないのだ。


「吉崎先生もなぜあるかは知らないみたいだよ。まあ、あるから勝手に使えばいいってさ。バレないように」


 それで終わりと話を止め、カバンから保温シートを出して広げた。


「どうぞ」


「あ、うん。ありがとう……」


 まだ聞きたそうな顔をしていたが、ぼくがなにもわないので促されるままにシートへと座った。


 さらにカバンから昼食を取り出しシートに並べた。


 神崎さんもカバンから弁当箱やペットボトル、お菓子を取り出した。


「凄い量だね。夕太郎くんってそんなにパンが好きなの?」


 紙袋から出した数々のパンを見て首を傾げる神崎さん。


「まあ、好きといえば好きだけど、いつも行く店の人がいっぱい入れてくれるんだよ」


 直線距離にして20キロ先にある店で、毎朝の散歩の折り返し地点でもある。


「うちの人は作ってくれないの?」


「作ってくれないことはないよ。ただぼくの朝は早いから遠慮してるんだ」


 ぼくの起床はいつも4時。朝用の散歩着に着替え、かん太と軽い訓練。おばさんが起きてくる前に戻り、すみれちゃんが用意してくれた服に着替えて今起きてきましたって感じで牛乳を飲み6時前に家を出ているので作ってくれとはいえないんだよ。まあ、いったら作ってくれるおばさんだけど、さすがにそれはいえない。いくらぼくでも非常識なことしてるってぐらいわかるからね。


「本当ならこんなにいらないんだけど、ここの店長さんがそれじゃダメだからっていっぱい用意してくれるんだ」


 食は元気。今日を生きる力。しっかり食べてしっかり生きる、ってのが創業者の理念なんだってさ。


「そうだ、これ食べてみてよ」


 蜂蜜パンを神崎さんに差し出した。


「え、いいの?」


「どうぞどうぞ。このライ麦パン以外はオマケだからさ」


 その理念には賛成だが、テーブルいっぱいの朝食を食べないと開放してくれないのは止めて欲しいよ。朝食だけで今日を生きられるのに昼食までしっかり食べてたら太っちゃうよ。


 ……まったく、この体を維持するの大変なんだからね……


「じゃあ、遠慮なく……」


 受け取った蜂蜜パンを一口かじると、神崎さんの動きが止まった。


「……おいしい……」


 ごくりと飲み込んだあと、ぼくを見てそういった。


「ど、どうしてこんなに美味しいの? パンの概念を超えてるよ……」


「まあ、ちょっと特殊な環境で栽培されてれるからね、味も特殊になっちゃうんだ」


 山の生き物や山でなる植物を狩って生きてきたぼくの舌と体は農薬が染み込んだものや有害物質が含んだものに極端に弱い。


 量が多く含まれているなら勘でわかるのだが、微量ではまったくわからない。何度それで吐いたり倒れたりしたか。あの"森"を受け継いでなかったらぼくはとっくに死んでいるところだ。


「……こんなパンなら大金出しても食べたいわ……」


「だったらこれも食べなよ。ぼくはこれ1つあれば十分だしね」


「で、でも……」


「遠慮しないで。ぼくが好みなのはこのライ麦パンだからさ」


 あの店で作るものはなんでも美味しいし、ぼくの口に合うものばかりだが、基本、ぼくの好みは素材そのまま味……というか薄味が好み。濃いのや激辛とかは苦手なんだよね。


「じゃあ、あたしの食べてよ。これ食べたら残しちゃうし、残すとうるさいんだ」


 小さな弁当箱を差し出した。


「それこそいいの?」


「いいのいいの。気にせず食べて」


 こちらからあげた以上こちらももらうのが礼儀というもの。感謝して受け取った。


 なんとも可愛らしい包みを解くと、これまた可愛らしい弁当箱が出てきた。


「……な、なんというか、神崎さんには不似合いな弁当だね……」


「そういわれたの初めて」


 目を大きくして驚いていた。


「あ、別に悪口じゃないよ! 神崎さんを見てるとなんかこう、さばさばしているというかはきはきしているというか、上手くいえないけど、わんぱく少年って感じが……って、全然フォローになってないじゃないか……」


 ……ううっ、どうすればいいのすみれちゃん……


「ううん。とっても嬉しいな。あたしのことちゃんと見ててくれたんだもん!」


 なぜか瞳をうるうるさせなかまら嬉しそうに笑った。


 なんともくすぐったい視線に耐えきれず、口をモゴモゴさせながら弁当に逃げた。


 まだくる神崎さんの視線に耐えながら弁当の蓋を開けると、とんでもない光景が現れた。


 ……な、なんだ、この弁当の領域を飛び出した芸術作品は……?


 鶏肉と玉子のそぼろでひよこが描かれ、アスパラをベーコンで巻いたものやミニハンバーグにきゅうりと人参とセロリをなにか薄いもので包んだものが色鮮やかに配置され、ミニトマトとサクランボには元気や愛という文字が刻まれていた。


「……ここまで気合いの入った弁当を見たのは生まれて初めてだよ……」


「まったく、お昼のお弁当なんだから簡単でいいのに、おとうさんったら少しも妥協しないんだから参っちゃうよ」


「おとうさんって料理人?」


「え? あ、ううん! えっとその、なんというか、アハハ───」


 なにやら明後日を見ながら笑い出した。


 まあ、人それぞれ。いろんな家族がある。問い詰めるのもなんなので軽く流しておきましょう。







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