22 ヘンリエッテ救出される
「ヘンリエッテはどこだ!」
聞こえてくるのは大好きな人の声だ。侯爵が足を止める。振り返ると、門の外にバートさんがいた。
「バート様!」
「ヘンリエッテか! すぐ行く。待ってろ!」
バートさんはそう言うと、あの重かった門を簡単に開けて中に入ってきた。侯爵の護衛たちがバートさんに向かって走り出す。バートさん一人で五人も相手に出来るのだろうか。バートさんが怪我したらどうしよう。
そんな私の心配をよそに、バートさんは向かってきた男たちを投げた。……投げた? 結構大柄な男たちなのに……。投げられた男たちは地面に倒れている。あっさりと五人を投げ飛ばし、バートさんは私に向かって走ってきた。
「ヘンリエッテ、大丈夫か?」
「バート様……」
「……この、頬が赤いのは、誰かにやられたのか?」
バートさんが怒っている。そして侯爵を見て、お前がやったのか?と聞いた。
ドーレ侯爵は顔を青くして、逃げようとしている。しかし、バートさんが逃しはしない。侯爵はあっさりと捕まって、殴られてその場に倒れた。
「ヘンリエッテ、すまなかった。誘拐されて暴力まで振るわれて、怖かっただろう?」
「バート様。怖かったです。会いたかったです」
バートさんに抱きしめられて、涙が止まらない。彼の腕の中はとても安心する。
「すまなかった。もっと早く見つけていれば、こんな目に合わせないで済んだのに。ヘンリエッテ、他に痛いところはないか?」
「う、腕も殴られて……」
「……赤くなってるな。どいつにやられた? 俺のヘンリエッテに暴力を振るったのはどれだ?」
バートさんが赤くなった腕を撫でながら聞く。どれだったかな? あの倒れてる人のどれかだけど、今はバートさんから離れたくない。
「ヘンリエッテ! 無事か?」
兄様がやってくるのが見えた。一緒にニコラスや警備兵の姿も見える。兄様たちは私の姿を見て、顔を青くする。
「ヘンリエッテ、もう大丈夫だ。みんな心配してる。家に帰って休もう」
「君のことを傷つけた奴を僕たちは許さないからね。後のことは僕たちに任せて休みなよ」
兄様もニコラスも私のことをとても心配してくれていた。私はバートさんに支えられて歩き出す。門の外に出ると、通りすがりの人たちが、なんの騒ぎかと立ち止まっていた。
その様子を見て兄様が私を呼んだ。私がバートさんから離れて兄様のそばに寄ると、兄様は私のウィッグを外す。金の髪がさらりと流れる。そして、突然大声で私に話しかけた。
「だから、危険だと言ったんだ! いくら王都の治安が心配だからって、街娘に変装して囮になるなんて!」
周囲がザワザワしている。囮? なんのこと?
「婚約者のボルグハルト辺境伯様が間に合うとわかっていても不安だった。しかしヘンリエッテ、よくやったな! これで犯人も捕まって安心だ」
これは……! 兄様は強引に話をまとめようとしている。ヘンリエッテが変装してフラフラ街を歩いていた理由を無理やり作り出していた。エマとバートさんとのことを良い感じに解決しようとしている。
「街娘に変装して婚約者のボルグハルト辺境伯様と一緒に街の様子を見てまわったり、大変だったな。しかも今回は囮だ! ヘンリエッテの勇気のおかげで解決したな!」
兄様が周囲に説明するように私に話している。こんなのに騙される人がいるのか?と不安に思っていると、まわりの人たちは流されているみたいだ。
「辺境伯様と一緒にいた平民は変装した婚約者様だったんだな」
「浮気してなかったのか」
「婚約者様が変装してまで犯人探ししてくれてたとは驚いたな」
「素晴らしいご令嬢だな」
いや、違う。バートさんの評判が回復するのは嬉しいが、私のことは勝手に盛らないで欲しい。私は誘拐されて、まわりに助けられて、なんとかなっただけだ。一歩遅ければ、侯爵に囲われていただろう。
「そうだったんですね。僕たち気付きませんでした」
「俺も。わざと囮になってたなんて知らなかったです。しかも俺たちのことも助けてくださってありがとうございます」
顔を腫らしたハンスたちも感動したように私を見る。違うでしょ? ちゃんと思い出して? 全然囮とかじゃなかったでしょ? 美化しないで。
心が疲れた私はバートさんのところに戻って、彼の上着の裾を掴む。
「バート様、後で屋敷に戻ったらギュッてしてください。元気が出るようにギュってしてください」
「もちろんだ!」
バートさんは顔を赤くしながら、大きく頷いてくれた。
屋敷に着いてからは大変だった。屋敷中大騒ぎ。父様と母様が泣きながら私を抱きしめた。二人に力いっぱい抱きしめられて痛い。心配かけたことが申し訳なかった。
アニカは号泣していた。お嬢様を守れなくて申し訳なかったと謝られた。彼女が悪い訳ではない。アニカに怪我がなくて良かった。
ハンスたちは、とりあえず一緒に連れてきた。悪いことをしたけど、一番悪いのは追い詰めた大人たちだと思う。
「バート様、ハンスたちのことはどうしましょう。私はできれば助けたいと思います」
「俺はヘンリエッテを拐ったことは許せないが、君が助けたい気持ちもわかる」
バートさんが複雑そうな表情をしていた。
「あいつらも悪いことをしたと反省してるだろうから、尻でも叩いて終わらせてやるか」
バートさんにお尻を叩かれたら、お尻潰れちゃうんじゃないかな。よし! それなら私の出番だ。
「わかりました! では、私が二人のお尻を叩きますね」
「……ヘンリエッテがやるなら、この話は無かったことにしよう」
結局二人は、バートさんと兄様とニコラスに長い時間お説教されていた。貴族に囲まれてお説教されるなんて、生きた心地がしなかっただろう。何かあった時は私たちに相談しなさいと言われていた。
二人には私を誘拐したことは黙っていてもらう。彼らも拐われた被害者になってもらうことにした。甘いかもしれないが彼らは二度とこんなことはしないだろうし、許してあげたい。
私の怪我はお医者さんが数日で治ると診断してくれたので、五日ほど家で安静にして辺境に向かうことになった。
そして、ようやく自室でゆっくりできている。ベッドのそばにはバートさんがいる。私はベッドから体を起こして、バートさんに向かって両手を広げた。
「バート様、ギュッてしてください」
「ああ」
バートさんに抱きしめられて、疲れも緊張も恐怖も全て溶けてなくなるようだ。バートさんは私を抱きしめながら、頭を撫でてくれる。
「ヘンリエッテ、よく頑張ったな。早く見つけられなくて、すまなかったな。君がいないと聞いたときには目の前が真っ暗になった」
「もう、バート様に会えないかもと思いました。例え再会できても、今度こそ婚約解消になるかもと思いました」
「俺がヘンリエッテを手離す訳がない」
「でも、助けが来なかったら侯爵と夜を過ごす予定だったみたいで……。必死で抵抗するつもりでしたけど不安でした」
「……あいつ、そんなこと考えてたのか」
バートさんが怒っている。もっと殴っとけば良かったとブツブツ言っている。本当にもっと殴っといて欲しかった。私も一回くらい殴っとけば良かった。
「でも、もう終わりです。怖かったけど、こうしてバート様のところに戻れました。バート様、会いたかったです」
「俺もヘンリエッテに会いたかった」
バートさんが私を強く抱きしめる。ようやく気持ちが落ち着いた私は、そのままバートさんの腕の中で眠りに落ちたのだった。




