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その二十七

「橋の上で男の子に助けてもらってからあたしは自分を鍛え始めた。今度は自分で危機を乗り越えるために、またあの男の子に会うために、あたしは強くなろうと決めた。幸い、あたしにはママとおとうさんがいてくれたから訓練方法は困らなかった。まず体力を強化するために軍隊用の訓練から始まり、格闘術、車輌類の操作、銃の扱い方、爆薬の取り扱いを覚えた。12歳になる頃には大人には負けない力は身につけた。けど、訓練された大人には敵わない。どうしたら強くなれる? どうしたらあの男の子に追いつける? 焦るだけで全然強く成れなかった……」


 当日を思い出したのか、両腕で自分を抱き締めた。


「……どうしても強くなりたいのなら極限を見ることだといわれたあたしは、学校を休んで山に入った。僅かな食糧と僅かな道具だけを持ち、命の限界に挑んだ。でも、山で生きるというのは想像以上に厳しかった。野草の知識もない。狩りの仕方もわからない。魚も釣れない。たった4日で限界がきてしまった。空腹で動けずにいると、そこに野犬の群れが現れた。銃で追い払うけど、野犬の群れは怯まない。群れのリーダーは、異常なほど賢く、手下の犬たちを巧みに操り、徐々にあたしへと迫ってきた。もうダメと覚悟したとき、どこからか矢が飛んできてあたしに襲いかかろうとした野犬を貫いた。辺りに目を走らせると、木の上に奇妙な弓を持った男の子が立っていた。その男の子は次々と野犬たちを射殺して行った。けど、野犬のリーダーは怯まない。矢を巧みに避け、鋭い牙で男の子に襲いかかった。男の子はナイフで応戦し、数秒で野犬のリーダーを倒した。矢を回収した男の子は、あたしの前にきて野犬を1匹置き、にっこり笑って───」


「───いい腕だ」


 そのときの言葉が思わず口から出た。


 覚えてる。野犬はいっぱい見たけど、あの胡桃山の野犬は『魔犬』といってもいいくらい賢く、強敵だった。その魔犬に囲まれながらその女の子は脅えることもせず、果敢に戦っていたのだ。


「……覚えてくれたんだ……」


 それがとても嬉しかったのか、目に涙が浮かんだ。


「ぼくと同じ年齢の子が魔犬と戦っている。あの光景は忘れられないよ」


 銃の腕もさることながらその心の強さといったら賞賛もの。声の1つもかけたくなるさ。


「……目の前の男の子はあのときの男の子だ。そうわかったのに、空腹と疲労で言葉が出なかった。待って。あのときの女の子はあたしよ。助けてくれてありがとう。そういいたいのに言葉が出てくれない。男の子は口をパクパクさせるあたしに不思議な水を飲ましてくれ、どこかへと立ち去ってしまった……」


「…………」


「6年前。3年前。なんの根拠もない。あたしの勝手な思い込みかもしれない。そんなの偶然だと笑われるかもしれない。けど、あたしは信じる。強く思う。あの男の子は3年ごとに現れる。あたしがピンチになると現れる。だから、あたし15になるのを待った。より一層自分を鍛えた。あの男の子と会うために。今度こそあたしだと知ってもらうために!」


「…………」


「……最初、あの男の子がクラスにいることはわからなかった。席替えして隣になってもわからなかった。だって、あの男の子は山にいる。あたしがピンチになると現れるから、そう信じていたから、全然気がつかなかった……」


 一生の不覚とばかりに悔しがり、ぼくから目を離した。


「……横の男の子があの男の子じゃないかと思ったのは、C組の男子に告白されたとき。諦めてくれない男子にどうしようかと悩んでいると、男子の頭にカバンが落ちてきた」


 そういえばそんなことあったな。


 人の恋路を邪魔しちゃいけないけど、どう見ても女の子が嫌がってたから助けろと教わっていたからね、その通りにしたんだよ。隣のよしみもあったしさ。


「直ぐに上を見たけど、屋上には誰もいない。下りてくる気配もない。諦めてカバンを拾うとしたらカバンがなかった。視界から外していたとはいえ、カバンは目の前にあった。誰かきたらわかる距離なのに、全然わからなかった。けど、落ちてきたカバンには見覚えがあった。だって、あのカバンはライト・ダガーの限定もので、この世に100個しかない。そういうものに疎いあたしでも毎日見ていれば嫌でもわかる。カバンは思い出せるのに、隣の男の子の顔が思い出せない。本当に気がつかない自分が憎らしいわ。それだけで異常なのに、あたしに気がつかれずカバンを持ち去るなんてできそうな人なんてあの男の子だけなのに、全然不思議とも思わないんだから……!」


「……そこまで確信してたのならどうしてそのときいわなかったの?」


 その問いに神崎さんは目を逸らし、なんだかいい難そうに手をもじもじさせた。


「……聞こうとしたらあの電話がかかってきて、銃が嫌い、戦争するのは人間のクズだって、だから、いえなかったの……」


 思わず額を叩いてしまった。タイミング悪っ!


「……迷いに迷ったけど、あたしは夕太郎くんが好き。これまでのものを全て捨ててもいいから夕太郎くんの横にいたい……」


 外れていた視線がまたぼくを捕らえた。


「無力な9歳のときとは違う。力が足りずなにもできなかった12歳のときとも違う。夕太郎くんがその脚で逃げるのならバイクで追いかける。それでも逃げるならヘリで追いかける。隠れたら人工衛星を使って見つけ出す。それでも逃げるなら脚を撃てでも止めてみせるっ! あたしは絶対に夕太郎くんを逃がしたりしないんだからっ!」


 その気迫というか、執念といおうか、なんともわからないものに押され、思わずよろけてしまった。


 木につかまりながらなにかいおうとするが、なかなか言葉が出てこない。もう誰か助けてと眼帯おばさんへと視線を飛ばすと、眼帯おばさんがにこやかに笑った。


「こういう女は嫌いかい?」


 嫌いではないと、素直に思う。


 女性は守るものだとすみれちゃんから教わったからそうしているが、別に好みだったり、理想だったりする訳じゃない。ぼくとしては男だろうと女だろうと強いほうが好きだ。けど、ただ強いだけならただ弱いほうがいい。強さに見あった賢さと心の強さがなければ狂犬と同じ。ただの害獣だ。そんなものに興味はないし、近づきたいとも思わない。けど、神崎さんにはある。意志の強さと実行力。それを可能にする賢さがある。それは好ましいものだし、ぜひともお近づきになりたいものである。


 そんなぼくの心を読み取った眼帯おばさんは、とても満足そうに笑った。


「これは経験者としてのアドバイス。ときには捕まるのも大事だよ。でないと、昼夜を問わず、ところ構わず、ノイローゼになるくらい愛を叫ばれるよ」


 ……で、その結果が神崎さんって訳か……


「ああ、そうか。それで健闘を祈るか」


 やれやれ。せっかく応援してくれたのに負けちゃったよ……。


「まったく、とんでもない女の子に好かれちゃったよ」


「そう。とんでもない女の子に好かれちゃったの。大人しく諦めなさいっ!」


 ぼくの呆れに神崎さんは胸を張って断言した。


「……うん。諦めるよ……」


 この気持ちをどう表現していいかわからないけど、でも、この気持ちがとっても心地よい。そう感じる敗北であった。




読んでくださりありがとうございます。

時間の無駄になってなければ幸いです。

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