4 夜会での驚き
夜会。
とても嫌なイベントだ。
嫌すぎて兄様に訴える。
「兄様、夜会はいやです。行きたくないです」
「頑張れ」
「頑張れません」
「諦めろ」
兄様が冷たい。夜会は本当に嫌だが、令嬢として行かなければならないときもある。多分どんなに嫌がっても無理だろうと抵抗を諦めた。
「兄様そばにいてくださいね」
「当たり前だろう。一緒にいる方が安心だからな」
兄様は私の心配ではなく、私が何かしでかさないかを心配している。かなり令嬢らしく過ごせるようになったが、今でもうっかりボロが出そうになる。そういった時に兄様のフォローが必要だった。
夜会の日のメイドのアニカは気合が入っている。私はジッと黙ってされるがままになるしかない。下手に邪魔したら怖い。
「お嬢様! 綺麗にしますよ!」
ドレスを着せてもらい、髪を結って化粧をしてもらう。今夜のドレスは私の瞳に似合う淡い色のドレスで、可愛らしいものだ。私の素顔は目が少しキツめなので、アニカはいつもメイクで印象を柔らかく変えてくれている。
「お嬢様は元々美しいですが、社交界に出る時には誰よりも綺麗にしましょうね」
こうして私を大人しそうなご令嬢に変えてくれるのだから、アニカのメイクの腕前はすごい。そのせいで外面と内面がどんどんかけ離れていくのだけれど、と複雑な気持ちになる。
全ての準備が終わったので玄関ホールに向かうと、そこにはすでに兄様がいた。
「ヘンリエッテ、綺麗だな」
「兄様も素敵ですよ」
兄様は何もせずとも綺麗な顔立ちをしている。切れ長の目に通った鼻筋、知的な印象を与える顔つきだ。同じ色の髪と瞳が兄妹だと思わせてくれる。私の顔は、メイクでようやく可愛らしい顔かも?としか思えないので、兄様が羨ましい。
兄様はモテる。それなのに夜会ではいつも私と一緒にいるので、出会いを、婚期を逃してるんじゃないかと心配になる。しかし兄様がそばにいないと失敗した時のフォローがしてもらえないので、申し訳ないような複雑な気持ちだ。
「では、そろそろ行こうか。ヘンリエッテ 、頑張ろうな」
「はい、兄様」
無事に終わって欲しいな。行く前から疲れている私は兄様に励まされながら屋敷を出たのだった。
会場に着いて、兄様のエスコートで中に入る。今日の夜会はなかなか大きいようで、普段は見かけない方たちもいる。失敗したらどうしよう。不安になっていると兄様が大丈夫だというように手を握ってくれた。
深呼吸して、もう大丈夫と手を離す。そうして私は会場で社交を頑張るのだった。
頑張ると言っても兄様の後ろでそっと立っているのがほとんどだ。そうして耳は周りの会話を聞いている。
どこぞの令嬢が婚約した、王都に新しい店ができた、男爵家の宝石が盗まれた、新しい法律ができそうだ……など、色々な情報を聞くのは必要なことでもあるし楽しくもある。
「ヘンリエッテ、大丈夫か?」
「兄様、何も問題はありませんよ」
「そうか」
挨拶の合間に兄様が時々様子を見てくれる。私も少しは知り合いの令嬢と挨拶したりするけど、それ以外はじっと立っているだけなので、退屈してるのでは?と兄様が心配してくれるのだ。
「今日はボルグハルト辺境伯様が来られるらしいぞ」
「あの、若くして辺境伯を継がれたと有名な方ですか?」
「ああ。領地から出てこられることも少なく、あまり社交の場にも来られないな」
噂に聞く辺境伯様が来られるのか。無表情で見下ろされて怖い、誰に対しても冷たい、体が大きくて暴力を振るわれたらどうしようなど良い噂を聞かない。
同じ辺境の方でもバートさんとは大違いだ。楽しそうに笑って、冗談を言って、色んな話をしてくれて優しい人だったな。バートさんのことを思い出すと悲しくなる。もう会うこともないのだろう。
壁際で立ちながら時間が過ぎるのを待っていると、会場が一瞬静かになった。なんだろう?と思って会場を見まわすと、大柄な男性が注目されているのが見えた。
息をするのを忘れそうになった。あの男性は、バートさんだ! なんでこんなところに? えっ? バートさん貴族だったの?
今夜のバートさんは正装していて髪も撫で付け、貴族然としている。逞しく男らしい体つきでタキシードを着ていて、見惚れるような姿だ。かっこいい。素敵すぎ。
バートさんから目が離せないでいると、まわりの声が聞こえてきた。
「辺境伯様よ。相変わらず怖いわね」
「猛獣を素手で殺せると聞いたことがあるぞ」
「それは冗談でしょうけど、本当かもと思わされますわね」
辺境伯様? えっ? バートさんは辺境伯様なの? あまりの衝撃に頭がついていかない。この人たち失礼な人たちだなとは思った。
「ヘンリエッテ 、どうした?」
兄様に声をかけられて、呆然としながらも兄様に聞く。
「あ、あの方は?」
「ああ、ボルグハルト辺境伯様だな。あまりこのような場に来られないので、お見かけするのは初めてだろう?」
「ええ、そうですね」
「怖そうな方だが、暴力を振るわれるような方ではないから安心しろ」
「怖い、ですか?」
「そうだ。社交の場でもあまり話さず、いつも無表情で過ごされている。多分あまり人が好きではないのだろう」
そんなの嘘だ!と思う。だってバートさんは表情豊かで優しくて素敵な人だ。一緒にいるととても楽しかった。こんな風に遠巻きにされる人じゃない。陰口を言われたりする人じゃない。
ジリジリとした気持ちになっていると、どこかの貴族男性がバートさんに声をかけていた。バートさんは無表情で淡々と会話している。すぐに会話が終わり貴族男性は去っていった。
その後もバートさんに声をかける男性が数人いるだけで、女性は近付きもしない。なぜ彼はあんなに人を寄せ付けないのだろう。私が知らない何かがあったのだろうか?
「兄様、辺境伯様は仲の良い方などおられないのですか?」
「そうだな、私は知らないな」
「何か理由があって、みんなから遠巻きにされているのですか?」
「いや、特に何もなかったはずだ。多分見た目が怖くて威圧感があるのと、あまり話されないから距離ができているだけだろう」
「そうなんですね」
もったいない。あんなに素敵な人なのに。まわりからは時折バートさんの話題が聞こえる。
「今回はどうも結婚相手を探されているらしいですよ」
「まあ! 辺境に嫁がれる方がいるとは思えませんわ」
「あのような、人を寄せ付けない態度では結婚相手が見つかるとは……」
なんだか聞き捨てならない話が聞こえた。




