その三十
「さて。そろそろ狩りを再開しようか」
いっぱい食べていっぱい休んだ。体力は満タン。気力も満タン。今なら恐竜でも狩れる自信があるね。
「うん!」
ぼくは子猪の残骸を処分し、神崎さんは火の始末に取りかかった。
「ねえ、夕太郎くん。なにか作戦はあるの?」
「作戦? いや、これといってないけど?」
「それじゃダメなんじゃない?」
「それはそうなんだけど、あいつの賢さといったら人間以上。その持久力といったらぼく並。なんとかがんばって近づける距離が50メートルなんだよ」
あいつはぼくと戦えば負けると悟っている。だから逃げるという柔軟な思考があるから厄介なんだ。
「今度も上手く行くとは限らないけど、それでも50メートルまで近づく。そしたら弓か銃で仕留める。って、思ってたんだけど……なにかまずいかな?」
「夕太郎くんがそういうならまずくはないと思うけど、なりふり構わず狩るのは止めたほうがいいと思う」
「どういうこと?」
「あの獣のせいで世間は大騒ぎ。テレビでは特番を組んで獣の行方を追ってるし、警察も昼夜を問わず山狩りしているわ」
「そりゃそうだろうね」
ぼくにとったらよくあることでも人間界では特別な事件。飛行機が落ちるより騒ぎになることぐらいぼくでも想像できるよ。
「あの獣はあたしたちで狩る。それはいいわ。けど、それを世間は知らない。知らないから山狩りを続けるし、テレビは騒ぎ続ける。やがて、死んだ獣が発見される。銃か矢で死んだ獣を、ね」
なにかを含んでいるようだが、ぼくにはよくわからない。どういうこと?
「矢は市販されたものじゃない。弾丸はこの国では手に入らないものである。いったい誰が? それは当然の疑問。やがてマスコミは謎のヒーローに辿り着く。鉄橋に人を吊るせる人物ならあの獣を倒しても不思議ではない。そこに根拠はない。想像でしかない。でも、それで十分。世間の目を謎のヒーローに向けさせるにはね……」
以前、マスコミに追われた記憶が蘇った。
犯罪者を鉄橋に吊るす謎のヒーローに注目したマスコミ各社が、街のいたるところに陣取り、ぼくの夜の散歩を妨げたことがあったのだ。
まあ、その程度で見つかるぼくではないが、敵は高性能カメラやら暗視カメラ、赤外線探知カメラまでしかけ、ぼくの通りそうなところに網を張った。それらに見つからず掻い潜るのはさすがに気をつかう。もう疲れるし思いっきり動けないしで、高千寺でストレス発散したものさ。
「少々の傷はいいとして、矢や弾丸で殺すのはダメ。殺すなら打撲。それも警察が見ても不自然じゃない怪我でね」
「……絶対に無理だよ……」
殴り合いならそれも可能だけど、それを可能にする方法などぼくには思いつかないよ……。
「あたしに考えがあるんだけど、いかな?」
「いいも悪いもあるんなら聞かせてよ」
「じゃあ、あたしの考えはこうよ。まずジャガーとあの獣を分断し、あたしがジャガーを狩る間、夕太郎くんがあの獣を近づけさせないようにして。あたしの腕ではジャガーが精一杯だから」
「あ、いや、それはいいけど、銃で殺すのは不味いんじゃなかったの?」
「世間が注目してるのはあの獣。あの獣さえ捕獲なり殺すなりすれは世間は納得するわ。ジャガーは弾丸を取り出し川に浸けて不敗させ猟友会に見つけてもらえばいいわ」
「理想といえば理想だけど、その方法は?」
「この辺で3方を山に囲まれた場所か左右を断崖に挟まれた場所はないかな?」
「ここから40キロ南に左右を断崖に挟まれた渓谷があるけど」
「じゃあ、そこに追い込み猟友会の人たちに射殺してもらいましょう」
「……そんな都合のいい猟友会をどこから連れてくるの?」
あの魔獣を前にして果敢に挑めるものはそうはいないよ。
「大丈夫。うちのお客さんには"話のわかる人"がいるから」
なんとも無邪気に笑う神崎さん。怖いよ、その笑顔。
「あ、でも、あの獣の居場所がわからないとダメか……」
「それは大丈夫。あの魔獣の足跡は直ぐに見つけられるし、臭いも覚えている。どちらかわかれば簡単に追いつけるさ」
「さすがママの包囲網に抵抗するだけあるわ」
……やっぱり、眼帯おばさんが指揮してたんだな……
「ま、まあ、その方法でいいとして、どうやって連絡するの?」
「これでよ」
と、腰のポーチから携帯電話……にしてはやや大きいものを取り出した。
「衛星電話。これなら山の中からでも連絡できるわ」
……用意周到だね、ほんと……
ピッポッパとダイヤルを押し、どこかへと繋いだ。
「あ、おとうさん。うん、大丈夫。元気だよ。ほんとだって。大丈夫。まだあの獣とは遭遇してないわ。それでね───」
と、数十分かけて狩る方法を説明し、その倍をかけて頬傷おじさんを宥めて通話を切った。
「まったく、いい加減子離れして欲しいものだわ!」
「娘も大変だね」
「ほんと、おねえちゃんか妹がいればよかったのにな~~」
……それはそれで娘思いが倍になると思うな……
「用意はいい?」
「うん。いつでもいいよ」
「じゃあ、乗って」
神崎さんに背を見せる。
「え? あ、夕太郎くん?」
「ぼくの背に乗って」
「あ、えっと、あの、ど、どーゆーこと?」
「神崎さんの脚であの魔獣に追いつこうとしたら1週間はかかっちゃう。近くまでぼくが連れて行くよ」
べつに足手まといという訳ではない。これは狩るものの誇りの問題なのだ。
神崎さんがいなければ大変なことになってたし、狩れるかどうかわからなかった。それが神崎さんのお陰で方法が示され、その準備まで神崎さん頼り。これではどっちが協力してるかわからないよ。誇りが大切なら人1倍働け、だ。
「ほら、早く」
「う、うん……」
不承不承ながらもぼくの背に乗った。
「重くない?」
「全然。いい重さだよ」
これは気をつかっている訳ではない。本当にしっくりくる重さなのだ。
……思えば誰かを背に乗せるなんてさくらちゃん以来だな……
小さなぼくが人を、まあ、女の人を運ぶときはお姫さまダッコだった。背負うと、ぼくの走りに脅え、怖さの余り首を絞めてくるからだ。なので唯一耐えたさくらちゃんと……あん? え? なんだ? ぼく、今なにをいおうとした……?
「───夕太郎くん?」
「あ、ごめん。なんでもないよ」
いかんいかん。集中しろ、バカ夕太郎!
左腕で神崎さんを支え、右脚のポケットからワイヤーソードを取り出した。
「なにそれ?」
「これで生い茂る小枝を切り払うんだよ。でないと、神崎さんが傷だらけになるからね」
すれれちゃんによると、女の人の肌は傷つけてはダメらしいから。
「じゃあ、行くよ」
いって山へと駆け出した。
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