その十三
「───という訳なんだけど、お見舞いに行った方がいいかな?」
ぼくの説明を聞いていた睦月がこれでもかってくらい難しい顔になっていた。
その横では真砂美ちゃんと加奈美ちゃんの手作り弁当を食べる忍は、いたって冷静───ではなく、なにやら『ざまあ見ろ』といった感じだった。
「……難問だな……」
「やっぱり、難しいんだ」
そりゃそうか。 睦月と彼女の仲は長くて深い。昨日今日付き合ったぼくらと比べる方が悪いか。
「あ、いや、そういう意味じゃないよ。彼女が病気になったら見舞いに行くのは当然だ。ただ、神崎の見舞いとなると、行けとも行くなともいえないんだよ……」
さっぱりわからないんだけど?
「ここで『行け』といったのが腐れ畜生どもに知れたら今まで溜まりに溜まった怒りが睦月に向けられるからな」
と、忍が割り込んできた。
「それこそ今のが知れたら噛まれるぞ」
忍の言葉に顔をしかめるもののその心は同じらしく、言葉を飾ろうとはしなかった。
「ケッ! あんな腐れ畜生どもに遠慮なんてしてられるかよっ!」
その言葉と感情に驚いた。
基本的に忍は女の子には優しい。彼女が欲しいと叫ぶくらいだから言葉にも気をつける。接し方も雑なようで気配りされている。優しさと強さと誠実さを持つ"いい男"だ。
……まあ、そんな男だから双子ちゃんに愛されるんだけどね……
だから忍がそんなこというなんて信じられない。忍の好みから外れる女の子なんてそうはいないと思うんだけどな~?
「まったく、神崎も神崎だ。いつまで黙っているつもりだよ」
「だな。こちらの身が危なくてしかたがないよ」
付き合いが長いからなのか、それとも波長が合うからなのか、高千寺の人たちのようにこちらを無視して会話をするんだよね、この2人も……。
「できればぼくにもわかるようにいって欲しいんだけど?」
「いいんだよ、わからなくても。どうせこれから知るんだから」
「そうそう。神崎と付き合うってことはある意味、お前のためになるんだからな」
ますますわかんないよ。
そんな思いを込めて2人を見るが、2人はなにもいわない。落ち着いた笑みを浮かべていた。
「そんな顔するなって。決めるのはお前なんだからさ」
「ああ。見舞いに行って感謝されればそれでいい。嫌われるならそれを受け入れればいい。どちっちになってもお前のためになる。神崎を知ることになる。だからお前が決めるんだ。それがお前のルールだろう?」
確かに。誰かにいわれて行動するなどぼくじゃない。じいちゃんの教えに反するじゃないか。
「……ありがとう。やっぱり持つべきものは友達だね。気が軽くなったよ」
「んで、どうするんだ?」
「お見舞に行く」
「そうか。でもお前、神崎っち知ってるのか?」
「知らない。だから教えて。同じ中学だったんでしょう」
「ったく。結局関わるのかよ」
ブーブー文句をいいながらも忍が地図を書いてくれた。
「……なんなの、この店って……?」
斜線を引いたところに『神崎の店』と書かれてあった。
「行けばわかるよ」
そういう忍に睦月も同意の頷きをする。
「それと、これは友達としての応援だ。見舞いに行くなら甘いもの持ってけ」
「そう。なるべくなら沢山。できればアリシアの家のケーキがいいな。少なくてもあの人だけは味方になってくれるよ」
あの人って誰? とは聞かない。どうせ教えてくれないだろうからね。
それは置いといてだ。お見舞いの品とは思いつかなかった。うん。ケーキなら直ぐに手に入るや。
「ほんと、助かったよ。じゃあ───」
2人にお礼をいって部室を出た。
「ん? なんだこれ?」
アリシアの家にケーキの予約の電話をして教室に戻ると、机の中に封筒が入ってるのが見えた。
可愛い猫の封筒を取り出し裏を見るが、差出人の名はない。代わりにハートのシールで封がしてあった。
それがどういうものかは直ぐにわかった。いわゆるラブレターというものだ。だが、そんなことしそうな人に心当たりがなかった。
……まあ、神崎さんのことも告白されるまでわからなかったけどさ……
「間違ったのかな?」
失礼かなとは思ったが、これが誰に出したか調べないと対応できないし、間違いならその人に渡すのが親切というもの。そう思うことにして封を切った。
うむ。ぼくの名が書いてあり、ぼくへの告白だった。
「……世の中、神崎さんみたいな子がいるんだね……」
自然界では力があるオスが何匹ものメスを従えることは多々ある。それが強い子孫を残す生物の本能だと思うし、不思議なことだとは思わない。力と度量があり、相手が了承しているなら他がとやかくいう資格はない。それを口出す人間社会の方がよくわからないよ。
「───とはいえ、ぼくには力もなければ度量もありませんので付き合えません」
ただでさえ神崎さんで悩んでいるのに、違う子とも付き合える訳ないじゃないか。ぼくに死ねっていってるのか?
「えーと、なになに。今日の放課後大講堂の裏で待ってます、か」
それは無理です。これからケーキを取りに行かねばならないので。
ノートを取り出し、1枚破ってお断りの返事を書いた。
あとは大講堂の裏の壁にでも張っておけばいいだろう。そーゆー男だと思ってくれれば気が楽だしね。
ラブレターと返事をポケットにしまい教室を出た瞬間、真横から白いチョークが襲ってきた。
忍が命名した"ホワイトマグナム"をキャッチ。直ぐに投げ返した。
それを予測していたかのように軽々とキャッチ。ジャージのポケットへとしまった。
「そろそろ5時限目よ」
「ちょっと早退します」
「またバイト?」
さすが君のようなものの先輩。早退することになんとも思わない。
まあ、ぼくがここに通っているのは社会勉強の一環と知っている人。成績が悪かろうと留年しようと構わない。大事なのは人間社会に慣れることだ、という先生なのだ。
「これから神崎さんのお見舞いに行こうと思いまして」
「ふ~ん。彼女のお見舞いとはね。普通の彼氏してるじゃないの」
「その普通に至るまで苦労しましたけどね」
「いっぱい苦労しなさい。でも、だからといって無理はしないのよ。し過ぎると君のいいところを潰しちゃうことになるんだから。それじゃ桃ちゃんが悲しむわよ」
先生の言葉に肩を竦める。
この姿は人間社会で生きるために作ったもの。本当の自分ではない。いいところなんて1つもないよ……。
「ったく、この色男は」
ぺしと頭を叩かれた。
「気配を殺してる夕太郎くんに気がつく女の子がそのくらい見抜けない訳ないでしょう。そんな表面的な、いかにも作ったような人格を好きになるならとっくに誰かと付き合っているわよ。でなきゃこんな野生児を彼氏にしようては思わないでしょうが」
……どっちらにしろ彼氏にしたいとは思わないのだが……?
「まあ、それは桃ちゃんにもいえるんだけどね……」
肩を竦める美和先生。どういう意味です?
「じゃあ"気をつけて"行ってらっしゃい」
やはり説明もなく、謎の言葉を残して去って行った。
「なにに?」
無駄とはわかっていてもいわないとやってられないこともあるんです……。
読んでくださりありがとうございます。
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