30 争いの結末
昼過ぎ頃、男性が目を覚ました。話を聞けるようでバートさんと一緒に男性のいる部屋へと向かう。
ノックをして中に入ると、顔色が少し良くなった男性がいた。どうにか起き上がれるようにはなったみたいで、椅子に座らされた彼は緊張しているのか少し表情が固い。
「助けていただいて、ありがとうございます」
心から感謝しているように、私たちを見てお礼を言った。バートさんが厳しい口調で問いかける。
「君は誰だろうか? 何故、うちの庭にいた?」
「……私はリベライアの者で、レネと申します」
レネと名乗った男は、事情を話し始める。
レネはリベライアの兵士で、上司の命令には逆らえない立場の人間らしい。リベライアも一枚岩ではなく、この国との関係が悪化してでもリベライアの優位を保ちたい暴力を肯定する人たちが、今回のことを企てたとのことだ。
挑発して戦争になれば、きっと勝てるだろう。そうなればこの国を支配下に置けると信じている人たちからの命令だった。
「私は断りたかったけれど、出来ませんでした。それでも、やはりこの国の人たちを傷付けるのは嫌で、私は逃げ出そうとしました。その途中に斬られてしまって……。逃げ込んだのが、こちらの屋敷の庭でした」
悲しそうに話すレネを見て心を痛めていると、彼は私を見て力なく微笑んだ。後悔している、そんな気持ちが伝わってくる。
バートさんは複雑そうにレネを見ていた。彼のことをどうするのか悩むところだろう。彼が本当のことを言っているのかも不明だ。しかし、もし話が本当だったら処罰するのも心苦しい。
「申し訳ありませんでした。私のことは、どのようにでも扱ってください」
レネが頭を下げる。少し体が震えているようで、やはり今後のことを考えると怖いのだろう。
「バート様……」
私がバートさんの上着の裾を少し握ると、バートさんは私を見て安心させるように頷いた。そしてレネに伝える。
「君の言っていることが本当かはわからない。こちらでも調べさせてもらう。処遇が決まるまでは、申し訳ないが軟禁させてもらう」
「わかりました」
レネは今すぐに罰が与えられる訳ではないと知って、少し安心したようだった。
「怪我の痛みはどうです? 少しは落ち着きましたか? 何かあれば声をかけてくださいね」
軟禁は大変だろう。私の言葉を聞いて申し訳なさそうに彼が頭を下げると、胸元で何かが動く。首から下げた飾りが見えた。昨日の治療中には着けていなかったはずだ。
彼の身に付けている飾りに見覚えがある。どこで見たのか考えていると、急に様子が変わった私を心配に思ってかバートさんに声をかけられた。
「ヘンリエッテ、どうした?」
「あっ! すみません。少し考えごとを……」
そこで思い出した! ロルフさんの店だ。キラキラしていて綺麗な飾り。ロルフさんはリベライアの隣の国マディクラの兵士の飾りだと言っていた。それなら、ここにいるレネはマディクラの兵士だ!
「そろそろ、行こうか」
「はい」
バートさんに促されて部屋を出た。そして、自室まで一緒に来てくれたバートさんに、先ほど気付いたことを伝える。
「バート様、気をつけてください。彼は多分マディクラの兵士です」
「何だって?」
「彼の身に付けていた飾りはマディクラの兵士が身に付けるものです。レネはリベライアの兵士の振りをして、両国間に争いの種を蒔いているのではないでしょうか」
レネだけじゃない、他の捕まった兵士たちもマディクラの人間の可能性がある。この国とリベライアが争っている間に、マディクラがリベライアに攻め入るつもりなのかもしれない。
「さっそく調べてみよう。レネのことも、監視は付けるつもりだったが……。この屋敷に入り込んだなら、何か情報を受け渡す気だろう。充分警戒しておこう」
それからバートさんは私を抱き寄せた。どうしたんだろう?と考えていると、バートさんが心配そうに私を見ている。
「ヘンリエッテ、そんな危ない男に一人で近付いたのか。何かあったら、どうしていた? 今後は絶対に不用意に不審者に近付いたり、夜に一人で外に出たりしないでくれ」
「ごめんなさい」
「君がいなくなったら、俺はきっと生きていけない」
バートさんの腕が震えている。心配かけてごめんなさい。そんな気持ちを込めながら、バートさんの背中を撫でた。
レネが軟禁され始めてから数日、いよいよ結婚式は明後日だ。準備で屋敷中がバタバタしていた。バートさんも、捕まった兵士の尋問や国との連絡などに忙しそうにしている。
結婚式を延期してはどうかとバートさんに伝えたが、どうしても結婚式だけは挙げたいみたいだ。その後の新婚期間に行こうと思っていた旅行などは行けないだろうけど、結婚式だけは挙げようと無理をしている。
そんな忙しい中、私はレネが軟禁されている部屋に向かっていた。少し気になることがあったからだ。扉の前の騎士に声をかけて、部屋に入れてもらう。レネは椅子に座り、本を読んでいた。
「レネ、体調はどう?」
「今のところ順調に回復しています」
「そうなの。良かったわ」
レネに特に変わった様子はない。気になるのは、お茶を運んできて片隅に控えている侍女だ。レネを見る目が普通と違うように思う。
「また、様子を見に来るわね」
「ありがとうございます、ヘンリエッテ様」
部屋を出て、一緒に出て来た侍女の様子を観察する。部屋から出るのが名残惜しそうだ。これは、バートさんに伝えるほうが良いだろう。侍女と別れバートさんを探しに行った。
侍女はあの後すぐに動いた。こっそりと手紙を隠し持っているのが見つかる。それはレネが書いた手紙のようだった。
彼女はレネから一目惚れされて、相思相愛になったらしい。そして愛する彼に、どうしても故郷の家族に手紙を渡したい、と言われ手伝うことにした。
ある人に、この手紙を渡して欲しい。愛する君との結婚を家族に認めてもらうために、手紙を書いたんだ。そう言われて、彼女は舞い上がった。
レネは、酷い男だ。
バートさんと一緒にレネのところに向かうと、レネは相変わらず落ち着いて本を読んでいた。単刀直入にバートさんが切り出す。
「この手紙をどこに送るつもりだった?」
「それは……」
「まあ、いい」
バートさんが封筒を開ける。そこに書いてある文章は家族に宛てた普通の内容だったが、多分暗号になっている。侍女との結婚については何も書かれていない。
「どうしても家族に無事を伝えたくて。悪いことだとは思っていたのですが、申し訳ありません」
レネは本当に申し訳なさそうに私たちを見る。もう終わりにしよう。
「レネはどうしてリベライアの兵士の振りをしているの?」
「急にどうされました? 私はリベライアの人間です。命令に従い、そして罪悪感で指令から逃げ出したような情けない男です」
疑われたのが悲しい、そんな表情で私たちを見る。しかし私の見方が変わったからか、それは演技のように見えた。
私は彼が吊り下げている飾りを指さす。
「その飾り、マディクラの一部の兵士が持つものですよね。そして紐の組み合わせには意味があります」
ロルフさんの話を思い出す。
「レネの持っている飾りの色の意味まではわかりませんが、レネはマディクラの人間ですよね」
「なんのことでしょうか? これは、普通の飾りですよ」
「そうですよね。私も持っています」
そう言ってロルフさんの店で買った飾りをレネに見せた。今まで落ち着いていたレネが驚いた顔で私を見た。
「何故それが……」
苦々しい表情で彼は呟く。さっきまでの、悲しそうな罪悪感で押し潰されそうになっている彼ではない。
「どこで手に入れた? 他国には漏れないようになっているはずだ。それなのに何故……」
そんな重大な機密の話だったんだ……。ロルフさん、飾り自体と紐の意味を、どこから仕入れて来たんだろう。ロルフさんは、想像以上にとんでもない人なのかもしれない。
「それは、彼の……。誰から手に入れた?」
レネが私に問いかけるが、ロルフさんのことを言う必要はないだろう。レネは私を睨みつけ掴みかかろうとし、騎士に抑えられている。バートさんは私の前に立ち守ってくれていて、隣にはカテリーナさんもいてくれる。
レネがマディクラの兵だとわかったのなら、もう私が手伝うことはない。後はバートさんたちに任せようと、私は部屋から出て行った。




