その四
忍くんと睦月くんはお気に入りです。
違う作品で不幸にしてしまったのでちょっとだけ幸せにしてみました。
~聖魔戦隊ベルフェルン~
いつか投稿します。
多分……
第二章 彼女とお昼
「うわぁああああんっ! 太陽なんて大嫌いだぁあぁぁっ!」
遠くから冗談みたいな叫びが聞こえてきた。
……この叫びも3回までは悲痛に聞こえたけど、慣れると微笑ましく感じるんだから不思議だよな……
そんなことを思いながらゆっくりと振り返った。
やがて泣け叫びながら器用にローラーブレードを滑らした男がやってきた。
彼の名は、風間忍。ぼくが友達と呼べる2人のうちの片割れだ。
忍と会ったのは高校入試のときだが、友達になったのはその夜のこと。いつものように散歩に出ると、今日みたいに泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
ときは真夜中。場所は川沿いのサイクリングロード。そこを全力で、しかも泣きじゃくる光景というのはなかなか興味を引くものがあった。
好奇心が求めるままに追ったぼくは、こともあろうに見失ってしまったのだ。
住宅地に入り、ちょっと視界から外れただけなのに、忍の姿はどこにもなく、気配まで完全に消えていた。
得意分野で負かされた屈辱。都会の奴に撒かれたという衝撃。思わず眠らせていた力を目覚めてしまったほどだ。
だが、目覚めた力を使っても忍を見つけることができなかった。
諦めて帰ろうとしたら近くで女の人の悲鳴が上がった。
急いで駆けつけると、突然、目の前に人が現れた。
視界の隅には倒れてる女の人。瞬時に『ひったくり』という言葉が浮かび、続いて蹴りが出ていた。
本気の一撃だった。必殺といってもいい蹴りを忍は避けてしまったのだ。
あのときは本当に驚いた。ぼくの人生の中で4番目に位置づけしたくらいだったよ。
避けただけでも驚きなのに、忍ときたら直ぐに反撃してきた。
食らったらぼくでも態勢を崩してしまいそうな一撃を交わし距離を取るが、忍の踏み込みといったら疾風そのもの。一撃は雷そのもの。油断していたら確実に膝を地面につけていたことだろう。
時間にしたら5秒も経ってはいないだろう。なのに、その疲労といったら野犬の群れと戦ったとき以上だった。
忍も自分の攻撃を交わされたことに驚いていた。
「ひったくりか?」
「ひったくりか?」
しばしの沈黙ののち同じセリフが放たれた。
また沈黙に陥ったが、そのセリフに違うと判断してぼくは忍に顔を見せた。
なぜか忍はぼくを知っていて誤解は直ぐに解けた。
その後、事情は明日ということで、ぼくはひったくり犯を。忍は警察に連絡と決めてその場で別れた。
それから忍と話すようになり、今では一緒に登校する仲になっていた。
「うわぁああああんっ!」
こーゆーときの忍は周りが見えない。ぼくに気がつくことなく通り過ぎて行ってしまった。
やれやれと肩を竦め、ぼくの横を通り過ぎようとする自転車の荷台に跳び乗った。
「で、今日はなんなの?」
忍の親友でぼくのもう1人の友達に尋ねた。
彼の名は、長津睦月。直情の忍とは正反対の性格で、何事にも沈着冷静で滅多なことでは感情を表には出さない。でも、だからといって薄情なヤツではない。彼女からの信頼は絶大だし、優しい笑顔だって見せる。一言でいうなら父親のような男だ。
「ん~。真砂美ちゃんと加奈美ちゃんの会話からして風呂場でコケて裸を見られたらしいよ」
その2人は忍の双子の妹で、おにいちゃん大好きっ子たちだ。
「ふ~ん。風呂場でコケたのか。そりゃ恥ずかしいな」
「いや、忍としてはそこを問題にしたい訳じゃないと思うな」
「じゃあ、なにを問題にしたいの?」
「2人に裸を見られたというところを問題にしたいんだよ」
「妹に裸を見られると泣くの?」
その逆で泣かれたというならまだ理解できるが、妹に見られて泣くという心情が理解できなかった。
「恋人が欲しいと叫ぶクセに根は純真ときてる。まったく、世間からすれば羨ましい環境にいるクセにな?」
そう同意を求められても困る。
まあ、ぼくにも可愛い従妹がいるから睦月のいいたいこともわからないではない。
さくらちゃんがなついてくれれば嬉しいし、笑ってくれたら心が温かくなるからね。
……もっとも、そうしてくれたのは昔のコトだけどね……
「いつも思うんだけど、忍ってなにが不満なの?」
真砂美ちゃんと加奈美ちゃんのがんばりときたらぼくですら感激するくらいだ。
大好きなおにいちゃんのために好みの女性になろうと努力するし、おにいちゃんの好きな料理があれば徹夜してでも会得しようとする。妹から嫌われてる兄からしたら刺されても文句がいえないくらい恵まれた環境だと思うんだけどな~。
「全てだよ、こん畜生がっ!」
前を走っていた忍が振り返り、力の限り叫んだ。
ここから忍の家まで約7キロ。ローラーブレードを使用しているとはいえ、一般人の感覚でいったら決して近い距離ではない。なのに、泣け叫びながら全力できたにも関わらずこれだけ叫べるんだから異常だよ。
「……忍って本当に人間……?」
「人間だよっ! 青少年だよっ! ただの男だ、こん畜生どもっ!」
地を蹴りながら怒る忍くん。
「……忍って、難しいよね……」
「そういう年頃なんだ、温かい気持ちで受け入れてやろうじゃないか」
「うがぁーっ! おれか? おれなのか? おれが変なのかっ!? 神はそんなにおれが憎いのかぁぁぁっ!」
そんな忍をぼくたちは温かく、そして優しい目で包んであげた。
「なあ、睦月」
とりあえず忍の怒りは横に置いて睦月に話しかけた。
「うん?」
「彼女がいるってどんな感じ?」
「そりゃお前、天にも昇るほどサイコーさ。毎日一緒に登校して、お昼は屋上で2人っきりのお弁当タイム。帰りもやっぱり2人で下校。その別れ際、誰もいたいことを確認して見詰め合うんだ。どちらも頬を赤くしながら口と口が近づき、キスなんていえない初々しい口づけ。かぁ~っ! はずかちぃ~っ!」
ぼくの問いになぜか忍が答え、激しく恥ずかしがっていた。
……なぜだろう。その姿が余りにも可哀想過ぎて直視できなかった……
「まあ、アホな男の悲しい妄想は受け流して、だ───」
「───流すなよっ! おれだってアホな妄想だってことはわかってるさっ! いってて悲しいよっ! でもな、毎日本能と戦いながら清い兄妹を貫くには妄想に助けを求めないとやってらんねーんだよっ! そんな不幸なおれの心を理解しやがれッ!」
必死なのはわかる。切実なのもわかる。でも、共感できないんだよね、忍の主張って……。
付き合いの長い睦月も同じらしく、肩を竦めて受け流した。
「しかし、夕太郎がそんなこというなんて珍しいな。なにかあったのか?」
「ううっ。神さま、どうかおれに理解ある友を授けてください……」
さめざめと泣く忍を視界から追い出し、睦月へと集中する。
「昨日告白されたんだ」
「なにぃいぃぃっ!? 誰だよ、その物好きなヤツはっ!?」
激しい男は無視。構ってたら話が進まないよ。
「神崎桃さん」
騒いでいた忍がピタリと黙り、睦月の気配が固くなった。
「……神崎って、お前のクラスの神崎か…?」
「え、うん。そうだけど……知ってるの?」
沈黙する2人を交互に見ながら尋ねた。
「ま、まあ、同じ中学だったからな」
「へ~。そうだったんだ。それはいいこと聞いたよ。話題が1つできたよ」
それでどんな子だったのと聞こうとしたら、2人の気配が異様なほど沈んでいた。
「どうしたのさ?」
なにやら難しそうな視線を飛ばし合うお2人さん。だからなんなのさ?
「……なあ、夕太郎」
「うん?」
「ちょっと踏み込んだことを聞くが、いいか?」
あらたまっていう睦月に首を傾げたが、まあ、この2人なら構わないと頷いて見せた。
「それで、返事はなんて?」
「うんっていっちゃった」
「どうしてだ?」
どうしてといわれても困る。
そんなのぼくのほうが聞きたいよ。今でさえ夢なのかも───いや、夢であってくれと現実逃避してるんだからさ。
「……まあ、神崎の迫力に負けたんだろう」
ぼくが沈黙していると、忍が代わりに答えてくれた。
「あいつ、見た目はおとなしそうだが、根は直情だからな。思い立ったら猪のごとく突き進むからな」
「確かに。神崎の見た目に騙されるバカは多いな。で、お前から見た神崎ってどんな風に見えたんだ?」
「狼の力を秘めた兎かな?」
よく『動物占い?』とかいわれるけど、ぼくの人物鑑定論だとそういう表現になってしまうのだ。
ちなみに忍は鋼の心臓と意志を持った狼。睦月は鷹の翼と爪を持った梟に見えます。
「見た目は可愛らしい兎だけど、その中身は賢い狼だ。不覚にも昨日まで気がつかなかったけど、神崎さんの"眼"と"勘"は異常なほど優れている。気配を殺す術を持っていた。そんな子が1ヶ月も横にいたんだからびっくりだよ」
……もう狙った獲物に狙われていたってくらい
驚きだよ……
「意外というかなんというか、判断に苦しむな」
「おれはらしいと見る、あの性格では」
「……できればわかるように説明してくれない……?」
そっちは神崎さんを知ってるかもしれないけど、こっちは全然っていっていいほど神崎さんを知らないんだからさ~。
「お前、コクられるまで神崎をどう見てた?」
「恥ずかしながらいいトコのお嬢さんかと思ってた」
「そう見えるのは意図的にやってたからさ」
「そうなの?」
「なんでそんなことしてるかは知らないが、そんなことしてるから女性に理想……というか、願望を持っている男から何十回と告白されるんだよ」
いって忍を見る睦月くん。
「……おれのは切望だ、こん畜生が……」
睦月の視線に耐えられない忍がしくしくと泣いた。
「で、そんな見た目に騙される男どもをばっさり斬り捨てる神崎が告白したと聞けば意外と思えるし、納得とも思える訳さ」
ちっともわからないよ。
「でもまあ、見る目はあるな」
復活した忍が会話に入ってきた。
……いつもながら立ち直りが早い男だよ……
「それが良いか悪いかは別だけどな」
「夕太郎なら大丈夫だろう。あいつと同じで見た目はいいが、中身は誇り高き獣。狂犬どもに囲まれても敗けはしないさ」
「さすが誇り高き獣。言葉が───」
言葉途中で忍の蹴りが睦月へと放たれた。
忍も忍なら睦月も睦月。本当に人間かと問いたくなるくらいの蹴りを余裕で避け、凄まじいスピードで逃げて行った。
「……まったく、あの2人はだよ……」