7 バートさんの恋心
昨日のバートさんとのデート楽しかったな。次はいつかな? そんなことを考えながら、私は王都を歩く。エマの格好をして向かっているのは、ロルフさんのお店だ。
裏通りのお店について、中の気配を伺ってみる。誰もいなさそうなので遠慮なく入った。バートさんがいたら嬉しいけど、出来るならエマがヘンリエッテだとバレたくない。街を散策していることは、なるべく隠していたかった。なので、エマの格好の時にはバートさんに会いたくなかった。
「こんにちはー! ロルフさん。何か良い商品入りましたか?」
「あ! エマちゃん。これ見てよ!」
「なんですか?」
「これね、遠くの北の方の国で取れる珍しい石を加工してるんだけど、動物の形にしてるんだ」
「わぁ! 小さいし可愛いですね」
「そうなんだよ。キラキラして綺麗だよね。女の子が好きそうだと思わない? 実はこの石が取れる洞窟は……」
ロルフさんが洞窟の説明をしてくれる。面白そうだし入ってみたいと思ったが、かなり狭いところを通るみたいで少し怖い。加工された石は光を反射して、キラキラと本当に綺麗だった。
「綺麗ですね。ロルフさんも綺麗なもの好きですよね」
「うん。俺はね、キラキラしたものが大好きで、この店を始めたのもそれが理由だよ」
「そうだったんですか」
この店は綺麗なものがたくさん置いてある。どの商品も見ているだけで楽しいし、可愛い綺麗と思ってつい買ってしまう。ロルフさんも可愛い綺麗と思いながら商品を仕入れているんだろう。
兎の形の小さな置物を買って私は店を出た。どこに飾ろうかな?と考えながら大通りに向かっていると、向こうからバートさんが歩いてくる姿が見えた。彼も私に気付いている。
「バートさん!」
「エマ」
この間のエマとバートさんの別れはなんだったんだ……。もう会うことはないだろう、としんみりした空気を作っていたのに、あっさり再開して恥ずかしい。
「こんにちは、買い物ですか?」
「ああ、ロルフの店に行こうかと思って。エマは?」
「私はロルフさんの店から帰るところです」
「そうだったんだな」
では、これで。あまりエマとしてバートさんに会いたくないので、早く立ち去ろうとするとバートさんに呼び止められた。なんだろう?と思っていると、屋台に連れて行かれてお菓子を買ってくれる。小さな丸いドーナツのようなコロコロしたものが袋に入っていた。
そのまま広場のベンチに二人で腰掛ける。そしてバートさんが話し始めた。
「エマ、聞いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「実は、言い難いんだが……。俺、貴族なんだ」
「そうだったんですか! 知らなかったです!」
「ああ、でも、今まで通り普通に接してくれると嬉しい」
「はい」
知らないふりをしてしまった……。実は私ヘンリエッテです、あなたのことも知っています、と何気なく正体をバラせば良かったのに。言い出せなくなってしまった。
「それでな、この間の夜会である令嬢に出会ったんだが」
「ふむふむ」
「この間もデ、デートして楽しかったんだが」
「そうですか」
「彼女とは年齢も離れているし、俺じゃ申し訳ないというか。エマと同じ歳だと思うんだが、君みたいな若い子だと俺みたいな年上の男は嫌か?」
なんと! バートさんはヘンリエッテのこと気に入ってくれているのか! 嬉しいけど、これは私が聞いては駄目なやつだったんじゃ?と少し不安に思う。しかし嬉しい。バートさんがエマに相談したのは複雑だが、それはこの際良しとしよう。
「そのご令嬢はバートさんと一緒にいるのを嫌がってるんですか?」
「そんなことはないと思う。一緒にいて楽しいとか嬉しいと言ってくれたし、悪くは思われてないと思うが……」
「なら大丈夫ですよ! きっと、そのご令嬢もバートさんのこと気になってますよ」
「そうか? 俺の勘違いとか、爵位の件で断れないとかあるんじゃないかと。優しい人だから断れないのもあるかもしれん」
「優しい人なんですか?」
私、優しいかな?と軽い気持ちで聞いたのが間違いだった。
「ああ、優しくて素敵な人だ。小さくてお淑やかで可憐で、こんな無骨な俺なんかが隣にいるのは申し訳なく思えるくらいに可愛い人だ。初めて話しかけられた時も恥ずかしそうに俯いて、こんなに儚げな人、俺が守ってやりたいと思った。この間のデートのときもコンサート中彼女が眠ってしまって、俺の肩にこう頭をもたれかけて。可愛くて仕方なかった。あんな幸せな時間を過ごしたのは初めてだ」
「そ、そうですか」
バートさんが止まらない。そして内容がヘンリエッテへの好意なせいで恥ずかしい。令嬢してるヘンリエッテはバートさんにそんな風に見られてたんだと焦る。これは本気で、私が聞いたら駄目なやつなんじゃ……。
「今度一緒に甘いものでも食べに行こうと誘ったんだが、大丈夫だろうか? 断りきれなかっただけなんじゃ?と不安なんだが。でも、俺から断るなんて出来ない。一緒に出かけたい」
全然嫌じゃないんだから、断るなんてとんでもない! 断られるのも嫌だ。こんなネガティブなことを考えてるとは思わなかった。励ましてヘンリエッテとの仲をとりもたないと!
「女性は嫌だったら、なるべく曖昧な返事になると思います。そのご令嬢の返事はどうでしたか?」
「確か楽しみだとか言ってたな。あと、俺が辺境に帰るときには見送りに来るとか、せっかく仲良くなれたのに寂しいから手紙を送るとか」
「それなら大丈夫ですよ! きっとそのご令嬢はバートさんのこと好きです! 自信持ってください。嫌だったらそんなこと言いませんよ!」
「そ、そうか?」
「そうです! 仲良くなりたいと思ってる人の言動です。大丈夫、バートさん。ガンガン攻めてください。遠慮なく両想いまで頑張りましょう!」
「わ、わかった。頑張る」
バートさんが顔を赤くしている。私はなんとしてもヘンリエッテとバートさんがくっつくように熱弁を奮った。出来れば辺境に帰るまでにヘンリエッテと両想いになって欲しい。急スピードなのは気になるが、バートさんが帰ってから辺境で運命の女性と出会いましたとか言われたら号泣どころではない。
「次のデートはいつですか?」
「これから手紙を出す予定だが、なるべく早くがいいと思っている」
「じゃあ、早くにしましょう。そんな素敵なご令嬢なら誰かにとられる前に、さっさと仲良くならないと!」
誰かにとられると聞いてバートさんの顔が不機嫌になった。想像しただけで腹が立ったらしい。嫉妬してくれたなら良いことだ。しかし自分のことを素敵なご令嬢とか言うのは、恥ずかしくて転がりまわりたくなる。
「帰ったら早速お誘いの手紙出してくださいね」
「ああ、わかった」
バートさんを鼓舞して別れた。次のデートが楽しみだ。私も頑張る!




