3 エマの恋
近くまで送るぞ、と聞こえた。聞き間違いじゃないよね? 嬉しい! 遠慮なく返事をする。
「いいんですか? ありがとうございます!」
「気にするな。行くぞ。ロルフ、またな」
「はーい、二人ともまた来てね」
送ってもらうと言われても家まで送ってもらう訳にはいかないので、辻馬車の乗り場辺りまでかな。私の心は弾みまくっている。こんな素晴らしいチャンスをありがとうございます、と神様に祈りたい。
ロルフさんの店を出て、二人で大通りを歩く。ここぞとばかりに、バートさんのことを色々聞くつもりだ。
「バートさんは近くに宿をとってるんですか?」
「ん? ああ、宿というか、まぁ、泊まる場所はあるな」
なんだか微妙な返事だったので、これは女性のところか?と不安になる。不安はさっさと解消しなければ、と質問する。
「誰か懇意にしてる女性の方とかですか?」
「ち、ちがう! そんな人いない! 知り合いのところだ」
「そうですか」
とても焦っている姿が可愛く見える。しかし女性のところじゃなくて良かった。安心安心。安心したところで、どんどん質問しよう。
「バートさんは何をしてる人なんですか?」
「俺は、あー、その、商売だな」
「へー、そうなんですね」
さっきから、微妙な返事ばかりだ。もしかして、あまり個人的なことは聞かれたくないんだろうか。私ちょっと距離詰めるの早すぎた?
「王都にはどれくらいいる予定ですか?」
「今回は少し長めだな」
少し長めとはどのくらいだろう。全然想像がつかない。三日くらいで少し長めとか言ってる可能性もあるかもしれない。それなら、さっさと勇気を出そう!
「バートさん、こうやって知り合えたのも、なにかの縁ですし、今度また会ってくれませんか?」
「俺とか? エマはこんなゴツいおっさんと会って楽しいのか?」
「楽しいと思います。辺境の話をもっと聞かせてもらいたいです。それよりおっさんて、バートさんいくつなんですか?」
「俺は二十八だな」
「まだまだ若いじゃないですか。おっさんて言うから驚きましたよ」
全然ありな年齢じゃないか。
「女性に年齢を聞くのは悪いが、エマは何歳なんだ?」
「私は十七ですね」
「……えっ?」
「えっ?」
「十七なのか? てっきり十四くらいかと……」
嘘でしょう? 私そんなに幼く見えてたの? 思わずバートさんを凝視してしまうと、彼は気まずそうに目を逸らした。
「いや、年頃の女性にすまない。決して子供だと思っていた訳ではなく……」
「いえ、そんな、気にしないでください……」
余計に悲しくなるので、もうそっとしておいて欲しい。そして、それよりバートさんとの約束を取り付けないと。
「そんなことより、バートさん。また会ってもらえるんでしょうか? もらえるなら明後日とかはどうでしょう?」
「あ、そ、そうだな。明後日か……。大丈夫だ」
「いいんですか! 嬉しいです! 楽しみです!」
嬉しい! バートさんの気が変わらないうちに時間と待ち合わせ場所を決める。そうして私は大喜びで家に帰ったのだった。
そして約束当日。私は家を抜け出して街に行く。バートさんとの約束まで、時間はまだあるけれど早く行きたい。そうして待ち合わせの十五分前に着いたところ、バートさんがいた。早くない?
「お待たせしました」
「いや、俺が早く来すぎただけだ」
バートさんは照れくさそうに笑う。心臓が痛くなるので勘弁して欲しい。倒れる前に移動しなければ。
「バートさん、どこ行きますか? まずは腹ごしらえしましょうか」
「いいな。なら、気になってる店があるから、そこにするか?」
「バートさんの気になってるお店行きたいです!」
着いた店は若者が好きそうなオシャレな店だった。バートさんの好みじゃなくて、私の好みそうな店を選んでくれたっぽい。なんて優しいんだと心が温まる。
「どれにしましょうね。私、このパスタにしようかな」
「俺はこれで」
バートさんの向かいに座りメニューを見る。顔を上げるとバートさんと目が合って嬉しい。顔見放題だ。
二人でたくさん話をする。辺境のことはもちろん、ロルフさんの店のことや好きなもののこと。どんな話も楽しかったけど、お互いのことは詳しく聞かなかった。私も聞かれても困るし、バートさんも困ってそうだったし。
食べ終わって店を出てから、二人で大通りを歩く。途中気になる店に入ったり、屋台を覗いたり。これは確実にデートなんでは? 最高だ。
「バートさん、デートみたいで楽しいですね」
「デ、デート? いや、それは、こんな、俺と君がデートって……」
バートさんが赤くなって焦った後、絶句している。可愛い。異性に慣れてなさそうで微笑ましい。私も慣れていないけど。
「まあ、いいじゃないですか。せっかくなんで、バートさんが嫌じゃなかったら、デートと思って歩きましょう」
「……わかった」
「良かった。手繋ぎます?」
「……やめておく」
そこまでは勢いに流されてくれなかった。残念。厳つい顔を赤く染めてるバートさんが本当に好き。今日は人生で最高の一日かもしれない。しかし、そろそろ帰らなくてはいけない時間だ。
「今日は無理言ったのにありがとうございます。本当に楽しくって、バートさんと会えて良かったです」
「エマ」
「わがまま聞いてもらって嬉しかったです。またいつか、バートさんがこちらに来たときに会えたらいいですね」
「そうだな」
そう、最高の一日はこれで終わりだ。バートさんと私が結ばれることはないってわかってる。私が平民のエマだったら、バートさんと一緒になれて、一緒に商売やっていけたのかな? 初恋は実らないと言うし、このまま、幸せな記憶として大切にしよう。
「では、またどこかで」
「エマ、俺も君に会えて良かった。また王都に来るときは連絡してもいいか?」
「いえ、手紙などは無理だと思います。ごめんなさい」
「……そうか」
伯爵家のことは言えない。手紙のやり取りをしたら期待してしまう。ここで終わらせるのが一番なんだろう。バートさんも何かを察してくれたのか、無理強いはしない。私はバートさんの顔を見て微笑む。
「さようなら」
「ああ、さよなら」
エマの恋はこれで終わりだ。初めて会って恋をして、二回目で失恋する、あっという間の恋だった。




