26 青天の霹靂
自称モテないバートさん。誰がモテないって? 今、私はたくさんの人たちから値踏みされている気がする。俺たちの、私たちの辺境伯様の嫁になるからには、素晴らしい人間なんだろうな?と視線で問われているような……。
朝、バートさんが、疲れていなかったら街に行こうかと誘ってくれた。街を見てみたかった私は喜んでお言葉に甘えた。そして二人で歩いているのだけど、視線が痛い。バートさん、領民からすごく人気がある。男性からも女性からも熱い視線を送られている。
多分、男性からは逞しく男らしい姿が憧れなんだろうけど、問題は女性だ。バートさんに見惚れている人もいるし、私への品定めするような視線も多い。バートさんは今まで熱い視線に気付かなかったのだろうか。……あまり深く考えないでおこう。
「バート様、素敵なお店がたくさんありますね」
「ヘンリエッテ、気に入った店があるなら遠慮なく言ってくれ」
「はい。色々見てまわりたいですし、どのお店も楽しそうです。あの、もしよろしければお守りを見に行っても構いませんか?」
「ああ、俺も見たかった。こっちだ」
バートさんが差し出した腕に手を添えて歩く。まわりを見ながら楽しく歩いていると、屋台のおじさんに声をかけられた。
「領主様、婚約者様、良かったらどうぞ」
「まあ、これは何ですか?」
「この辺の有名な果物で、今が旬です」
美味しそうな実を二つもらう。どうやって食べるのかな? バートさんを見ると、帰ったら皮を剥いてもらおうと言ったので、皮を剥いて食べるものらしい。
「ありがとうございます。帰ったらいただきます。美味しそうな果物なので食べるのが楽しみです」
「気に入ったら、また買いに来てください」
おじさんが笑顔になるので、私もつられて微笑んだ。バートさんもおじさんにお礼を言って、次へ行こうと促す。
「バート様、次はどちらへ?」
「早くお守りを見に行こう」
バートさんが急いでいる。しかし、何故か歩くたびに声をかけられる。
「領主様、婚約者様、これをどうぞ」
「うちのやつも貰っていってください」
「領主様と婚約者様、これお好きだと思いますよ」
街の人たちが次々と商品を手渡してくれる。売り物なのに、貰ってばかりで申し訳ない。代金を支払おうとしたら遠慮された。お祝いだと思って気にしないで、と言われる。
「バート様、色々といただいてしまいましたね」
「ああ、そうだな。みんなの気持ちだ。受け取ってやってくれ」
「ふふっ、バート様は本当に領民に人気なんですね」
こんなに慕われているなんてすごい! そして、こんなにすごくて素敵な人が婚約者なんだと思うと嬉しくて、心の中でニヤニヤしてしまう。
「ヘンリエッテへのお祝いだと思うんだが」
バートさんが納得いかない顔をしている。私はバートさんの婚約者だから、オマケみたいなもんですよ。
そうして、ようやく目当ての店についた。店内にはたくさんの雑貨が並んでいて、お守りも置いてある。雑貨屋というとロルフさんを思い出すな。元気にしてるのだろうか。
「ヘンリエッテ、どれがいい?」
「どれも素敵ですね。バート様に選んでいただいても良いですか?」
「そうだな。では、これなんかどうだろう?」
「いいですね。嬉しいです、大切にしますね」
バートさんが買ってくれたお守り、どこに付けようかな。普段身につけられるようにしたい。そんなことを考えながら、お守りを大切にしまった。
街から帰り、バートさんは仕事に戻る。楽しかったな。バートさんの人気者っぷりも堪能できて良かった。しかし、女性に人気だったのは気になった。出会ったときに彼に恋人がいなくて良かった!と心底安心した。
少し屋敷の中を歩こうかと思って部屋を出る。自由に過ごして良いと言われているので、バートさんの仕事の様子を見学させてもらおうかと廊下を歩く。
執務室の前でノックをしようとした時、中から声が聞こえてきた。バートさんとフランクさんだ。
「しかし、アルバート様はてっきりカテリーナ様と将来を考えていらっしゃるのかと思っていました。幼い頃はずっと一緒におられましたよね」
「ヘンリエッテと出会わなかったら、そうなっていただろうな」
「カテリーナ様が夫を亡くして戻ってきてから、かなり経ちますしね。そろそろかとみんな思っていましたよ」
「ああ、そうだな」
とんでもない話を聞いてしまった。バートさん、カテリーナさんと結婚を考えてたの? それって二人が両想いだったってこと? 嫌だ! 私以外の人を想っているバートさんがいるなんて嫌。
私は黙っていられなくて、思わずノックもせず勢いをつけて扉を開けてしまった。突然入って来た私を二人が驚いた表情で見つめる。
「バート様! ごめんなさい、立ち聞きしてしまいました! 今のお話し本当ですか?」
「ヘ、ヘンリエッテ、今の話は……」
「カテリーナさんと結婚の予定だったんですね? お二人は想い合っておられたんですか?」
「いや! 違う。想い合っていた訳じゃない!」
想い合っていたんじゃなかったら、何か理由があるんだろう。バートさんは焦っているし、何か言いたそうだ。しかし、他の人と結婚を考えていたのが嫌だという気持ちが大きすぎて冷静に考えられない。
「バート様、理由があるのはわかりました。でも、今は冷静に話せないので後でお話ししましょう!」
一方的に伝えて、私は執務室を飛び出す。後ろからヘンリエッテ!と呼ぶ声が聞こえたけど、私は振り返らずに全速力で部屋に走った。勝手に乗り込んだくせに、逃げ出してしまった。
自室に入って、息を切らしていると部屋を掃除していたアニカが驚いていた。
「お嬢様? どうされました?」
「ちょっと、思ってもみないことを聞いてしまって……」
「何を聞かれたんですか?」
「バート様がカテリーナさんと結婚を考えていたらしくて」
「まあ!」
ドアがノックされる。バートさんが私に呼びかける。
「ヘンリエッテ? 話を聞いてくれるか?」
「……聞きます。でも、今は時間をください」
「説明をさせてくれ」
「私の気持ちが落ち着いてから聞かせてください。少しだけ放っておいてください」
「……わかった」
バートさんが去っていく気配がした。
「アニカ、私もわかってるのよ? でも、落ち着いてからでないと、酷いことを言ってしまいそうで……」
「お嬢様、お茶を淹れますね。少しは落ち着くと思います」
「ありがとう」
あのままバートさんと話していたら、泣き喚いて何を言うかわからない。アニカが淹れてくれたお茶を飲みながら、モヤモヤした気持ちを落ち着ける。
そろそろバートさんと話そうか。冷静に! 落ち着いて! 私は部屋のドアを開けた。




