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その二十

やっと山場にきました。



 そのわかりやすい怒気に、ぼくは思わず笑みを溢した。


「なにが可笑しい?」


 背の高い女の子の怒気が更に増したが、ぼくの心は春風が吹いたように爽やかになった。


 ……ほんと、先程の女の子たちときたら背中にナイフを隠してたり、チャックの下に怖いものを隠してたり、もう油断できないのなんのって、特大のスズメバチの巣を突っついたかのようだったよ……。


「あ、ごめん。神崎さんのことが本当に好きなんだな~と思ってさ」


 その怒気に、なんていったら爆発しちゃいそうだしね。


「当然だ! こっちは幼稚園からの付き合いなんだからなっ!」


 お前なんかより何倍も知ってるんだからな、という付記出しがありありと見えてしまい、どうにもこうにも笑いが込み上げてきた。


「……そう、なんだ。神崎さんとは、親友なんだね……」


「タダの親友じゃない! 宇宙で最強の親友だっ!」


 余りにも子供っぽいセリフに噴き出してしまった。


 なにこの子、最高だよ! 可愛い過ぎるよ!!


「……そっ、そんなに可笑しいかっ!」


「ううん。とっても羨ましいよ。そういえる親友がいるんだからね」


 仲間はいる。友達もいる。大切な人や優しくしてくれる人がいる。けど、ぼくの横で、ぼくと一緒に見たり駆けたりする存在はいない。ぼくの見る世界を理解してくれる存在はもういないのだ……。


「お前、ピッチが好きなのか?」


「その問いが男と女の間でいう好きなら答えは『いいえ』だね」


「はぁ? なんだよそれ?」


「神崎さんを人と見るなら好きだよ。でも、女として見たら好きという感情は生まれてこないな」


「───だったらなんで付き合ってんだよっ!?」


「神崎さんがどうしてぼくをすきのになったのが知りたいからさ」


 人間の中で人間として生きてはいるが、基本、ぼくは狩るもの。駆けることが誇りの獣だ。


 そんな獣が自分の領域に入ってこられたら気持ちが悪いし、落ち着かない。ましてや誇り(本能)が許さない。なのに、神崎さんはぼくの領域にはいっきた。


 まるで森の小動物がいつの間にか肩に乗ってるくらい自然で、いつの間にかポケットの中で寝てるくらい害意を感じないのだ。


「神崎さんって意志が強いでしょう?」


「強いってもんじゃない。アレは超合金でできてるぞ」


 さすが親友。わかってらっしゃる。


「自分でいうのもなんだけど、ぼくは普通じゃない。普通の男の感覚がない。小さい頃から山で過ごし、人の世界を拒絶してきた。まあ、がんばって常識や人の心理は学んだし、元々環境適応力は高かったから高校にも入れた。けど、ぼくの心は人になりきれてない。獣のままだ……」


 その心は壁を作る。越えられない溝を生むのだ。


「普通じゃないところを見せたのに、神崎さんはちっとも恐れない。壁を作らない。ぼくの作った溝に橋をかけて渡ってくるんだ」


 そこまでされたら気になるじゃないか。訳を知りたくなるじゃないか。


「ぼくはそれを知り───」


 それを理解するより早く体が反応した。


「なっ、なんだよ、突然立ち上がったりして!?」


 その問いには答えず、後を、山の方向へと振り返った。


 ……なんだ、この臭いは……?


 今一瞬、流れてきた風の中にこれまで嗅いだことのない"獣"の臭いが混ざっていた。


「おいっ! なんなんだよっ!?」


「黙って!」


 気が散るので一喝した。


 山はそれほど高くはなく、人の手で植えられた杉が生い茂っている。とても熊や猪が住む環境ではないし、それを補食する獣が住む場所でもない。仮にいたとして人に飼われた獣もどきかバカな人間に餌付けされた家畜だ。


 反射的にフェンスへと跳び移り、天辺まで登り広場に集まった人々を見回した。


 その中に犬以外の獣といったら桃太郎ぐらいなもの。他は見て取れない。


 その桃太郎もよくきているのか、檻に入ることもなく外を歩き、マスコットのように子供たちと戯れていた。


「───桃太郎っ!」


 ぼくの叫びに桃太郎がこちらを見た。もちろん、そこにいる人たちも。


 取りあえず無視。桃太郎の眼を見た。


「守れっ!」


 それだけいってフェンスから飛び降り、眼帯おばさんの下へ駆け出した。


 なにやら万の兵士を指揮する感じで演台に立つ眼帯おばさんは、駆けてくるぼくを確認すると、腰に差した銃を抜いて空へと向けて1発撃った。


 まあ、眼帯おばさんのことだからなにか意味があるのだろうと納得し、そのままの勢いで演台へとジャンプした。


「───近くに危険な獣がいます」


「数は?」


 さすが眼帯おばさん。動じることもなければ説明も求めない。最初から斥候を放ったかのように冷静だ。


「数は2匹。微かですけど、血の臭いが混ざってました」


「どんな獣かはわかるかい?」


「わかりません。この臭いは初めてなので」


 たった1つの瞼を閉じて考え込む眼帯おばさん。と、四方から火薬の臭いを纏わせる完全武装の男女が現れ、指揮官の瞼が開くまで静かに待っている。


「……そういえば、この近くで子供が行方不明になったっていってたね……」


 なにやら呟くと、瞼を開いてため息をついた。


「しょうがない。今日は終わりにするよ。ラック隊は10メートル間隔で散開。山からの襲撃に備えろ。カレア隊は国道までの安全確保。残りは客の確認と誘導だ。誰1人怪我させるんじゃないよ」


 それぞれが無言で頷き、それぞれの仕事に散って行った。


 ……えーと。あなたたちはどこの軍隊ですか……?


 そう口から出そうになるがなんとか堪えるが、表情まではどうすることもできず、自分でもわかるくらい呆れた目で眼帯おばさんを見ていた。


「……悪いね、こんな母親で……」


 申し訳なさそうに笑う眼帯おばさんにぼくは笑顔で首を振った。


 この人は、ぼくの異常を一目で見抜きながらぼくを拒否しなかった。あるがままのぼくを受け入れ、自分の心を隠すことなく接してくれた。


「いいえ。とっても素敵な母親です。できることならおばさんから生まれたかったです」


 ぼくの言葉にたった1つの目が優しく笑った。


「うちのバカ娘にはもったいないくらいいい男だね」


 と、横から灼熱の炎が迫ってくるのを感じ、慌てて飛び退いた。


 見れば岩でも砕くんじゃないかっていう拳を震わせる頬傷おじさんが激しく燃えていた。


「……きっ、貴様、桃だけではなくキャリーまで……」


 なにやら意味不明なことを呟くと、腰の山刀を抜き放って襲いかかってきた。


 ……ほんと、感情に逆らわない人だ……


「すまないね、そんな父親で」


「いえ、こういう父親も好きですよ」


 一切の情を捨てた斬激を交わしながら答える。


「じゃあ、山を見てきます」


 いって山へと駆け出した。





いつも、かはわかりませんが、貴重な時間を割いてまで読んでくださりありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。




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