小学生編 第一話
誤字脱字等、ご容赦ください。
周りの人間は大体嫌いだった。
小学生の頃、道徳か何かの時間で、聞いたこともない偉人の逸話をビデオで見る羽目になった。内容はあまりよく憶えていない。結果として「努力が大事」というありきたりな結論を残してそのビデオは終わった。すると担任の教師は「皆さんの将来の夢はなんですか」と言いながらプリントを配り始める。どうやらこのプリントに将来の夢を書いてみようということらしい。クラスメイトはあれこれ言いながら楽しそうにプリントに向かっている。
当時、私は良く言えば賢い子供だった。悪く言えば、冷めた子供だった。……そのため、ここで書いた将来の夢など叶うことはないということが分かりきっていた。この世で生きている人間の内、一体どれほどの人々が己の夢を叶えているのだろう。毎日くたびれて仕事から帰ってくる父を見る度に、夢を抱くことは無駄だと心に刻み込まれていた。……隣の席に座るクラスメイトのプリントを覗いてみる。「サッカー選手」と書かれていた。彼は私の視線に気づき、「何書いたの?」と興味を向けてくる。素直に「何も書けてない」と答えると、彼は驚いた声をあげた。そして、「昼休み一緒にサッカーしてるんだし、サッカー好きなんでしょ?サッカー選手目指さないの?」と当然のように言いのけた。
サッカーは私にとってただの「遊び」でしかなかった。それを仕事にしたいなどとは毛ほども思ったことがない。一体どれほど苦労しなければならないのだろうか。……簡単に叶うことなどないということは、子供心ながらに理解していた。だからこそ、ただ「好き」でいるだけで上手くとも何ともない素人が、目指していいものなのだろうか。サッカー選手になりたい子は、幼いころからサッカー教室に通っている。私の隣に座る彼もそうだ。……要するに、私にはサッカー選手を目指す「資格」がないのだと、自分で判断していた。そしてそれは、この世に存在するあらゆる職種に及ぶ。皆が目指す職種には、すでにスタートラインを切った者達が大勢いる。今さら追いかけたところで、追いつけるはずもない。
そうして考え込んでいるうちに、担任が「皆さん、そろそろ書けましたか?」と声をかける。みんなは「はーい!」と元気よく返事をするが、その中に私の声はなかった。「それじゃ、後ろの人、集めてきてください」と担任が指示を出す。座席は列になっている。最後尾の子達が立ち上がり、プリントを集めていく。そして、私のところで止まった。
「何も書いてないじゃん!」
その声が教室中に響く。クラスメイトはどよめきの声をあげるが、すぐに担任が「はい、静かに」とすぐに黙らせた。そして彼女は私の所に歩いてくる。「どうしたの?なんで何も書いてないの?」と私を問い詰める。「将来の夢なんかない」と素直に答えたところで、彼女は「恥ずかしがらなくていい」と意味不明な言葉を投げかける。夢を言葉にすることが恥ずかしいとでも思っているから、こんな言葉が出るのだろう。ならば猶更、夢など抱かない方がいい。結局、私は適当にサラリーマンと書いた。
それから二か月ほどが経った。学校では三者面談が始まり、ついに私の番が来た。母と私が席に着き、正面に担任が座る。そして、彼女は開口一番とんでもないことを言い出した。「○○君、将来の夢がないみたいなんですよ」と。あの時適当に書いたプリントを差し出しながら。母は当然驚いた表情を私に向ける。何故この女はこのタイミングで余計なことを言い出すんだ。成績の話だけでもしていればいいというのに。……母は私に、「何も夢がないの?」と問いかける。嘘をつくつもりはない。私は黙って頷いた。当然続く言葉は「なんで?」だ。……説明したところで、理解してくれるはずもない。黙り続ける私を前に、母はさらに問い詰める。しかし、すぐに担任が制止に入った。「その話はご家庭で……。じゃあ、学校でどう過ごしているかについてですが……」と話を変える。お前が最初にその話を切り出さなければ、こんなことにはならなかったのに、困ったような顔をするな。……私はこの日以降、担任に不信感を抱き始めていた。
それから一年経ち、クラスが変わった。担任はあの女ではなく、背の高い男になっていた。清々する。そう思っていたが、結局どいつもこいつも似たようなものだった。その学年では、職業体験が行事として行われていた。アンケートを取り、体験したい職場を選択肢の中から選ぶといったものだ。アンケートの前には学年集会が開かれ、職業体験を行うことの意義を長々と説明する。体育館の冷たく固い床の上で何分も体育座りを強制され、その上つまらない話を聞けと言われて、どれほどの子供が素直に従うだろうか。皆、叱られたくはないから外面を取り繕うが、内心は「早く終われ」としか思っていなかっただろう。
「職業体験の意義は、皆さんが抱く将来へのイメージをよりはっきりさせるためです」。学年主任の女がそう言った。ならば、全くもってイメージを持てていない私に、参加する理由などあるのだろうか。彼女が言いたいことは、ぼんやりしている輪郭をはっきりさせるということだろう。ぼんやりした輪郭すら持ちえない私がそんなものに参加したところで時間の無駄にしかならない。もとより興味のなかった集会が、果てしなく無駄な物に思え始めた。私はバレないようにあくびを噛み殺し、集会の終わりを待った。
集会が終わり教室に戻ると、次なる面倒事が舞い込んでくる。どこに職業体験をしに行くのか、アンケート用紙に書き込まねばならない。選択肢は三つ。一つ目はレストラン。二つ目は郵便局。そして三つ目がスーパーだった。いずれも全く興味をそそられず、手に持った鉛筆を持て余すだけだ。……結局決めかねた私は、鉛筆を転がすことに決めた。鉛筆には作った会社のロゴだったり、どれほどの濃さだったりというのが記されている。それを目印に、どこに体験しに行くかを決めようとしたのだ。……結果、郵便局に決まった。アンケート用紙に郵便局と書いたその時、担任の男が声をかけて来た。
「今、何で決めた?」と、すでに怒気をはらんでいるような声を放つ担任。私は素直に「鉛筆を転がして決めた」と答えた。すると担任は烈火のごとく怒りだし、「真剣に考えろ」だの「相手に失礼」だのと詰めてくる。真剣に考えた結果決められないから、運に委ねたというのに、なぜそれほど怒られなければならないのだろう。……しかし、私は反論しなかった。これは、大雨に降られたようなものだ。見つかってしまったのは、運がなかっただけ。……雨を降らせた空に怒鳴り声をあげる人間など、この世にいる訳もない。それと同じだ。
すると担任は何の反応も示さない私に呆れたのか、「ちゃんと考え直せ」と言い放ち、教卓の方へと戻っていった。……面倒なことこの上ない。私は考え直すフリをするために、一度アンケート用紙に書いた文字を消し、頬杖をついて考えるそぶりを見せる。担任の男はじっとこちらを見ていた。また適当なことをしないか見張っているのだろう。信頼されてはいないようだが、どうでもいい。私も担任を信頼などしていないのだから、お互い様だ。精々無駄な労力を使って私を見張っていると良い。……用紙が回収される五分前、私はもう一度郵便局と書いて提出した。
職業体験当日、その日はまさに厄日というべき日だった。担任の男が監視役としてついてきたのだ。もともとレストランの方に行くと聞いていたのだが、代わってもらったようだ。担任はじっと私を見つめている。教師のくせに子供を疑うとは、なんとも教師の風上に置けない男だ。私とて、他人に迷惑はかけるべきではないということはとっくに理解している。前日に無理を言って監視担当を代わってもらったこいつは理解していないだろうが。奴は終始私の後ろに陣取り、私が不審な動きをしないよう見張っている。無駄な労力を払っていることに対しては嗤うほかないが、いつまでも監視の目が離れないのは面倒だ。
職業体験が始まった。とはいっても、小学生に何も教えないまま受付に立たせるようなことは流石にない。貸し切りになった応接室で大まかな仕事の流れを話すだけだ。退屈以外の何物でもない。何とかあくびをこらえて、終わるのを待つ。この後は実際に受付でのやり取りを見学させてもらうのだ。そちらの方が退屈しないはずだ。「それじゃ、説明はここまでです。何か質問はありますか?」と、仕事の説明をしてくれていた若い女職員が話を切り上げる。ともに見学に来ていた子たちは、我先にと手を挙げて積極的に質問をぶつける。それらの質問は先ほどまでの話を聞いていれば自ずと理解できるものだったり、興味を惹かれるような鋭いものもあった。私もいくつか聞きたいことがあったが、先にほとんど聞かれてしまった。それならば無理に質問する必要もないだろうと、質問の波が終わるのを待っていると、担任の男が私に牙をむいた。
「何か、聞きたいことがあるんだろう?」と。彼はそう言いながら私の背中を強く叩いた。……おそらく、私が先ほどまでの話をしっかり聞いていたかテストしたいのだろう。背中を強く叩いたのは、力関係をはっきりさせたいためだ。「俺に歯向かうな」。奴はそう言いたいに違いない。あまりにも狭量すぎる精神だが、今の私は奴に歯向かう術を持たない。屈辱ではあるが、言いなりになるしかない。唯一残った質問の在庫をぶつけ、事なきを得る。奴の顔を見上げると、なんだか不機嫌そうだ。私に恥をかかせることが出来なくて悔しいのだろう。……そんな人間が教鞭をとっているとは、どうにも信じがたい。この国が凋落した原因がはっきりと理解できる。
その後、私たちは郵便局の受付に移動し、目の前で行われているやり取りを見学していた。どうやら、郵便局は一週間以上前から職業体験で小学生たちが来るということを告知していたようで、郵便局に来る人はそこまで驚きを見せることはなかった。それどころか「頑張ってて偉いねえ」などと誉め言葉を残していく。ただ見ているだけの私からすれば、その言葉を受け取る資格はなかった。……そしていくらか受付業務を見学したのち、女職員が「試しにやってみない?」と提案する。客にはすでに事情を説明しているのだろうし、何も知らない小学生の接客にいちいち目くじらを立てるような心の狭い人間などいるはずもない。それに、見ているだけというのは存外退屈なものらしく、ともに見学に来ていた子たちは一斉に「やってみたい」と手を挙げる。私も興味はあったが、誰かを押しのけるほどではなかった。将来、郵便局員になるわけでもないし、譲ってもいいか。そう考えていた。
だが、担任の男はそれを許さなかった。私の背中を強く叩き、「なんで手を挙げないの」と問い詰めてくる。私は正直に「他にやりたい子がいるから、譲ろうと思った」と答えた。それのどこが怒りを呼び起こすものだったのだろうか。不意に思い出しては考えてみるが、一向に答えは出ない。……とにかく、私の物言いは担任の逆鱗に触れるには十分だったようだ。その場で怒声をあげるようなことはしなかったが、その表情には不機嫌さが見て取れた。……その後。職業体験から帰ってきた私は一人だけ担任に呼び出され、「積極性を見せろ」と叱られる羽目になった。その日以降、私は担任のことを裏で「馬鹿」と呼んでいた。
話は変わるが、私が通っていた小学校には、班登校なるものが存在していた。近隣に住む児童が集まりそろって登校することで、不審者からの監視をしやすくなるという利点が存在する。そのため、平日の朝は毎日、決められた時間に決められた場所へ行くことになっていた。……私が所属していた班には、とある問題があった。班員七名の内、一人の男子が全く集合時間を守らないのだ。別に彼が遅れたところで遅刻になるという訳ではない。だが、他の皆は時間通りに来ているというのに、ただ一人だけを待つというのがあまりにも苦痛だった。その上、その男子はなぜか学区外に暮らしていた。毎朝学区外から高速道路を使い、学区内にある祖父母の家へと向かう。そして、そこで登校の準備を整えて集合場所に向かってくるのだ。……意味が分からない。もともと住んでいる家の近くにある学校に行けばいいのに、親は何を考えているのだろうか。
その男子の母親は一度たりとも謝罪を口にせず、「別に遅刻にならないからいいじゃない」と悪びれる様子もない。それどころか、班の見守りを担当していた別の親に「今日は高速が混んでて」などと言い訳する始末。高速が混んで困るのなら、高速を使わなければいいのに。……何日もそのようなことが続き、ついに我慢できなくなった。「いつになったら時間守れるんだよ」と、吐き捨てるように言った。……その母親は、愚かな人間だった。
その日の昼休み、私は職員室に呼び出された。理由など想像もつかない。担任に「心当たりは?」と聞かれるが、私はただ首を横に振った。……私は、職員室の奥にある校長の机の前に立たされた。どうやら校長から大事な話があるらしい。昼休みが始まってから五分ほど。ただ立たされたまま待っていると、ようやく校長が姿を現した。小学生だった私と身長がほぼ同じの、小さい肥満体形の女だった。五分ほど私を待たせたのにもかかわらず、彼女は詫びることもせずに「何故呼ばれたか、心あたりはありますか」と尋ねてくる。私は昼休みをつぶされたあげく、人の時間を奪って謝らない目の前の女にイラついていたこともあり、「知らない」と答えた。校長はすぐに不機嫌そうな顔を浮かべる。お前にそんな顔をする資格はない。
「朝、電話がありました。あなたに暴言を言われたと、○○君の母親から。……本当に心あたりはないんですね」……。校長の女はしつこく問いかける。時間を守れない母親が学校にクレームを入れたらしい。……何のことだか、全く理解できない。私は肩をすくめて「そんなの知らねえよ」と態度でアピールした。女は「朝、班で集まる時、『いつになったら時間守れるんだよ』と言われたらしいのですが、これは事実ですか?」と質問を変える。今は暴言の話のはずだが。……とにかく、それは事実だ。「事実です」と返答する。すると女は鬼の首を取ったようにいきり立ち、「暴言を言っているじゃないですか」と口走る。……正直意味が分からない。時間を守れない人間に「時間を守れ」ということは暴言なのか?もしそうならば、学校の標語の一つである「五分前行動」も暴言ということになるのだが。
校長の女は、続いて時間を守れない母親の境遇を語る。毎朝早い時間から車を運転しているだの、仕事が大変で祖父母に頼らざるを得ないだのと。……知ったことではない。事情があれば他人に際限なく迷惑をかけたあげく、へらへらと笑っていていいのだろうか。校長の女が私を叱ろうとしているということは、彼女も同じような考えの持ち主ということなのだろう。……そんな人間の話を聞く価値などない。ぼうっとして話が終わるのを待っていると、聞き捨てがたいことを口走り始めた。
「先生というものは、先に生きると書きます。すなわち、あなたより先に生きている者はすべて先生なのですよ」
この言葉が事実ならば、先生という存在はどれほど価値がないのだろうか。時間を守れない先生の言葉に、素直に従う必要はどこにあるのだろうか。とんだ戯言だ。……私は我慢できず、小さくため息をついてしまった。校長の女はそれを聞き逃すことはせず、烈火のごとく怒りを露わにする。「人の気持ちを理解しろ」だの、「思いやりが大事」だの。……さんざんっぱら人を待たせておいてへらへらしている奴は、他人の気持ちを考えたことなどあるわけがない。思いやりが大事ならば、まずは時間に遅れないようにすべきではないだろうか。目の前にいる女の言葉のすべてが戯言でしかない。言ったそばから、自分で自分の言葉の信頼性をかき消している。そういうお笑いなのだろうか。
それから十分ほど、女の口から戯言が止まることはなかった。もはや彼女は私が何をしているかすら見えていないのだろう。包み隠さずあくびをしたところで、それを咎められることなどなかった。何の価値もない戯言を紡ぐことに必死になっているのだ。……ようやく、「反省していますか」と無駄な時間の終わりを告げるような言葉を聞くことができた。反省しなければならない行為など一度たりともしていないが、これ以上目の前にいる女を刺激したところで時間の無駄だ。「はい」とだけ小さく返事をした。校長はそれで満足したのか、「以後気を付けるように」とだけ言った。……一体どれほどの時間を無駄にしたのだろうか。私はこの日以降、「先生」という存在自体をひどく嫌うようになっていった。
あれから半年が過ぎた。夏の暑さがようやく落ち着き、秋の気配が漂ってきたころ。私の学年にはとある大きな行事が近づいてきていた。……林間学校である。地域の教育委員会が所有する山に宿泊施設が用意されており、そこで二泊三日ほどを過ごすことで集団行動への適応を目指すといったものだ。ただ、個人的にはこの行事にはすさまじいほどの問題点があった。……世の中には、生まれてくる際にその身に何かしらの障害を得てしまう子供が少なからずいる。私が通っていた学校にもそのような子供たちは通っていたが、「特別支援学級」というクラスに分けられ、教室を共にすることはなかった。たまに給食を一緒に食べることがある程度の物である。
しかし、何事にも例外というものがある。私が所属していたクラスには、一人の障害児がいたのだ。自分の子供が障害を持っているという事実に耐えられない親のエゴのせいか、明らかに知的障害者であるにもかかわらず、一般クラスで学校生活を送っている。当然、授業中に奇声をあげることもあれば、教師の言うことを聞かずに歩き回ることもある。少し注意されただけで怒る狂い、椅子を持ち上げて振り回したこともあった。百人中百人が「こいつとは関わりたくない」と思う存在ではあったが、クラスメイトであるがゆえに関係を絶つことは不可能であった。
その上、名前の順で言うとその人物は私のすぐ後ろに当たる。そのため、どれほど関わり合いになりたくなくとも関わらなければならなかった。そのせいか、いつの間にか私は「障害児係」を押し付けられていたのだ。……そこに、林間学校が近づいてきた。林間学校ではいくらかレクリエーションなどが行われるほか、部屋割りを決めるためにも班決めを行わなければならなかった。クラスの人数は偶数である。いざ班決めが始まると、皆は先にどこかで口裏合わせをしていたかのようにメンバーを決めていく。そしていつの間にか、私にその障害児が押し付けられていた。私に決める権利などはなかった。
当然、私は反対した。「なんでこんな奴と一緒にならなければならないのか」と。帰ってくる答えは「でも、お前が係じゃん」だった。なりたくもない係を押し付けられたあげく、普通なら楽しみである林間学校すら障害児の介護に付き合わされることになると決まってしまったのだ。……明らかに、これはいじめだ。私はすぐに担任に話したが、担任は取り合わなかった。……奴は、あの一件を根に持っていたのだ。私が班登校の際に遅刻する女に文句を言ったあの日のことを。奴はまるで、「これが罰だ」と言わんばかりに、私の懇願を退けた。その上、「一度決めた事なんだから責任をもってやり遂げろ」などと口走ったのだ。
一体、いつ、私があんなのと一緒に林間学校に行きたいと言ったのだろうか。誰か私の口からその言葉を聞いたのか?誰かが録音でもしているのか?……その後、私は何度か担任に班決めのやり直しを訴えたが、それが受理されることはなかった。ならばいっそのこと、林間学校を休んでやろうかとも考えたが、それは自分が納得できない。奴らにいいようにされたまま、引き下がれるわけがなかった。……しかし、彼らの悪意は留まるところを知らない。
林間学校の舞台である山中の宿泊施設には、バスで向かうことになっている。その車中、退屈しないようにと簡単なレクリエーションが行われることになった。……そこまでは良かった。長い車中、退屈することは必至。何か暇つぶしでもあればいいとは私も思った。だが、またもや私に決定権などなく、レクリエーションの内容を決めるように言い渡されたのだ。「レク係」を決める最中、クラスメイトの一人が手を挙げた。そしてそいつは私を指さしていったのだ。「○○君がやればいいと思います」と。クラスメイトは賛成の大合唱。私一人がひねり出した反対の大声には、皆耳をふさぎ、聞かなかったことにされた。
それから、林間学校までの数日間。毎度の昼休みなどに呼び出されては、「どんなレクにするか考えたか」と教師から問い詰められる。私は毎度「やるなんて言ってないから考えてない」と答え、そのたびに怒声を浴びていた。当初は、怒りを覚えた。何故私がこんな目に合わなければならないのか、夜、布団の中で拳を握りしめたことも何度もあった。しかし、そのうちに怒りは消えた。……目の前にいるのは、ただの猿だ。そう思うだけで、心は穏やかになった。私が話す言葉を聞かず、自らの意見だけをまくしたてるのなら、それは猿が吠えているのとなにも変わらない。私は諦めたのだ、「こいつらとは言葉が通じない」と思うことにしたのだ。
林間学校当日、クラスメイトを乗せたバスが走り出した。隣の席には、あの障害児。何故だか楽しそうにしているが、私は憂鬱極まりなかった。話しかけてくる彼に対し、「車に酔ったから寝かせてほしい」と答えて黙らせる。一応、気遣い程度はできるらしい。……そして私は、レクの時間になっても寝たふりを続けた。起こそうとしてくる教師に対し、「車酔いで体調が悪い」と言い返す。さすがの奴も体調不良相手には手が出せないのだろう。……いや、席のおかげかもしれない。私の席は運転手の左斜め後ろであり、私の声は運転手に届いている。そんな中、レクのためだけに車酔いしている生徒を叩き起こせばどうなるだろうか。……運転手が直接何か言うことを期待していたわけではないが、どうやら予想通り、この猿は外面を気にするらしい。奴はそれ以上何も言わず、「○○君が車酔いしているため、レクは中止になりました」とだけ言った。
それからなんともなく、無事に宿泊施設までたどり着いた。到着して早々、林間学校の開校式が行われるようだ。施設の前で整列し、無駄な長話が始まるのを待つ。私の隣では同じ班である知的障害児が好奇心を爆発させ、あちこちを指さしながら何か言っている。珍しい虫か鳥でも見つけたのだろう。私には関係のないことだ。ただ、それだけ騒いでいれば、すぐに教師に注意されるだろう。……予想通りだ、担任が騒いでいる彼を見つけて、こちらに向かってくる。そして、「なんで静かにさせないの?仕事でしょ」と私に向けてそう言った。
私は最初、彼の言葉を理解できなかった。「なんで静かにさせないの」とは、まるで私が誰かを黙らせなければならないような物言いである。仕事と言われたところで、私はそんな仕事を引き受けた覚えなどない。引き受けさせられたのは、障害児の世話ぐらいの物だが。……私はここで信じられない結論にたどり着いた。まさか、奴は生徒を静かにさせることすら放棄し、この私に擦り付けようというのか。奴はそのまま、「なんで言われたことができないんだ」と私をしかりつける。こいつは一体誰と話していたんだ。想像上の私に話して伝わった気になっているのか、もしそうならこいつこそ知的障害者であろう。
私は教師の言葉を無視した。こいつは所詮、猿に過ぎない。すぐに興味を失ってくれるだろう。……これまた予想通り、「次からはちゃんとやれよ」と言い残して猿は目の前から去っていった。日本語の真似事ができる猿とは、随分と珍しいものである。小さくため息をつき、心の中に広がっていた怒りの感情を吐き出す。ここで怒りを露わにしたところで、どうせ嗤われるだけだ。すでに、私が叱られているのを見たクラスメイトがクスクスと嗤っている。すると、隣の障害児が意外なことを言い出した。彼は、「ごめん」と言ったのだ。……彼は理解していた。自分のせいで他人である私が叱られていたことに。彼はそれを申し訳ないく思い、謝罪を口にしたのだ。
私は、何も言えなかった。一般的に知的障害者に分類され、同学年ならできて当然である読み書きすらままならない彼が、気を遣ったのだ。他のクラスメイトは私を嘲笑う中、彼だけが。……知的障害とは、一体何なのだろうか。私に言わせれば、他のクラスメイトこそが、知的障害者のレッテルを貼られるのにふさわしい。
読んで頂きありがとうございます。宜しければ評価・感想のほどよろしくお願いいたします。




