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その十六

がんばりました……。

 数分後、ぼくは神崎さんの部屋と思われる場所にいた。


 なぜはっきりしないかというと、ここがあまりにも殺風景だからだ。


 女の子と呼べる年齢の子の部屋などさくらちゃんの部屋くらいしか知らないが、ここはどう見ても15、6の女の子が住む部屋ではなかった。


 まあ、机やパソコン、使い込まれたベッドがあるからして今使用しているのは間違いないのだが、どうにも変な部屋である。


 以前、いや、ごく最近までいろんなものがあった跡が沢山見て取れるのだ。


 壁に貼っていたポスターの跡。壁際にあっただろうタンスの跡。天井からなにかを吊るしていただろう釘。12畳の部屋を埋め尽くすほどの"なにか"があったことを証明していた。


 ……謎が謎を呼ぶ神崎さんだな……


「───お待たせ」


 と、大きなサングラスをかけ、毛糸の帽子を深々とかぶった神崎さんがお盆にオレンジジュースが入ったコップと茶菓子を乗せて戻ってきた。


「どうぞ」


 差しだせれたコップを受け取り、お礼をいって1口飲んだ。


 流れる沈黙。気まずい雰囲気。虎を抱えるように自分の体を隠す行為。どうやら御見舞いにきたのは失敗だったみたいだ……。


「……ごめん。悪いことしちゃったね……」


「え、あ、違うのっ! ただ、突然だったから驚いただけなのっ」


 会話が途切れ、また沈黙が流れた。


 なにかいわなければならないのはわかるが、なにをいったらいいのかわからない。どうすればこの

状況を打破できるのっ!


「……下で、ママとおとうさんに会った……?」


「───え? あっ、う、うん。会ったよ」


 あーびっくりした。


「変だったでしょう?」


 その弱々しい質問に、これまで感じていた疑問がちょっとだけ見えた。


「もしかして、神崎さんを押さえてたものって、両親のこと?」


 ぼくの言葉にやっと顔をあげてくれた。


 その目が先を促しているが、神崎さんを落ち着かせるために話題を変えることにした。


「ねえ、この虎、名前なんていうの?」


「あ、え、あ、桃太郎っていうの」


「なかなか強そうな名前だね。夕日が綺麗だったから夕太郎になったぼくとは大違いだ」


 まあ、名前なんてどうでもいいんだけどね。


「……ほんとはね、それがあたしの名前になってたんだ。ママったら、日本文化を間違って解釈してたみたいで、桃太郎はサムライで、最強の剣士だと思ってたんだって。だから生まれてくる自分の子供につけようとしてたみたい。でも、生まれたのはあたしで、だから桃太郎はなしになるとおとうさんは自分が考えていた名前にするつもりだったらしい。けど、ママは桃太郎を変える気はなくて、いろいろあって、桃になったの……」


 先ほどの光景が蘇り、思わず苦笑してしまった。


 ……あのおばさんの意志を変えるためには相当大変だったことだろよ……


 神崎さんの視線に気がつき慌てて表情を引き締めた。


「ご、ごめん。笑ったりして」


「ううん。いいの。笑われて当然だから」


 ぎゅっと桃太郎を抱き締めた。


「……ちょっとだけ、神崎さんが羨ましい……」


「羨ましい?」


「うん。ぼくの両親は普通だった。自分の見える世界が全てで、見えない世界はウソの世界。子供の空想だと決めつける人たちだった。だから毎日山に入り、犬や猿と話すぼくを頭がおかしい子供にしか

見てなかった。なのに、神崎さんのおかあさんは違った。ぼくが普通でないことを見抜き、そのままのぼくを受け入れた。ああいう人が親だったら、ぼくはもっと人間らしく生きてたと思うよ……」


 人間の中で暮らし、沢山の人たちと接してきた今ならわかる。両親の優しさや心配が。だけど、あの頃のぼくには重荷でしかなく、ぼくを閉じ込める悪いやつとしか見れなかった。


「だから両親のことで悩まないで。ぼくに遠慮しないで。そんな気を使われるほどぼくは立派な人間じゃないんだからさ」


 と、神崎さんが力いっぱい首を横に振った。


「あたし、夕太郎くんに隠してはること、いっぱいある」


 誰にでも秘密はあるでしょう。とはいえない雰囲気だった。


「でも、いえないの。どうしても今はいえないの……」


「だったらいわなくていいよ。そう決めたなら守ればいいし、神崎さんが決めたことならぼくはそれを尊厳する。ただ、それがぼくに遠慮していることなら止めて欲しい。そんなことされても嬉しくないし、そんなことをする神崎さんを見たくないから」


 今にも泣きそうな神崎さんに気がつき慌てて笑顔を作った。


「───って、ぼくにも秘密はあるし、その、あの、だから、なんだ、大抵のことでは驚かないし、変わった人なら高千寺で慣れてるからなんでもいってよ!」


 もうなにをいってるんだよ、ぼくったら……。


 がっくり肩を落としていると、神崎さんがなにかを呟いた。


「え? なにかいった?」


「……今度の日曜日、予定ある……?」


 桃太郎に隠れながらそんなことをいった。


 えーと。確かバイトを頼まれたのは土曜日だったよな。まあ、いつものごとくなんのバイトかは聞いてないけど、遠くには行くとはいってなかったから近場だろう。多分。


「まだはっきりいえないけど、デート?」


「ううん。その日、うち主催の集会があるの。そこで友達を紹介したり、本当のあたしを見て欲しいの。それでもまだいえないことはあるけど、いえることは全ていいたい。夕太郎くんに知って欲しい……」


「絶対に行くとはいえないけど、なんとか行ける努力はする。今はそれでいいかな?」


 こくんと頷く神崎さん。ふっ。良かった。


「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。病み上がりで無茶させちゃったみたいだからね。あ、神崎さんのおかあさんにアリシアのケーキを渡しておいたからあとあで食べてよ」


 そういうと、神崎さんの顔が曇った。


「……多分、もうなくなってると思う。うちのママ、大の甘党で、ことケーキには意地汚くなるから……」


 よくそれでケンカするのとつけ足した。


 ん~。それは失敗したな。今日は突然で無理いっちゃったからまた下さいとはいえないし、他の店に行ったら夜になって───あ、そういえばアレをもらったの忘れてたよ。


 サイフから乳白色のカードを取り出した。


「じゃあ、これ。ケーキの代わりにもらってよ」


「これは?」


「アリシアの家で出してるスペシャルゲストカード。これを出せばタダで食べらるから。 確か、10名までは一緒に入れるから家族や友達と食べに行ってよ」


「そっ、そんな凄いものもらえないよっ!!」


「全然気にしなくていいよ。これは神崎さんに対するレマさんからのお詫びだから。あのあとニトラばあちゃんにしこたま怒られてね、見るに耐えられないから食事代にこれをもらったんだ。まあ、レマさんを助けると思ってもらってよ」


「……う、うん。じゃあ、遠慮なくもらうね……」


 全然遠慮してなさそうに受け取ってくれた。


「じゃあ、また学校で」


「うん。また明日」


 そんな挨拶をするようになって約1月。神崎さんの態度がいつもの通りでとっても自然だった。それが当たり前のことのように接してくれた。だから忘れていた。気がつかなかった。


 人という生き物は、そう簡単に異質を受け入れることができない生き物だということに……。








 





読んでくださる方に感謝です。

時間の無駄になってなければ幸いです。


次は短いので明日投稿します。多分・・・


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