その十四
アリシアの家で1番ケーキ作りが巧いといわれる店で沢山のケーキを受け取り、地図を頼りに神崎さんが住む街へとやってきた。
忍や睦月の家には何度か行ってるからこの街の地理はよく知っている。加えて方向感覚は磁石にも勝る。見覚えがあるものがあれば正確な地理を頭の中で描くことだってできる。
だが今、その自信が揺らいでいた。
もう1度忍が描いてくれた地図を見る。
間違いなくここだ。この建物を指している。左側の電気屋さんもお向かいさんの文房具屋さんも右側のマンションもあってるからここか神崎さんの家なんだろう。
しばし、その6階立てのビルを眺めてから裏に回ってみた。
そこには玄関があり、表札には『神崎』と書かれてあった。
念のため、両隣6軒先まで表札を確かめたが、神崎という家はここだけであった。
もう1度表に回り、その風変わりな店を眺める。
「……おもちゃ屋さん……?」
店先にはアニメのキャラクターだろうか、等身大の女の子と迷彩服を着た巨大な人形が飾られ、駐車場には軍用と思われる車両と実用性を無視したバイクが停めてあった。
看板を見ると、『ガンショップ弾』と大きく書かれ、その下に小さく『神崎模型店』と書かれていた。
それを証明するかのように出入口の横にあるディスプレーケースには、戦車やロボットのプラモデルや昆虫のおもちゃが飾られている。
ま、まあ、ここが神崎さんの家なのは間違いない。ならなんの店かなんて関係ない───のだが、こんな店など初めて。ちょっと好奇心がうずいたよ。
などといいながらも体はとっくに店の中に入っていた。
中は意外と広く、ディスプレーケースのようにごちゃごちゃしていない。模型店というのは正しいみたいでプラモデルが多かった。
「にしても混んでるな」
平日の午後だというのに店内はお客でいっぱいだった。
そんな混みように驚いたが、それ以上に驚きなのはお客の目だ。誰もが真剣で妥協を許さない気配を纏っている。高千寺にくるお客とは全然違うな。
熱い眼差しで商品を物色するお客───主に男性客を避けながら店内を探索しとると、2階に通じる階段が現れた。
「……なにやら異様な気配と危険な臭いが漂ってくるな……」
それに階段の壁に貼られている写真はなんなんだ? 戦場の写真やら兵士の写真やら非日常的な写真ばかりだが……?
本能が行くなと叫んでいるが、本能より好奇心が
勝るのがぼく。パンくずに飛びつく小鳥のように2階へと上がって行った。
「……………」
ここはどこの軍事基地? と、思わず口から出そうになるくらい銃や戦闘関連のもので溢れていた。
あ、いや、銃は本物じゃない。おもちゃだ。だが、それらを売っている人たちは本物(外人がやたらと多いな)ばかり。なんなんだ、ここは……?
茫然と店内を見ていると、カウボーイ姿の日本人男性が近づいてきた。
「いらっしゃい。ここは初めてかな?」
物腰は優しいが、その気配は鷹のように鋭く、競走馬のように引き締まっていた。
「……あ、はい。初めてです……」
「じゃあ、驚いただろう。変わってて」
思わず『はい』と出そうになった。
「あ、いえ、そんなことは……」
「アハハ。いいよんだよ。ここが変なのはここで働いているおれたちも思ってることだからね」
「……はあ、そうなんですか……」
なんといっていいのかわからないので曖昧に答えた。
「今日はなにかを探しにきたのかい?」
「い、いえ、こういう店が初めてだったから、ちょっと寄ってみただけで、お客という訳では……」
「いやいや、興味を持ってくれたら立派なお客さんだよ。遠慮しないで見てってください」
目や気配は別として、なんだか高千寺にいそうな人だな。
「しかし、凄い数ですね。それにリアルだし。火薬の臭いを纏わせた人に会ったの久しぶりです」
「───────」
ぼくの言葉になぜか驚くカウボーイさん。なにか変なこといいました?
固まるカウボーイさんに首を傾げていると、れじうちしなからぼくらの会話を聞いていた、右頬に大きな傷を持つおじさんがこちらに目を向けた。
カウボーイさんもカウボーイさんならこの頬傷おじさんもまた凄い。いったいどこの戦場でどれだけ戦えばそうなるのと聞きたくなるくらい眼光が強すぎる。
「タイイ。どうした?」
と、奇妙な言葉を口にしてこちらへとやってくる。
……タイイって、軍事階級にある『大尉』のことか……?
余り軍事には詳しくないが、戦争映画なら何度か観たことがある。そこで得た知識が正しければ結構上の階級なはず……だが、なぜこの場で出てくるの?
……まあ、この場所なら違和感はないけどさ……
「あ、いえ、ここが初めてというので説明していただけです」
接客業としては絶対マイナスでしょうという目でぼくを見る頬傷おじさん。まるで百戦錬磨の闘牛を前にしたかのような威圧感だ。
気配や匂いで同族かどうかを判断する能力はないが、目の輝き───といっても相当強くないとわからないが、ここまで強いと嫌でもわかる。
「朝霧夕太郎といいます。神崎桃さんのおとうさんですか?」
頬傷おじさんの額に青筋が浮かぶ。なぜに!?
「……きっ、貴様、うちの桃と……」
明らかに怒っている口調と気配だが、このおじさんの見た目からは想像できないほど純心な怒りだった。
まあ、純心な怒りってなに? っていわれると説明できないんだけど、なんというか微笑ましさを感じてしまうんだよ。
「桃さんと交際してます」
ピシッと凍りつく頬傷おじさん。
……いるんだね、忍みたいに感情に逆らわない人って……
「──君、逃げろ! 急いで逃げるんだっ!」
振り向くと、カウボーイさんが真っ青になっていた。
「早く! 早く逃げるんだっ!」
そういわれても困る。逃げる理由もなければその理由もわからない。まあ、頬傷おじさんが怒っているのはわかるけど、そんな純心な怒りでどうこうされるぼくではない。それに、この人が神崎さんの父親なら逃げる訳にはいかないでしょう。
必死にぼくを逃がそうとするカウボーイさんに抵抗していると、背筋がぞわっとした。
それは久しぶりの感覚だった。久しぶりに鳴った緊急警戒警報だった。
「────っ!?」
頭で理解するより早く体が勝手に回れ右。と、直ぐそこに黒い眼帯をした外人のおばさんが立っていた。
その距離1メートル50。ぼくの絶対領域を完全に突破されていた。
この店に驚いたのは確かだ。感覚も閉じてある。警戒が普段の半分に落ちているとはいえ、ぼくの絶対領域は2メートル。この領域に入られてまでわからないほど甘い人世ではない。すみれちゃんならまだ納得できるが、匂い。空気の動き。振動。そういった感覚はフル稼働している。なのに、なぜここまで侵入されたッ!?
「……なるほど、この子かい……」
それは頬傷おじさんの比ではない。そんなもと比べるのも失礼なくらい戦う人の目だった。
……こんなに鋭くて威圧的な殺気なんて生まれて初めてだぞ……
「ふふん。いい目をしてるじゃないか」
冷たいものが背中を流れ、ケーキを持つ手が汗でびっしょりだった。
と、眼帯おばさんの左目がふっと和らぎ、殺気が霧散した。
「桃の見舞いかい?」
眼帯おばさんのように切り替えできないぼくは、頷くのがやっとだった。
「うん? もしかしてそれ、アリシアの家のケーキかい?」
「……え、あ、はい。お見舞いに持ってきたんですが、口が合うかどうか……」
「合う合う。わたしの口にはこれが1番合うのよねっ。うわっ! こんなにいっぱい。桃ったらいい彼氏を捕まえたじゃないの~」
まるでうちのおばさんのような乙女っぷりだった。
どう反応していいか戸惑っていると、うしろから異様な気配が爆発した。
「───許さぁあああああぁぁん!!」
振り返ると同時に頬傷おじさんが絶叫した。
「許さん許さん許さん許さん許さん許さぁあぁぁあんっ!!」
もう吹き飛ばされるくらいの大絶叫だった。
「桃に彼氏など早いっ! 桃はまだ子供だ、おれの可愛い宝なんだぁーっ!」
ギンと鋭い目がぼくに向けられ、右手が腰に下げられた逆くの字のナイフへと伸び、手加減も躊躇もない一閃を放ってきた。
場違いではあるが、その光景がとても懐かしく、とても穏やかな気持ちになった。
思わず頬が緩みそうになるのを堪え、ジャケットの下に仕込んである特殊合金製の飛び出し式警棒で受け止め、背中に仕込んであるナイフを頬傷おじさんへと放った。
さすがというべきか、当然というべきか、難なく回避してしまう頬傷おじさん。ここはいったいどういう人たちの集まりですか?
「こらこら。ここをどこだと思っているんだい。他のお客さんに迷惑でしょうが」
弾き飛ばされた警棒からベルトに仕込んだナイフを取り出そうとした手がぴたりと止まり、頬傷おじさんもぴたりと止まった。
「今の子にしては用意がいいじゃないの。いつもそんなに仕込んでるのかい?」
「ええ。ぼくには爪も牙もありませんから」
ぼくの言葉に可笑しそうに笑う眼帯おばさん。
「爪に牙、ね。いいじゃないの。気にいったわ」
「お、おい、キャリー!?」
「お黙り」
これぞ鶴の一声。まるで母親に叱られた子供のごとく小さくなる頬傷おじさん。
「はい、これ」
と、鍵の束を渡された。なんです、これ?
「5階がうちだから、勝手に見舞ってやって」
「え、あの、桃さんの許可もなく部屋に入るのは反則なんじゃ……」
招待を受けない限り女の子の部屋に入ってはダメだってすみれちゃんがいってたよ。
「母親のわたしが許す。好きに入って好きなことしなさい」
「キャリー!!」
黙れとばりに眼帯おばさんが睨むと、頬傷おじさんは沈黙してしまった。
世の中いろいろ。夫婦もいろいろ。部外者は関わらないのが礼儀。軽く流せ、である。
「じゃ、じゃあ、お邪魔させていただきます」
「ああ。"気をつけて"ね」
そういって店の奥へと消えて行った。
───だからなににさっ!?
読んでくださりありがとうございます。
時間の無駄になってなければ幸いです。
……長くて疲れた……




