その二十三
夜の10時過ぎ。ぼくは芝生の上にそっと着地した。
ここは風間家の庭。洗濯ものを干すところだ。
「…………」
気配を殺したまま忍の部屋を見上げると、突然、カーテンが開いた。
カラカラと窓が開かれ、忍の妹で双子ちゃんの片割れ、真砂美ちゃんが顔を出した。
「夕太郎さん?」
真砂美ちゃんの勘の良さは忍の比ではない。どんなに気配を殺しても絶対ぼくの存在を知るのだ。
……まあ、忍の浮気を見抜くために鍛えられたという説が流れてるけどね……
「こんばんは。お邪魔してもいいかな?」
「いいよ。入ってこいよ」
「お邪魔します───」
窓枠へと向けてジャンプした。
靴を脱いで部屋に入ると、やはりというか当然というか、加奈美ちゃんもそこにいた。
「こんばんは、加奈美ちゃん」
「……こ、こんばんは……」
社交的な真砂美ちゃんと違って内向的な加奈美ちゃん。忍の毛布に包まって忍の背後に隠れてしまった。
……加奈美ちゃんは感受性が強いのか、ぼくの本性が見えるみたいなんだよね……
「お邪魔して直ぐに悪いんだけど、服、もらえるかな?」
「好きなのもってけ。どうせお前からもらったものなんだから」
押し入れに入らない服は忍と睦月に引き取ってもらってるのだ。
「じゃあ、あたし、お茶淹れてくるね。加奈美」
「う、うん……」
「ごめんね、団らんの邪魔しちゃって」
「夕太郎さんならいつでも歓迎ですよ」
にっこり笑って部屋を出て行った。
……いつもながらおねえさんって感じだね……
「服、タンスの中?」
「あ、そこの籠のやつでいいよ。予備の7つ道具は押し入れだ。んなことより怪我はいいのか?」
「大丈夫。もう治ったから」
あんな怪我なら3日もあれば十分さ。
「……このケダモンめ……」
「骨折を3週間で完治させたケダモンにいわれたくない」
そんな軽口をいいながら服を脱ぎ、新しい服へと着替えた。
「汚れた服はそこに入れとけ。あとで加奈美が処分するから」
「相変わらず至れり尽くせりだね」
そういうと、なんとも渋い顔になる忍くん。フフ。優しいおにいちゃんは大変だね~~。
「……まあ、なんだ。よかったよ……」
「うん? なにが?」
「あの神崎が泣いてたからな。もっと酷い怪我かと思ったよ」
なんといっていいのかわからない。
「神崎、学校休んでお前を捜してたぞ。高千寺やアリシアや、とにかくお前が行きそうなところは全部回ってるってよ。おれや睦月のとこなんて毎日。それも1時間ごとにかけてくるのはかんべんしてくれだ……」
「……みたいだね……」
「睦月のとこに行ったのか?」
「ちょうど電話がかかってきたところだから声はかけなかった」
そこで言葉がなくなり沈黙してしまった。
いわなければいけないと思っているのだが、なかなか言葉が出てこない。どうしていいかわからず俯いていると、お茶を淹れてきた真砂美ちゃんと加奈美ちゃんが戻ってきた。
勧められたお茶を頂く。
「……桃先輩は、夕太郎さんがどんな姿でも好きなのを止めないよ……」
と、毛布にくるまる加奈美ちゃんが呟いた。
……まったく、この娘は、嫌になるくらい心の中心を突くのが上手だよ……
「加奈美」
「いいんだよ。ぼくが悪いんだから」
「そんな、夕太郎さんが悪いんじゃないよ! 夕太郎さんがやらなければ死人が出てたもの。桃先輩だって危なかったそうじゃないですか」
「真砂美も止めろ。そんなこと夕太郎が1番わかってる。それでもやると決めたのは夕太郎だ。おれたちがどうこういうことじゃない」
「……で、でも、それじゃ桃先輩も夕太郎さんも悲しすぎるよ……」
「それを決めるのは夕太郎と神崎だ。他人が踏み込んでいいことじゃない」
いつもの忍からは想像できないくらい厳しかった。
……ほんと、いつもこの厳しさを出してれば忍って凄いんだけどな……
「神崎さんはいい人間だ。忍や睦月もいい人間だ。真砂美ちゃんも加奈美ちゃんもいい人間だ。どんな姿を見せてもぼくを受け入れる。どんな力を見せてもぼくを人間と見る。本当に最高の人間だ。そんな人たちを"化け物の仲間"にしたらいけない。"化け物の世界"に入れちゃダメなんだ……」
素晴らしい人間は素晴らしい人間と生きるべきだ。その世界は人間のもの。獣の心を持つぼくがいていい世界じゃない。
「……ぼくは山に帰る。獣に戻る。2度と、この世界には踏み入れない……」
すみれちゃんにはいわない。山に戻りたければいつでも戻りなさいといわれてるから。高千寺の皆にもいわない。おじさんやおばさんにもいわない。ぼくを理解してくれるから。でも、忍たちにはいっておきたい。ううん。初めてできた友達にはいいたかったんだ。
「さよなら。そして、ありがとう」
人間の世界で1番嬉しかったのは友達ができたことだ。
「ああ、"健闘を祈ってる"よ」
別れの言葉にしては感情が哀れみが籠ってるし、健闘を祈るってのも変じゃないかと思ったが、まあ、忍流の別れの仕方だと思って流した。
7つ道具を押し入れから出し、窓から外に飛び出した。
───健闘を祈ってる。
のちに、その言葉の意味がよくわかった。ぼくが逆の立場なら忍のような態度をとったことだろう。彼女は本当に"強敵"なんだから……。
読んでくださりありがとうございます。
時間の無駄になってなければ幸いです。
ちなみに忍と双子ちゃんは血が繋がってない設定です。
双子ちゃんはそれを知ってます。
忍は知らない設定です。
夕太郎は血が繋がってないことを見抜いている設定です。
次回投稿する『聖魔戦隊ベルフェルン』もそんな設定です。




