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その三

 夕食の後、部屋に戻ったぼくは、ちょっと勉強をしてから"夜の散歩"へ出かけるための準備を始めた。


 知り合いが作った夜間用の"散歩着"に着替え、7つ道具が入ったバックを背負った。


 山を散歩するならもっと軽くていいんだが、街では人が多く闇がすくなく機械の目があちらこちらにある。これらに邪魔されることなく散歩を楽しもうと思ったらそれなりの準備が必要なのだ。


 ……まあ、そんなところを好んで行っちゃうぼくなんですけどね……


 部屋の電気を消し、待つこと10数分。窓から外へと出た。


 芝生の庭に音もなく着地し、庭先にある犬小屋へと向かった。


「カン太」


 おじさんが作った丸太小屋風の犬小屋に呼びかけると、中から朝霧家の"ペット"が出てきた。


 正式名はアルテミスといい、血統書つきのオスのシェパードだが、ぼく的には西洋風の名前は好きじゃないので和名に変えて呼んでいるのだ。


 ……名づけ親であり飼い主でもあるさくらちゃんには秘密だけどね……


 かん太は、ぼくがここにくる1年前から飼われ、普通のペットとして生きていた。


 ぼくの基準でいうと犬という生き物は賢く、意志の強いものだと思っていた。だが、かん太も含めて都会の犬のなんてバカなことか。本当に同じ生物かとがく然としたものだ。


 それでもしばらくは飼い主のさくらちゃんに遠慮していたが、どうにもこうにも我慢できずに内緒で鍛え始めたのだ。


 それから1年。この界隈でかん太に敵うものはいず、ぼくの意思を読み取れるまで成長したのだ。


 凛々しくなったかん太の鼻先へと手を突き出した。


 この黒づくめを1番見てきたのはかん太だが、いつもの姿を真似て忍び込むやからがいないとは限らない。そんな万が一のときのために確認を怠らないようにしてるのだ。


 ぼくであること確認したかん太は、首輪に繋がる鎖を外しやすいように首をこちらへと向けた。


「────────」


 鎖を外し、では行くかと目で合図した瞬間、窓が開く音が耳に届いた。


 窓が完全に開かれる前にかん太は犬小屋に。ぼくは樹齢17年の楓の木の後ろへ跳んだ。


 あの音はベランダへと出る窓のもの。出てきたのはすみれちゃんの気配だ。


 楓の木からそっと顔を出して見ると、なにか上の空といった感じで夜空を見上げていた。


 その表情は何度か見たことある。でも、その表情をする理由をぼくは知らなかった。


 たぶん、聞けば教えてくれるだろうし、心配させてゴメンねと、いつものすみれちゃんに戻るだろう。だけど、ぼくには聞けなかった。その理由を受け止める勇気がなかったから。だからぼくは見ているだけ。邪魔しないように、邪魔が入らないように……。


 見守っていると、突然、すみれちゃんが苦笑した。


「そう見られていると恥ずかしいんだけどな~」


 その声はぼくにいっているのは直感で理解できた。だが、気配消しには絶対の自信がある。例え楓の木がなくても見つからない自信がある。なのにぼくがここにのがどうしてわかったのっ!?


「ふふ。ゆーくんが毎日散歩してるのも、アルテミスを鍛えているのもわかってるんだから」


 それでも気配を消しながら必死に出るかどうかを考えた。


 バレているならこのまま隠れていても意味はないし、すみれちゃんを無視することなどぼくにはできない。だが、そう素直に出れるほど鍛え抜かれた習慣は弱くはないのだ。


 ……出ろと出るなの命令に体がよじれそうだよ……


「出てきて」


 その言葉に怒りは含まれてはいない。優しさも含まれてはいない。なにげない一言なのに逆らうことを許されないなにかが含まれていた。


 気配を生み、楓の木から出た。


「……どうしてわかったの?」


 逆光で表情はよくわからないが、気配はいつもの優しいすみれちゃんだった。


「もちろん、女のカンよ」


 それはすみれちゃんがよく使う封じ手だった。


 そのときの笑顔など女神も真っ青という慈愛に満ち、何人もの男が虜となった。だがぼくは、このときのすみれちゃんが1番怖かった。すみれちゃんの核心を見るようで反射的に目を反らしてしまうのだ。


「……ごめんなさい。邪魔しちゃって……」


「謝るのはわたしのほうよ。ごめんね、あんなこといって」


「ううん。軽々しく返事をしたぼくが悪い。しかも忘れてたんだから」


 ……正直いって今でも思い出せないけど……


「ゆーくんのそういうところ、わたしは好きよ。でも、もうちょっと軽く受け止めたほうがいいんじゃない。そんなんじゃ疲れるわよ」


「他の人ならそうする。けど、すみれちゃんはべつ。すみれちゃんはぼくの言葉を1度たりとも軽視しなかった。だからぼくもすみれちゃんの言葉は軽視しない」


 と、なぜかがっくりと項垂れた。


 なにやら小声で『参った』と呟き、困った顔でぼくを見た。


「……上がってきて……」


 絶対命令にまたもや体が反応し、少し助走をつけてベランダへとジャンプした。


 現れたぼくを上から下へとゆっくり眺め、クスっと笑った。


「確かに見せられない姿ね」


「やっぱり変?」


「ううん。よく似合ってるわよ、謎のヒーローさん


 悪戯っぽく笑うすみれちゃん。当然のようにバレてました。


「いつからわかってたの?」


 ぼくの問いにヤレヤレと肩を竦めた。


「この世の不思議を1人占めしている子がうちにいるのよ、ロープでグルグルに巻いた人を橋の上から吊るす人がいたなら真っ先にゆーくんが会ってうちに連れてきてるでしょう。でも、ゆーくんは連れてこない。なら謎ヒーローはゆーくんよ」


 確かにそんなおもしろいヤツがいるなら真っ先にぼくが見つけ出している。


「それにしても凄いこと。どこかのスパイが秘密基地にでも忍び込むかのようね」


「都会で目立ただず動きやすいものをっていったらコレが送られてきたんだ」


 さすがぼくと"鬼ごっこ"をするヤツだけあって、ぼくに必要な性能やら機能が満載である。この服と道具のお陰で誰にも見つからず散歩が楽しめている。


「最近は会ってるの?」


「高校に上がってからはメー───」


 寝たと思っていたさくらちゃんの部屋の電気が灯ると同時にベランダを蹴っていた。


 屋根へと上がると腹這いになり、気配を消した。


 窓が開く音が耳に届き、さくらちゃんの気配がベランダへと出てきた。


「……なにしてるの?」


「星を見てたのよ。さくらも一緒に見る?」


「星なんか見てなにが楽しいのよ」


「感受性がない子ね。そんなんじゃいい女になれないわよ」


「ふん! どうせあたしは野蛮ですよ!」


 目で見るよりさくらちゃんの激怒が感じ取れた。


 ……人のこといえないけど、姉妹でこうも性格が違うとはね……


「アルテミス、起きてる?」


 最近、さくらちゃんの就寝時間が不規則になってきたから遅めにしたのにまだ早いのか。朝に変更したほうがいいかな?


「わんっ!」


 主の呼びかけに愛玩犬よろしく吠えるかん太。日頃の訓練があってこそ、です。


 さくらちゃんが部屋へと戻り、窓が閉められカーテンがかけられる。


 念のため時間をおき、ちょっとだけ顔を出して確認する。


 ベランダではすみれちゃんが呆れ果ていた。


 そうなる気持ちは理解できる。ここが山の暮らしと違うことも。けれど、これがぼく。ぼくの生き方。どんなに環境に馴染めてもぼくの習性だけは変わらないのだ。


「ん」


 と、すみれちゃんが両手をぼくに突き出した。


 最初、その意味がわからなかったが、記憶の番人がこれと同じポーズを思い出させてくれた。


 屋根から飛び降り、すみれちゃんをすくい上げた。お姫さまダッコというやつだ。


「やせた?」


 以前より軽くなったような気がするが。


「ゆーくんが大きくなって力が増えただけでしょう」


「……そっか。そうだよね……」


「がっかりすることなの?」


 すみれちゃんの問いには答えず、ベランダから庭へと飛び降りた。


「行くぞ、かん太」


 着地と同時に命令を飛ばし、ブロック塀へとジャンプした。


 10センチほどの塀の上を西に向かって駆け出した。


「……昔はもっと速く走れたのにな……」


 今のぼくと昔のぼくを競争させたらまず間違いなく昔のぼくが勝っている。あの頃なら辰吉たつよしにも勝てたし、ちょっとした山ならものの数分で越えられたものだ。


「……十分過ぎるほど速いと思うけど……」


 ぼくの首に回す腕に力がこもり、体が硬くなった。


「こんなの山を下るより遅いよ」


 まだ全力の半分も出してはいないが、昔しと比べたら歩いているようなもの。走っているとはいわないよ。


「……ここにきたの、後悔してる?」


 ううんと首を振る。


「まあ、山が恋しいと思うときはあるよ。けど、後悔はしてない。ここにはここの楽しみかたがあるし、すみれちゃんたちがいるからね」


 ぼくには人にない力がある。普通ではない環境で育った。普通の人から見ればぼくはバケモノだ。ぼくだって自分が人だとは思えない。


 だけど、すみれちゃんはぼくを人だという。人として見、人として接する。それは山にない温かさ。山では育たない人の心。そして人の優しさだ。


 だからぼくはここにいる。すみれちゃんがいる世界で人として生きてるのだ。


 ……まあ、人になれきれてはいないのが現状なんだけどね……


「まったく、この性格にも困ったものね~」


 なにやらため息をつくすみれちゃん。なんなの?


「いい、ゆーくん。君にはもう彼女がいるの。君を見てくれる人がね。なのにゆーくんが他の女性を見てたら彼女に失礼でしょう」


 そういわれても困る。


 ぼくの中でじーちゃんとすみれちゃんが人としての基準。人としての見本。これが人としてのあるべき姿だと思っている。この2人を抜きにして人を語ることはできない。


「そう難しい顔しないの。ただ、わたしがこういったからとか、わたしがこうしてるとかいっちゃダメ。特に比べるのは禁止。わたしにはわたしの考えがあり彼女には彼女の考えがあるんだから」


「ますますわかんないよ」


 困ったゆーくんねといって考え込んだ。


 しばらく塀の上や屋根の上を駆けたり跳んだりしていると、突然、うんと声を上げた。


「彼女といっぱい話しなさい。いっぱいデートをしなさい。彼女はどんな子で、どんな考えを持っているかを知るの。でもね、知るだけではダメよ。それと同じくらい自分を知ってもらうの。どんなものが好きで、どんな考えを持っているか、包み隠さず彼女に見せるの」


「そんなことしたら一発で嫌われるよ」


 ……嫌われたら嫌われたらでしょうがないけど、進んで嫌われるようなことはしたくないよ……


「まあ、驚くとは思うけど、案外、受け入れてくれると思うよ」


「確かに、神埼さんなら受け入れてそうな感じはするけど、すみれちゃんのよう───って!」


 いきなりデコピンを食らわしてきた。


「いってる先から比べないの」


 厳しい顔で叱ってから、ちょっと悪戯っぽく笑った。


「まあ、確かにわたしのように寛容でいい女はいないでしょうけど、ゆーくんのよさを見つけられる子ならわたしの次くらいにはいい女になるかもよ」


 その8割がた本気に思わず吹き出してしまった。


 うん。すみれちゃんに勝てる人はいないや。






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