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23 辺境領への旅立ち



 翌日もバートさんは大きな花束を抱えてお見舞いに来てくれた。嬉しい。


「ヘンリエッテ、花は好きか?」

「……好きです」

「興味ないんだな。お菓子とかにすれば良かったか?」

「お花好きです。バート様から貰うものは全て好きです」

「そうか。ヘンリエッテが好きな花はなんだ?」

「植物園で見た、……白い小さいやつです」


 バートさんが笑うのを我慢している。花の名前なんて、よくわからない。好きな花なんて特にないし、花に興味なかったし。花言葉のひとつくらい勉強しておけば良かった。


「バート様、笑ってくださっていいですよ」

「いや、可愛いなと思ってるんだ。次はお菓子を持ってくる」

「ありがとうございます」


「ところで、ロルフのことなんだが」


 バートさんにだけは救出された日に馬車の中でロルフさんのことを話していた。宝石を盗んでいたこと、私を助けてくれたこと。もちろんハンスたちには口止めしてある。


「今朝、ここに来る前に店に寄ってきたが、もぬけの殻だった」

「そうですか」

「これが置いてあった」


 バートさんが手にしていたのは手紙だった。


『バートとエマちゃんへ』


「開けていいですか?」

「ああ、一緒に読もうと思って、俺もまだ開けてない」

「わかりました」


 封筒を開けて、便箋を広げる。


『急にいなくなるけどごめんね。また会おうねー』


 ロルフさんのぶれなさがすごい。普通すぎて驚く。何事もなかったかのように戻ってきそうな気がしてきた。


「ロルフさん、マイペースですね」

「また会おうって。見つけたら捕まえて警備兵につきだしてやるか」

「そうしましょう」


 ロルフさんは捕まらないだろうな。バートさんも呆れた顔をしている。本気で言ってる訳じゃなさそうだ。


「そう言えばバート様、ニコラス様と仲良くなったんですね」

「仲良くなったと言うか、協力してたから普通に接するようになっただけだな」

「一緒に探してくださったんですね」

「ああ。俺が来たときにはクラウスとニコラスが必死に君を探していたよ。この家に来るまで俺は何も知らなかったからな。二人が説明してくれて、街にも詳しくて助かった」


 バートさんに連絡してる余裕なかっただろうし、バートさんも屋敷がバタバタしてて何事かと思っただろうな。


「ニコラスが一緒に街をまわってくれたんだ。あいつ、女性から話しを聞くのが上手いな。怖がられる俺とは大違いだった……」


 バートさんが、また落ち込んでいる。バートさんは些細なことで、俺より彼のほうがお似合いだと思ってしまうようだ。大丈夫。私が好きなのはあなただから自信持って! そろそろ自分で浮上して!


「まあ、ニコラス様は自分のことをよくわかってますからね。そんなことより、聞き込みで私の居所がわかったんですか?」

「街で聞き込みをしていたら、怪しい馬車を見た、とある屋敷に裏門から入って行ったと教えてくれた男性がいてな。それでその家に向かって、裏門に何か証拠がないか探しに行ったらヘンリエッテが連れていかれそうになってた」

「外に出たときに誤魔化せるように逃げやすいように変装してたんですが、私ってすぐにわかりましたか?」

「振り向いた君の顔を見たからな。エマだったけど、今回はすぐにわかった」

「化粧を変えていたとはいえ、今まで全然気付きませんでしたもんね」

「そうだな。自分でも今までなぜ気付かなかったのか不思議だ」


 バートさんが首を傾げている。別人だと思い込んでいたので、違う人物に見えていたのだろう。そうとしか思えない。


「でも、もうエマとして会うことはないでしょうね」

「そうか。しかしエマに会えないのも寂しいな」

「バート様はヘンリエッテとエマのどちらが好きですか?」

「えっ? それは、二人ともヘンリエッテだから、二人とも好きだ。選べる訳がないだろう」

「どちらか選ばないと駄目ですと言われたら?」

「そんな意地悪な質問しないでくれ」


 バートさんが困っている。困った顔も好きだなと思っていると、揶揄われたと気付いたバートさんに頬っぺたを軽く摘まれた。



 そうして楽しく過ごすこと数日、あっという間に辺境へ旅立つ日が来た。私の体調はバッチリだが、バートさんは無理をせずに行こうと気を遣ってくれる。


 荷物も積み込んで、あとはみんなにお別れを言うだけ。今回アニカは一緒に来てくれるのでお別れしない。


「ヘンリエッテ、寂しくなるよ」

「元気で頑張ってね。でも、無理はしないのよ」


 父様と母様が涙ぐんでいる。涙腺の緩い二人につられて泣きそうになる。


「元気で過ごせよ。くれぐれも、くれぐれも! 変装して出かけたり、ボルグハルト様に心配かけるような迷惑はかけるなよ」


 兄様が厳しい。それくらい言われて当然なので、真剣な顔をして頷いた。


「ヘンリエッテ嬢」


 ニコラスもお別れに来てくれたようだ。いつも通りで、特に寂しそうな表情でもない。


「ニコラス様も来てくれたのね。ありがとう」

「来るに決まってるでしょ。ヘンリエッテ嬢、君は僕の初恋の人なんだからね。幸せにならないと駄目だよ。君の幸せを祈ってるよ」


 ニコラス……。私、あなたに何かした? 何故このタイミングでそんなことを言うの? 私の家族はいつものことだと気にしないけれど、隣にいるバートさんが私を凝視している気配がする。


「……そろそろ行こうか、ヘンリエッテ」

「……はい」


 バートさんの目が怖い。馬車に乗って、みんなに手を振ってお別れをする。そして馬車が走り出して少したってから、向かいに座ったバートさんが口を開いた。


「それで、ヘンリエッテ。聞かせてくれるか?」

「はい」

「初恋の人、ね」

「あのですね。ニコラス様は幼いころ私と出会ったときに、初恋を経験したらしいんです」

「それで?」

「そのすぐ後に、私がトカゲをプレゼントしまして。ニコラス様はトカゲが苦手なので、私への恋心もなくなったと言っています」

「それだけか?」

「ニコラス様はそのことをたまに口にしますが、特にお互い何も思っていませんし何もありません。そんなことあったね、くらいの幼いころの淡い思い出です」

「淡い思い出か……」

「そうです! 淡い思い出です! 私にはバート様がいますし、ニコラス様は婚活中ですし、幼なじみ以上の関係にはなりません」

「わかった」


 バートさんが私の隣に移動して座る。そして私を抱きしめた。


「何度ニコラスに嫉妬してるんだろうな。君の幼なじみで羨ましい。俺も小さいころから君と知り合いでいたかった」

「バート様」

「もうすぐ俺の妻になるのに、いつまでも不安が消えない。君はどんな相手でも選べるだろうから、俺なんてすぐに捨てられるんじゃないかと不安になる」

「捨てませんよ。何度も言ってますが、私はバート様が好きです」

「……自信が欲しい。君に愛されてるんだって、何があっても揺るがない自信が欲しい」


 そしてバートさんは私を見つめる。その瞳が熱を持っていて緊張する。


「ヘンリエッテ……」

「バート様……」


 彼の顔が近付く。目を閉じると、少しかさついた唇が私に触れた。



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