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その五

 ぼくが教室に入るのはいつもギリギリ。担任の先生が入ってくる1分前くらいだ。


 感覚を閉じる訓練で良くはなったけど、どうも朝の教室というのは邪気が渦巻いてて気持ちが悪いんだよね。


 いつものように深呼吸を繰返し、邪気が渦巻く教室へと入った。


 このクラスに友達と呼べる者はいないので誰に声をかけられることなく自分の席へと突き落とす進んだ。


「おはよう、夕太郎くん」


 席につくといつものように神崎さんが挨拶してきた。


「お、おはよう」


 いつもならそれで終わり前を向くのだが、今日はぼくから目と気配を離さなかった。


 人の視線を避けて生きてきたから人の視線は好きではない。ましてや意識されるなどナイフで刺されるかのように痛い。なのに、神崎さんの視線は違った。まるで微風が当たるかのように心地好かった。


 ……もしこれを意図的にやってたら凄いことだぞ……


「ねえ、夕太郎くん」


「え、あ、なっ、なに?」


 自分でもわかるくらいに緊張してるよ、ぼくったら。


「いつもお昼はどこで食べてるの?」


「え、あ、お昼? えーと、昼はだいたい屋上かな。たまに空手部の男子室で食べるときもあるかな」


「1人で?」


「う、うん。雨のときは部室で友達と食べるけど」


「今日、約束とかしてる?」


「ううん。してないよ」


「じゃあ、今日は一緒に食べよう」


「いいけど……確か神崎さんって友達と食べてなかった?」


 屋上や中庭で友達と一緒に食べてるところを何度か見たよ。


「うん、いつもはね。でも、今日は夕太郎くんと一緒に食べたいからこっちが優先」


 頬を赤くして微笑んだ瞬間、頭の中で誰かが微笑み、直ぐに消えてしまった。


 ……な、なんだ、今の……?


「どうかした?」


「あ、いや、なんでもない。お昼ね。うん。一緒に食べよう!」


 不思議そうに見てるが、担任の先生がきたので前を向いてくれた。


 全身から力が抜け、机に突っ伏せた。


 ……つ、疲れた……


 すみれちゃんからは自然でいろといわれたのに、最初から構えちゃってるよ。


 頭を上げ神崎さんを視界の隅に入れる。


 これまで女の人の顔を綺麗とか醜いとか区別……というか判別するくらいにしか見てなかった。ましてや好みかなんて意識したことすらない。


 すみれちゃんからは自分を基準にするなといわれたけど、ぼくの基準はやっぱりすみれちゃんだ。すみれちゃんが1番であり1番綺麗だと思っている。


 だが今、その基準が揺れていた。


 神崎さんの横顔を綺麗と感じ、その顔から目が離せないでいた。


 ……なんだか顔が熱いぞ……


 よくわからない胸の高まりと厚着でもしているかのような発熱。そして、よくわからない恥ずかしさに襲われ、必死に抵抗していたらいつの間にか4時限目が終わろうとしていた。


 机の上にある歴史のノートを見ればちゃんと書かれていたし、前の数学のノートを見てもちゃんと書かれてあった。


 我ながらなんて器用なと感心していたら終業のチャイムが鳴ってしまった。


 先生が教材を片付けて教室を出て行き、クラスの皆は机を移動させたり学食に向かったりと、それぞれのお昼を開始した。


 この青海学園、人とのふれあいをモットーにしているらしく、学食や中庭や屋上が開放され、お昼休み80分と長い。だから生徒は思い思いの場所で、好きな者同士で楽しくお昼を過ごしている。


 ……まあ、そうじゃない人もいるけど、それも自由でありその人の楽しみ方だ……


 改めて教室を眺めていると、神崎さんが友達としゃべっている光景が目に入った。


 ぼくに気がついた神崎さんはおしゃべりを中断してこちらへとやってきた。


「ごめんね、待たせちゃって」


 そう謝る後ろでクラスの女子が不思議そうにぼくを見ている。


 感覚を閉じているので視線に込められた感情はわからないが、どうせいい感情ではないだろう。


 ……なんでこんなのと? って感じだろよ……


「ううん。それでどこで食べようか?」


「どうせなら2人っきりで食べたいから、静かな場所がいいかな? 中庭は1番人が多いし、スカイカフェも……多いか。どこがいいかな? あ、夕太郎くんのおススメって、ある?」


 ……ぼくのおススメ、ね……?


 この青海学園って結構広くて建物が多く、ゆったりできる場所がいたるところにある。とはいえ、それはぼくの基準でのこと。一般生徒がのんびりできるところとなると、やっぱり一般的なところしか思い浮かばない。どこがいいかな……。


「……ん~。やっぱり青空庭園になるかな……?」


 今日の神崎さんはズボンだし2人っきりっていうならあそこが1番だろう。


「青空庭園? うちにそんなところってあったっけ?」


「いや、ぼくが勝手に呼んでる場所だよ」


 机にかけたカバンを取り、神崎さんを促して教室を出た。


 と、廊下にいた生徒ら───主に女子がぼくたちに視線を向けてきた。


「なにっ!?」


 感覚を閉じていなければ一発で気絶する視線だぞ!


「皆、夕太郎くんに驚いてるんだよ。『こんなカッコ人いたっけ?』って」


 カッコいい? 誰が? 


 そんな思いを込めて神崎さんを見た。


「フフ。皆見る目ないよね。夕太郎くんのカッコよさに気がつかないんだから」


「そんなこと初めていわれた」


 あ、いや、すみれちゃんや知り合いには何度もいわれた。けど、それは従姉の贔屓目。知り合いのお世辞だ。神崎さんがいうような意味ではないはずだ。


「そうなの? 夕太郎くん、スタイルも鍛えられていい感じだし、服のセンスも抜群じゃない」


 まーね。いつも動いているから太ってはいないし、服(青海学園は私服登校です)はすみれちゃんが選んでくれるから悪くはないと思う。だから誉められるようなことではないんだけどな……。


「……そういわれるの、嫌?」


「別に嫌って気持ちもないよ。元々自分の格好に興味がないからね」


 自分が変なのは小さい頃から知っているし、何度もいわれてきた。今更なにを、である。


「あ、でも、目立つのは嫌だな~」


 こんな無防備な姿をさらしていたらストレスで胃に穴が開いちゃうよ。


「ふふっ」


「え、なに?」


 なにやら嬉しそうに笑う神崎さん。なにか笑われるようなこといった?


「ううん。なんでもなぁ~い」


 なんでもなぁ~い顔ではないのだが、女の子は謎の生き物。追求したところで教えてはくれないし理解もできない。軽く流しておくのが正しい対応である。


 多分……。




「大講堂?」


 うんと答えて中へと入る。


 この大講堂は生徒の憩いの場ともなっているため、談話室やら娯楽施設やらがあり、多くの生徒が利用している。


 2階にあがりバルコニーに出る。


 ここも憩いの場になっているのでベンチやらテーブルが置かれ、ここをお気に入りにしている生徒も少なくはなかった。


「へ~! 眺めいいんだね!」


 2階とはいえ高さ的には3階建てぐらいのところで、周りに高い建物がないから眺めがいいんだよね。


「初めてだった?」


「うん、初めて」


 手すりから身を乗りだして広がる風景に感動していた。


「ここが青空庭園っていうのも頷けるね」


「あ、ここは青空展望台で青空庭園はこっちだよ」


 そういって人気のない北側へと移動する。


「もしかして青空庭園って、屋根の上?」


「うん」


「でも、上がれないよ?」


 屋根へと昇る梯子のカバーを見ていった。


 人の昇降を禁じたものだが、ぼくの前ではないに等しいものだ。


「大丈夫。ぼくが持ち上げるから」


 いって手を組み、神崎さんの足が上がれるくらいまで腰を下げた。


「で、でも、そんなことしたら手が汚れちゃうよ。それな、あたし、重いし……」


「靴で踏まれたくらいで汚れたとはいわないし、神崎さんくらいなら軽いうちに入るよ」


「……だけど……」


 それでも躊躇する神崎さん。


 嫌がるのを無理にするのは好きじゃないけど、ここはあえて無理やりやらせてもらいます。


「ごめんね」


「───っ!?」


 神崎さんを救い上げ、手すりへと向いた。


「ゆ、夕太郎くん?」


「口は閉じててね───」


 手すりへと向けて駆け出した。


 いつものように手すりへとジャンプ。大きく蹴り上げ梯子へと跳び移り、また大きく蹴って屋根へと着地。目を大きくして驚く神崎さんを下ろした。


 自分を偽るのにも慣れたし、隠しながら付き合うこともできる。普通(?)の高校生として普通(?)の交際が続くだろう。しかし、そんな偽りだらけの交際しても意味はない。楽しくもない。なにより神崎さんに失礼だ。怖がれようが嫌われようが本当のぼくを見せない限り、ぼくは神崎さんと付き合う資格はない。


「……すっ」


 なにやら体を縮ませ、両拳を握り締めた神崎さんが呟いた。


「すっごぉーいっ!! 凄い凄い凄い、すっごぉーいっ!!」


 と、両腕を振り回して歓喜した。


 思ってもいない展開に、ぼくのほうが戸惑ってしまった。


「……あ、いや、その、怖く、ないの……?」


「え? 全然怖くないよ。あたし、ジェットコースターとか、絶叫系大好きだもん」


 やった感想ではなく、やったぼくに対しての感想を求めたんだけど……。


「もー最高! 今度またやってねっ!」


「あ、うん。怖くないのなら……」


「やったぁー! 約束だからね! 絶対だからね!」


 子供のように喜ぶ神崎さんになにもいえず、ただ頷くことしかできなかった。


 ……この娘、なんか手強いぞ……



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