9 幼なじみと舞踏会
バートさんが辺境に帰る日の朝、私はお見送りに行った。手紙を書く約束をして、バートさんと別れる。寂しくて泣きそうになるけど、泣き顔を見せて困らせたくない。最後は笑顔で手を振った。
バートさんからは後日父宛に手紙が届いていたので、婚約に向けての話は進んでいくだろう。これから辺境に嫁ぐことを考えて、花嫁修行というやつでもしなければならない。私に、ちゃんと嫁が出来るだろうか?
数日後、私は屋敷の庭でお茶をしていた。幼なじみのニコラスが領地から王都に出てきたので久しぶりに会うことになったのだ。一年ほど領地から離れられなかった彼は、ようやく落ち着いて王都で過ごせるらしい。
「大変だったよ」
「そうだね」
ニコラスの話を聞いていて自分だったら無理だなと思う。山積みの問題をよく片付けたと尊敬する。
「ニコラスは今年は社交界に参加するんでしょう?」
「うん。君もなるべく出なよ」
綺麗なサラサラとした長い黒髪を後ろで一つに縛っている姿は、彼にとても似合っている。端正な顔と冷たい口調で女性に人気があるのは知っている。
「ヘンリエッテもだいぶ令嬢らしくなったし、そろそろ婚約者を見つけないと駄目なんじゃないの?」
「実はね……」
ニコラスに話すくらい良いかな? 幼なじみだし、昔から何でも話してるし、でも本決まりになってからの方が良いかな?と思っていると、ニコラスが私の話を無視して続ける。
「君黙ってたら可愛いんだから、その辺のマシなの捕まえて来なよ」
「その辺のマシなのって……。言い方ってものがあるでしょ」
「うるさいなぁ」
どんな言い方でも変わらない、と言ってニコラスは不貞腐れる。昔からわかりやすい子だと思う。
「僕の初恋は君だったんだから、まぁ、一瞬くらいは好きになってもらえるんじゃないの?」
「一瞬じゃ駄目なのよ……」
ニコラスは、初恋相手は私だと昔から言っている。私たちは6歳の時に出会った。ニコラスはその時私に一目惚れし、その数分後にトカゲを捕まえて自慢していた姿を見て初恋は砕けたと言っていた。彼はトカゲが苦手だったらしい。
幼い頃の可愛い思い出だけど、少し恥ずかしい思い出だ。たまに話題になると、なんとも言えない気持ちになる。
「君は好きな相手とかいないの? 年頃なんだから出会いとかあるでしょ」
「それがね、あったのよ!」
「あったの? 誰?」
「少し前の夜会でボルグハルト辺境伯様とお知り合いになれて。とんでもなく素敵な人で、デートもして、この間好きだと言ってもらえたのよ」
「へえ、物好きもいるものだね」
ニコラスは驚いたようだが、あっさりと失礼なことを言う。物好きとはなんて言い草だ。
「私のことより、ニコラス、あなたはどうなの?」
「僕はそれどころじゃなかったよ。だから、これからゆっくり探そうかな」
「そうだったよね。良い人が見つかるといいね」
「そのうち舞踏会にも参加するつもりだけど、その時は君も行く?」
どうしようかな? 社交も必要だろうし、兄様やニコラスがいるなら行ってもいいかも。
「せっかくだから、たまには踊ろうかな? ニコラスも一回は私と踊ってくれる?」
「君、ダンスは上手だから良いよ」
まるでダンス以外は駄目なように聞こえる。思わずジロリと睨みつけると、ニコラスは嘘くさい笑顔で私を見た。
「ヘンリエッテ嬢からのお誘い、喜んでお受けしますよ。私を選んでいただき光栄です」
「……やめて」
「なんだよ、君が不満そうだから貴族らしくしたのに」
「余計に不満よ」
「わがままだなぁ」
ニコラスは楽しそうに笑う。私の中でニコラスは幼なじみという枠に入っている。男性として考えたことがない。ニコラスも初恋が破れてからは、私のことをお転婆な幼なじみくらいにしか思っていない。
小さいころから知っていて何でも話せて、気の置けない大切な友人だ。私がバートさんと出会えたように、ニコラスも大切だと思える人と出会って幸せになって欲しい。
◆◇◆
煌びやかなシャンデリアが頭上に輝いている。華やかな装いの人々が楽しそうに過ごしている。ニコラスとのお茶会から三ヶ月後、舞踏会に参加することになった。兄様と一緒に会場に入り挨拶などをしていると、早速ニコラスに出会った。
「ヘンリエッテ嬢、こんばんは」
「ニコラス様、ご機嫌よう」
屋敷で会う時とは違い、いつもと呼び方も変えて丁寧に挨拶をする。久しぶりに社交の場に現れたニコラスに、令嬢たちから視線が集まっていた。
「……ヘンリエッテ、僕は珍獣か何かかな?」
「顔に出ないようにしてよ」
「君と違って、そんなヘマをする訳ないでしょ」
小声で話してクスクス笑い合う。ニコラスと話すのは気が楽だ。そうしていると知り合いの貴族が近付いてきた。
「こんばんは。君たちは仲が良かったんだね」
「ドーレ侯爵、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
私は大人しく静かにニコラスの側に立つ。俯き加減で目立たないように話しかけられないようにしていると、ドーレ侯爵はニコラスに話しかけてくれる。やはり気配を消すのが一番だ。
「フォーゲル伯爵令嬢を射止めるのは誰かと話題だが、君が最有力候補かな?」
「いえ、ヘンリエッテ嬢は私には勿体無い方ですよ」
からかい混じりに言われる言葉を、当たり障りなく返している。ニコラスも最有力候補などと言われて、内心うんざりしていることだろう。ドーレ侯爵は少し話して去って行った。
「最有力候補ですって」
「今後の出会いに支障が出そうで困るよ」
私にはバートさんがいるしね。婚約話は進んでいるけど、きちんと決まるのは次回バートさんが王都に来たときだ。早く会いたい。
舞踏会が始まり兄様と踊る。兄様とは何回も踊っているので慣れたものだ。そして次にニコラスが誘いに来る。
「ヘンリエッテ嬢、私と踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
微笑みながらニコラスの手を取る。
「ニコラスと踊るのも久しぶりね」
「そうだね。僕はあまりこういった場に出なかったからね」
「私もそうよ。たまには一緒に踊れたら良いわね」
「君は踊りやすいから、たまになら良いんじゃない?」
小さい声で話しながらニコラスと踊る。幼い頃からよく知ってる相手だ。小さい頃からダンスの練習も一緒にしていた。息ぴったりで踊れる。
「そろそろ、終わるわね」
「僕はこの後、会場をまわるよ。君は兄様のところに戻るんだろ?」
「ええ」
「変なのに捕まらないように気をつけなよ」
「わかってるわよ。あなたもね」
ダンスをしながら仲良さそうに話している姿が、周りからどのように見えているのか考えていなかった。あの内気なフォーゲル伯爵令嬢が親しそうに接しているなんて、と話題になっていたことを、私は後で知るのだった。




